第4話:男装
ジャンヌ=ダルクの左眼付近はなおもぴくぴくと引きつっており、ヤマドー=サルトルに近寄ってほしくないといった感じだ。それもそうだろう。彼女としては、嘘をついていました、すいませんとの応えを期待していたのに、斜め上の回答を示してきた男なのだ、ヤマドー=サルトルは。
「ちょっとー。ヤマドー。あたしにカエルを半分くれるって約束を忘れていないかニャン? 何をひとりで全部食べちゃっているわけニャン?」
「まあまあ、良いではないか。ヤマミチは真に錬金術師だとわかったのじゃ。わらわたちにとっても、これはとてつもないアドバンテージになるのじゃ」
「それはそうだけどー? でも、あちきはネズミしか食べてないニャン。カエルも食べたかったニャン」
アズキ=ユメルは気持ちが収まらないのか、ぐちぐちと文句をルナ=マフィーエに言い続けたのである。ルナ=マフィーエはまあまあとお姉さんキャラよろしく、アズキ=ユメルをなだめるのであった。ヤマドー=サルトルとしては、そう言えば、おすそわけしてほしいと言ってましたねえ? 程度の感想を抱くことになる。
まあ、その辺でネズミかカエルでも見つけたら、この前のお詫びと称して、アズキ=ユメルに譲ればいいだろうと安易に考えるヤマドー=サルトルである。
「ごほん……。紆余曲折ありましたが、本題に移ってもよろしいかしら?」
ジャンヌ=ダルクがわざとらしい咳をし、自分に注目が集まるようにする。執務室に集まる面々は彼女に視線を集中させて、次の言葉を待つ。
「あなたたち3人の出自を今はとやかく言うつもりはありません。申し遅れましたが、私はジャンヌ=ダルク。この名は街の噂で聞き及んでいるはずです」
ジャンヌ=ダルクは背筋をまっすぐ伸ばし、凛とした態度でまっすぐにヤマドー=サルトルたちを見やる。ヤマドー=サルトルたちは歳に見合わぬ威厳に満ちた彼女の態度にたじろぎそうになる。ジャンヌ=ダルクは見た目16~18歳の女性であった。背こそは推定160センチメートルのアズキ=ユメルよりも少し高い程度であるのに、その風貌から感じられる伸長はもっと高いものに感じられずにはいられない3人である。
「シオン城にて、シャルル7世さまと謁見したという娘であることは知っているのじゃ。それが由縁で男装を好む女性だと噂されているのじゃ」
「せっかくの美人なのに、パンツルックなのはもったいない気がするんだニャー。女の子らしくヒラヒラのスカートを履いたほうが良いと思うんだニャー」
「い、いえ……。宮中や軍隊で、男性に意見するには、舐められてはいけないので……。でも、私だって、村や町娘みたいにスカートを履きたいのよ? でも、私は神に命じられたのです。その命を賭して、シャルル7世さまをこの国の帝へ就け、イングランドからフランス領土を全て取り戻せと……」
ジャンヌ=ダルクの言いを受けて、ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルはやれやれといった表情を浮かべ、さらには肩をすくめる。彼女たちはせっかくの美人が台無しだと言ってやりたいのだ。なのに、それを否定するかのように、ジャンヌ=ダルクは年相応の女性の姿をしていない。上は男物のシャツ。下は太ももから尻のラインが浮き出るぴちぴちのパンツルックである。
彼女は動きやすさを重視する服装を自ら進んで選んでいるのだ。そして、小娘と侮られないようにとの配慮もその服装から感じられる。ヤマドー=サルトルは男社会に溶け込むのは、難儀なのだろうということをジャンヌ=ダルクの姿から察するのであった。
「色々と事情があることはわかりました。僕はヤマドー=サルトル。そして、こちらの半狐半人がルナ=マフィーエ。んで、こっちの半猫半人がアズキ=ユメルです」
「わざわざ自己紹介をありがとうございます。できれば職や、二つ名をお持ちなら、それも教えてほしいわ」
「ふむ。それは最もな言いじゃな。わらわは森の魔女じゃ」
「あちきは一人前・修道女なんだニャン。まあ、二つ名というよりは職業そのままの気がするんだけどニャー」
ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルが自分の職ごとわかる二つ名を名乗る。しかし、ここでヤマドー=サルトルは逡巡することになる。果たして、カエルを1匹、丸ごと食べたことだけで、錬金術師と名乗るだけの資格があるかに思い悩むことになる。
ノブレスオブリージュ・オンラインで実装予定の錬金術師という職業は、ゲーム内に存在するアイテムを掛け合わせ、新しいアイテムを産み出すものである。だからこそ、それをやってこその錬金術師なのでは? とヤマドー=サルトルは考える。
しかしながら、どこかしらからもってきたのかわからない設定により、ヤマドー=サルトルはカエルを生食させられる結果となる。この世界はノブレスオブリージュ・オンラインを元にデザインされていることは何となくわかっているものの、似て非なる世界であろうと考えているのだ。
だがしかし、だからこそ、何かしらの奇跡を起こしてからではないと、自分の口から『自分は錬金術師だ』と力強く宣言できないのであった。
そんなヤマドー=サルトルの心配をよそに、ジャンヌ=ダルク、ジャン=ドローン、ジル=ド・レの3人がなにやら打ち合わせに入るのであった。
「ヤマドー=サルトルが錬金術師だとわかったけど、それで彼を信用していいって話にはならないわ」
「しかしよ? 傭兵たちの戦費を稼ぐにはこれ以上ない、うってつけの人材だってことは、ジャンヌちゃんだって、わかっているでしょん?」
「ふむ……。どこから見つけてきたのかはわからないけど、ジル=ド・レ卿にしては大功績だと言って良いと思うな。ジャンヌ殿、ここはジル=ド・レ卿の口車に乗せられてはどうだろうか?」
3人の聞こえてくる会話内容から、何か面倒事を押し付けられそうなのは確定でしょうね、と思うヤマドー=サルトルであった。出来るなら、錬金術師うんぬんとはあまり関係ない仕事を割り当ててほしいとも願う彼である。
「あの……。取り込み中、申し訳ないのですが……。錬金術師と言えども、出来ることと出来ないことがありますからね?」




