第2話:川崎・利家
ノブレスオブリージュ・オンラインには有名な格言がある。
「メンテナンスが終わるとどうなるの?」
「知らないのか? 臨時メンテナンスが始まる……」
その格言通りに、シーズン5.3導入初日から2日目の昼までに臨時メンテナンスが3回も行なわれる結果となる。当然、SNS上ではノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちがGM山道及び運営陣に対して、罵詈雑言を浴びせまくったのであった。
唯一の救いと言えば、『公式の中のひと』である緒方・桜子にまで飛び火しなかったことであろう。しかしながら、緒方・桜子も胃が痛い状況であった。サーバーに一定以上の負荷がかかれば、その度に新バトルゾーンの移動は差し控えてくださいとアナウンスをしなければならなかったからだ。
プレイヤー側から見れば、月額課金をしているゲームなのに、そのゲームを遊べないことは損失以外の何ものでもない。普段はだらだらと街中でチャットして遊んでいる層もここぞとばかりにノブレスオブリージュ・オンライン運営陣をSNS上で叩いたのだ。
「詫びメダルはよ!」
これがノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちのSNS上での総意であった。山道・聡は失墜したノブレスオブリージュ・オンラインの評判を回復させるために、ある方策を取る。
それは臨時メンテナンスが1回行なわれるたびに、ノブレスオブリージュ・オンラインをプレイする時に登録したエイコウIDひとつにつき、ノブレスメダル300枚(無料分)を配布することであった。このノブレスメダルはノブレスオブリージュ・オンライン上の課金アイテム購入にそのまま使えるので、月額課金以外を支払いたくない層には天から降り注ぐ慈雨にも等しかったのである。
シーズン5.3が10月16日に実装されてから、早3回も臨時メンテナンスが行われていた。言わば、延べ900メダルが無料でもらえるということに歓喜する層も確かに存在したのである。
しかしながら、GM山道にとっては、これは会社に与える損失そのものであり、この方策はなるべく使いたくなかったのである。だが、そうは言っても、サーバーが物理的にダウンしてしまうほうが手痛い損失であるために泣く泣く、ノブレスメダルをプレイヤーに配ったほうがまだマシと言える状況であった。
「くっ……。会社から認められているノブレスメダルの配布用無料分保有量が無くなってしまいます……。このままでは来月の騎士の日に配る予定のノブレスメダル分まで使ってしまうことに」
損して得とれという言葉通り、一定額のガチャ無料というのはどこのゲーム会社でも行っていることだ。これは客寄せには十分効果を発揮することは20年以上前から実証されている。しかし、配布に使える無料分は各社がコントロールしており、無限に使っていいというシロモノでもない。
翻って、予算の割り当てが少ないノブレスオブリージュ・オンラインにおいては、配布分の無料メダル保有量はかなり低めに設定されており、これ以上の臨時メンテナンスにおけるお詫びメダルは配布できない状況に陥っていたのである。
「じゃあ、成長促進アイテムでも配ったら良いんじゃないッスか?」
「川崎くん……。それ、2カ月前にやって、プレイヤーたちから大不評を買ったのを忘れたのですか? ほとんどのプレイヤーたちはレベルカンストしているんですから、成長促進アイテムなんかもらっても嬉しくもなんともないとゲーム内で所属しているクランメンバーから文句が出まくっているッスって、あなた自身が言ってましたよね?」
「あれ? そうだったッスか? いやあ、俺っち、3日前の晩飯のオカズがなんだったかも忘れてしまうタイプッスから!」
山道・聡が川崎・利家をジト目で睨みつけるが彼はどこ吹く風が如くにぴゅ~ひらら~と口笛を吹く。この態度にイラッ! とさせられる山道・聡であるが、そこは四十路の大人として、グッと堪えることにする。
だいたい、自分よりも10歳近くも若いのだ、川崎・利家は。いくら、彼が優秀なプログラマーだとしても、人間としてはまだまだ成熟しきってないとも言える。
『十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、のりをこえず』。これはかの有名な孔子の言葉だ。川崎・利家は男として立派になる年頃であり、まだまだ、邪念にとらわれやすい歳なのだ。
ならば四十路の自分はいちいち癪に障る言葉で怒らない態度を示すべきだと山道・聡は考えるのであった。山道・聡はゴホンとわざとらしい咳をひとつつき
「これ以上の臨時メンテナンスは行わないようにします」
「ん? じゃあ、今日1日はどうやって乗り切るつもりなんッスか? 根本的な解決方法はまだ見つけれてないッスよ?」
川崎・利家がやや呆れ顔で山道・聡に質問をする。川崎・利家としては、開発・運営チームが今すぐに取れる方策とすれば、新バトルゾーン『オレルアンの解放戦』への移動制限並びに、入場人数の上限設定をすることだ。これは今の臨時メンテナンス中にパパっと出来ることのひとつであった。
それをやるかどうかの緊急会議だと川崎・利家はそう考えていたのである。GM山道を始め、4人の開発・運営に深く携わる人間たちが、手狭な会議室に集まり、膝をつき合わせていたのだ。
「川崎くん、緒方くん。そして、臼井くん。僕はこの後、サーバールームの奥にあるあの部屋に入ろうかと思います。あそこにある『D.L.P.N』システムを使えば、この臨時メンテナンスの嵐からノブレスオブリージュ・オンラインを救うことが出来るという確信めいたものがあります……」
「えええ!? 山道さん、あれがあるのはエイコウ・テクニカル社の伝説じゃなかったんッスか!?」
「それだけはやめてください! 前任のGM上杉さんが消息を断つ前に向かった場所があそこだと言われているんですよぉ! 今、山道さんに何かあったら、ノブレスオブリージュ・オンラインは物理的にサービス終了してしまいますぅ!」