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第3話:カエルの踊り食い

「おいおい、アレを止めなくていいのか?」


「まあ、俺様もあいつが錬金術師(アルケミスト)なのかどうかは半信半疑なのよねん。この際、その辺りをはっきりさせておくのも悪くはないんじゃない?」


 ジャン=ドローンが止めたほうがいいのではないか? と普通のことを言っているのに対して、それを抑制する言葉を放つジル=ド・レであった。ヤマドー=サルトルは恨めしそうにジル=ド・レを睨むがジル=ド・レはジャンヌ=ダルクと同様、ニヤニヤとした顔つきだ。ヤマドー=サルトルはジャンヌ=ダルクの顔面にではなく、ジル=ド・レの顔面にカエルをぶつけてやろうかとさえ思うのであった。


「さあ、早くしなさいっ! あなたには自分にかけられている嫌疑を自分で晴らせるという権利があるだけマシだと思うのよっ!」


「そうじゃ、そうじゃ。普通はろくな取り調べもなく、牢屋にぶちこまれる世の中なのじゃ。ジャンヌとやらは優しいのう。見るからに怪しいわらわたちに疑いを晴らす機会を与えてくれているのじゃ」


「あちきが食べてもいいんだけど、それじゃ、あちきたちの疑いは晴れないのがつらいところニャン。あっ、半分だけでも残してくれていいニャン。あちきが残りをたいらげるニャン」


 中世ヨーロッパの時代では、嫌疑をかけられただけで、人生終わりということは多々ある。まともな調査も(おこな)われないままに、鞭打ち、水責めといった刑罰を与えられる。それはまだマシな部類で、下手をすれば牢屋に長年囚われたり、死罪と判決を出されたりなど日常茶飯事だ。


 ヤマドー=サルトルはノブレスオブリージュ・オンラインという中世のヨーロッパを舞台としたゲームの開発者なだけあって、この辺りの時代について、徹底的に調べ上げている。もちろん、学生時代の頃から、ヨーロッパには興味を持っており、1度は1カ月間ほどふらふらと旅行に行きたいと思っていたりもする。


 しかしながら、彼の思いとは裏腹に、結婚した時に五日間ほど、イタリアへ新婚旅行にいったきりであった。ヤマドー=サルトルとしてはもっとヨーロッパを満喫したい気持ちはあったのだが、嫁のほうはイタリアには興味はあっても、他の国にはまったくもって興味なしといった事情も関連していた。


 やはり新婚旅行と言えば、水の都:ベネチアであろう。嫁の意見はおおいに正しく、フランスやベルギー、そしてドイツに行きたいと不満を漏らしていたヤマドー=サルトルの意見を一蹴したのである。さすが嫁は強し。旦那の意見なぞ採用していては、これからの生活のことも考慮すれば、この時点で主導権を奪っていたわけである。


 さて、ヤマドー=サルトルの新婚旅行の話は置いておいてだ。彼はお椀の形にしている両手の上に乗っているカエルを3分間ほどじっくりと見つめ続けていた。タイ焼きを食べる時のように、頭から食べるのか、それとも尻からかじるのか? どちらが正しい食事方法なのかと、割と頭の中は冷静になっていた。カエルを生食しなければならないのは避けられない状況なので、カエルの正しい食べ方に思考は移行していたのである。


(うーーーん……。やはり、ここは豪快に丸のみでしょうか?)


 ヤマドー=サルトルはそう考えて、あーーーんと大きく口を開き、ヒキガエル程度の大きさのカエルをぱくりと口の中に入れてしまう。そして、奥歯でカエルを噛もうとしたその時


「んんんーーー!? んんんーーー!?」


 なんと、死んでいたと思っていたカエルは生きており、口の中で盛大に暴れ出したのだ。ヤマドー=サルトルは吐き出さないように口を両手でしっかりと押さえる。そして、うぐっおえっごほっ! と今にも胃の中で消化中のネズミの尻尾を口の中に戻しそうになりながらも、それをこらえる。さらに大粒の涙をボロボロと両目からこぼす。


「む、無理をしなくてもいいのよ? ちょっと意地悪をしたくなっただけだから……」


 ジャンヌ=ダルクが出来心で、カエルを喰らえとヤマドー=サルトルに命令したが、彼の苦渋に満ちた表情を見せつけられ、良心の呵責に段々と耐えれなくなってきていたのだ。しかしながら、ヤマドー=サルトルにも男としての意地がある。この眼の前の小娘をギャフンと言わせるためにも、カエルを食べきってやろうとういうわけのわけのわからない目的に変わっていたのだ。


 ヤマドー=サルトルはもぐもぐとカエルに歯を突き立てていく。カエルがピギャーゲフーッ! とカエルらしくもない鳴き声をあげるが、今のヤマドー=サルトルにとっては知ったことではない。口の中いっぱいにカエルの味が広がっていく。体液、血液、肉の食感。色んなものが混ぜ合わさり、やがてそれらはハーモニーを奏で、ヤマドー=サルトルは満ち足りた心になっていく。


 ヤマドー=サルトルはごっくんと喉を鳴らし、かみ砕いたカエルの全てを胃に流し込む。そして、彼は口をあーーーんと大きく広げ、全て平らげてやったぞ! と主張する。これにはジャンヌ=ダルクもたじたじとなり、後ずさりをする。そして、急にヤマドー=サルトルから視線をそらし、背中を丸め、さらには口元を抑え、おえええ! と今度はジャンヌ=ダルクのほうが吐き出しそうになったのだ。


「普通、口の中でカエルが暴れ出した時点であきらめなさいよっ! おええええ!! 気持ち悪いっ!」


「ははは……。男は挑発されたら、絶対に見返してやろうと思ってしまう愚かな生物だしな。ほら、ハンカーチで口元を拭くといいよ」


 ジャンヌ=ダルクが奪うようにジャン=ドローンから差し出されたハンカーチを受け取り、汚れてしまった口元を丁寧に拭く。そして、ふうふうと肩を揺らしながら呼吸をする。彼女は呼吸を整えるためにも、わざと大袈裟に肩で息をしたのだが、ヤマドー=サルトルとしては、女性には見ているだけでもおぞましいものを見せつけてしまったのでは? と少しばかり後悔するのであった。


 ジャンヌ=ダルクは口元をキレイに拭ったあと、ハンカーチをジャン=ドローンに突き返す。そして、呼吸が整ったあとに、キリっとした表情でヤマドー=サルトルを見やる。


「わかりました……。不承ぶしょうですがあなたを錬金術師(アルケミスト)だと認めます。ですので、なるべく私に近寄らないでくださいっ!」


「ちょっと待ってください!? 疑いが晴れたとおもった次の瞬間には、早々に縁を切りたいみたいな顔をされるのは納得できませんよ!?」

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