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第7話:職場の華

 ジル=ド・レがやれやれとばかりに肩をすくめる。それを受けてジャン=ドローンはニコニコと笑顔だ。ジル=ド・レはジャン=ドローンの言わんことを理解し、ちっ! と強めに舌打ちをし、男口調に戻ってぼやき始める。


「あーあ、お仕事があるだけ嬉しい限りだぜっ! おい、ヤマドー=サルトル。なるべくジャン=ドローンが眼を剥くような高級な装備を借りていくんだぜ」


「ちょっと待ってほしい。それをされると、あとあとに困るのはジル殿になると思うんですが?」


「知ったことかっ! ジャン殿は決済の書類作成だけで済ませようなんて思うんじゃねえ。俺様まで累が及ばぬように、それでいてヤマドーたちが困らないだけの装備を見繕えばいいんだぜっ!」


 このやけっぱちにも似たジル=ド・レの態度には、ジャン=ドローンも困ったなあとばかりに右手で後頭部をボリボリと掻く他無かった。肉を切らせて骨を断つようなことをかましてくるとはさすがにジャン=ドローンも想定していなかったからだ。


 そんな2人のやりとりを見て、ジャンヌ=ダルクは口元に右手をあてがい、クスクスと微笑む。


「あなたたち2人は本当に仲がいいわね。私も男に産まれたかったくらいだわ」


「やめとけ、やめとけ。男所帯なんざ、決して褒められた仕事環境じゃないんだぜ。何が嫌かというと、臭い」


 ジル=ド・レがそう言うと、彼に相槌をしながらジャン=ドローンが発言する。彼はやや芝居がかった仕草をしながら


「ああ、それはわかる。ジャンヌさまがいるだけで、男臭い職場が一輪の薔薇の匂いで満たされている気分になりますものな」


「薔薇……ですか? 私はそう比喩されるには卑賎の身なのですが……。野に咲く秋桜(コスモス)のほうがお似合いなような気がします……」


 ヤマドー=サルトルとしては薔薇であろうが秋桜(コスモス)であろうが、どちらも良い匂いがするので、謙遜しているようで謙遜していないのでは? と思ってしまう。まあ、どっちにしろ、職場に女性がひとりでもいるのは嬉しい限りなのはヤマドー=サルトルとしても同意である。


 ノブレスオブリージュ・オンラインの開発・運営チームの華と言えば、緒方・桜子(おがた・さくらこ)が真っ先に名前が挙がるが、春に配属された新人の女性も捨てがたいと思ってしまうヤマドー=サルトルである。ヤマドー=サルトルがニヤニヤと頬を緩めるとだ。彼の後頭部をベシッと平手打ちする者がいた。


「なんじゃ? 何をニヤついているのじゃ? もしかして、わらわ以外の女性のことを考えていたのかえ?」


 ヤマドー=サルトルが自分の後頭部をはたいた人物に視線を向けると、そこにはほっぺたをぷくぅと膨らませたルナ=マフィーエが立っていたのである。ヤマドー=サルトルはもしかして心の中を読まれてしまいましたか? と危惧する。女性はとにかく勘が良い。


 ヤマドー=サルトルがバレンタインデーの日に緒方・桜子(おがた・さくらこ)から、義理チョコをもらったのだが、それを嫁に言うと、嫁は緒方・桜子(おがた・さくらこ)からせっかくもらったチョコレートを何も言わずにゴミ箱の中に叩きこんだのだ。


「あなたは女性からなんでもほいほいもらうのはやめてもらえません?」


 鬼女のような形相でヤマドー=サルトルは嫁から睨みつけられることとなる。ヤマドー=サルトルは何をそんなに怒っているのですか? と嫁に聞くのだが、シャラープッ! そこに正座しなさいっ! と意味もよく理解できないままに平謝りさせられたのであった。


 ヤマドー=サルトルは嫁に、同じ職場で働く女性といえども親しくなりすぎないように散々に注意を受けたのだ。ヤマドー=サルトルとしてはあまり納得がいかない話であるが、不承ぶしょうながら、嫁の言うことを聞くようになる。


「ヤマドーのことだから、ジャンヌさんは薔薇や秋桜(コスモス)ではなく、キンモクセイだと思うのですニャ。だから、キンモクセイのように可愛らしく咲き誇ってくださいニャーと、こちらの背中がゾワゾワしそうなことを言い出そうとしていたに違いないニャン」


「ちょっと待ってください!? アズキさんは私に何か恨みでもあるんです!?」


「なるほどのう? 決め台詞を言うか言わずにおくか、それで悩んでいたわけじゃな? おい、アズキ。ヤマミチを羽交い絞めにするのじゃ。わらわがこやつを教育してやるのじゃ!」


 ルナ=マフィーエの言葉を受けて、アズキ=ユメルが足りぬ背でヤマドー=サルトルを羽交い絞めにしようとする。両足をつま先立ちにして、彼女なりに頑張って、ヤマドー=サルトルを押さえつけようとする。しかし、彼女が身悶えすればするほど、彼女のさらしにまかれたおっぱいがヤマドーの背中に押し付けられるために、ヤマドー=サルトルとしては、むふふな展開になっていたのだ。


 ジャケット越しと言えども、何故か嬉しくなってしまうのは男の(さが)であろうか? ヤマドー=サルトルの顔はにやけっぱなしである。そんなだらしない顔のヤマドー=サルトルの右頬に突き刺さるかのようにルナ=マフィーエの渾身の右ストレートが叩きこまれることになる。


「ちょっとぉ!? 平手打ちかと思っていたら、(こぶし)ですかぁ!?」


「ふんっ! 1発だけで済んだだけでもありがたむことじゃな。ああ……。逆にわらわの右手首がいかれそうになったのじゃ……」


 ルナ=マフィーエは殴った反動で右手首をひねったのか、痛そうに左手で右手首を抑えていた。そんな彼女を見て、ヤマドー=サルトルは素直に殴られておけばよかったと後悔することになる。


「ほいほい。女性が(こぶし)で殴るのはやめておくニャー。癒しの風よ、水よ。彼女の痛みを和らげるんだニャン。水の回帰(オータ・リターン)なのニャ―」


 アズキ=ユメルがそう言いながら、右手の人差し指をちょいちょいと動かし、何かの文字を空に描く。するとだ、彼女の身体から得体の知れぬ力があふれ出し、それは彼女の右手の指さきでキラキラ光るミストへと変換されて、ルナ=マフィーエの右手首を優しく包み込む。


「おお……。痛みが引いていくのじゃ。さすがは一人前・修道女(シスター)なのじゃ。このくらいの怪我ならお茶の子さいさいと治してしまえるのじゃな?」


「当たり前だニャン。あちきは後々、女司祭に位階(ランク)アップする予定なのニャン。これくらい、ちょちょいのちょいで治療出来て当然なのニャン」

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