第2話:錬金術である証明
ルナ=マフィーエはヤマドー=サルトルに想い人と言われて、頬を紅く染めて、その頬を両手で抑え、さらにはクネクネと身体をよじる。対照的にアズキ=ユメルは自分の口を押えていたヤマドー=サルトルの手をガブッとかじるのであった。そして続けざまに左足を後ろに振り上げて、ヤマドー=サルトルの股間を蹴っ飛ばす。
ヤマドー=サルトルは、おおぅん!? と素っ頓狂な声をあげて、その場に崩れ落ちる。アズキ=ユメルはふんっ! と鼻息を鳴らし、ぷいっとそっぽを向いてしまうのであった。
「ねえ、ジル=ド・レ卿。何故にそこの男は股間を抑えて、うずくまっているのかしら?」
「さ、さあ!? 急に腹痛でも起きたのかもしれませんわねえ!?」
ジル=ド・レがおろおろと挙動不審になりながら、そうジャンヌ=ダルクの質問に応える。ジャンヌ=ダルクとしては、抑えているのが腹ではなく、明らかに股間なので訝しむ結果となる。ジル=ド・レはこれ以上、この場が混乱の渦に巻き込まれないようにと、倒れたヤマドー=サルトルを無理やり起こし、その腰を背中側から叩いてやることにする。
一息ついた面々は改めて、互いの顔を見やり、口を開く。
「で? 私が傭兵を雇ってきてくれとあなたに頼んだわけだけど、ジル=ド・レ卿はその3人を捕まえてきたわけね?」
「いや……。そうじゃないんだけどん。どうやらこの3人のうち、男の方は錬金術師みたいなのよ? それで今回の戦費を賄おうって話に持っていきたいわけ」
ジル=ド・レがそう言うと、ほぉ……と興味深そうに息を吐いたのは準騎士であるジャン=ドローンであった。彼はヤマドー=サルトルを上から下へなぞるように見ていく。彼の姿恰好は下男にしては小綺麗すぎるし、貴族としては不格好であった。それゆえ、何かの特技を隠し持っている訳ありの男であろうと結論づける。
「ジル=ド・レ卿はさすがだな。その錬金術師の男に戦費を創り出してもらうわけだな?」
「さすが察しの良いジャン準騎士殿よねん。というわけで、ジャンヌさま。こいつらを好きなように使ってもらえないかしら?」
「それは願ってもないことだけど……。でも、そこの男は本当に錬金術師なのかしら? 私にはとてもそう思えないんだけど?」
ジャン=ドローンとジル=ド・レがぽんぽんと話を進めていこうとしている中、ジャンヌ=ダルクだけが疑わしそうな目つきでヤマドー=サルトルを見ていた。猜疑心たっぷりの視線を受けたヤマドー=サルトルはついたじろぐことになる。彼のその仕草がいけなかったのか、ジャンヌ=ダルクは一層にヤマドー=サルトルに対して疑いを強めていく。
「え、えっとですね。僕は錬金術師だと多分、思うわけですよ。何なら証拠をお見せしますよ!?」
「『多分』? まあ、いいわ……。論より証拠って言うものね。じゃあ、さっそく証拠を見せてもらうわ。錬金術師は神に寵愛されているゆえに、万物を自由自在に好きな物に変えることができると言われているわ」
ジャンヌ=ダルクの言いになるほどと思ってしまうヤマドー=サルトルであった。ノブレスオブリージュ・オンラインでは、錬金術師という職業を実装しようとした経緯がある。色々と案が立ち昇り、いつの間にか立ち消えていってしまった存在だ。
データとしてはすでに準備されているのだが、ゲームバランスを著しく損ねるのではないか? という先々代、先代のGMたちの意見で不採用となっている職業なのだ、錬金術師は。
しかしながら、ジャンヌ=ダルクの説明寄りの台詞により、ヤマドー=サルトルは準備していた錬金術師の設定に似通っていることにホッと安堵することになる。もし、自分に錬金術師の力が宿っているのなら、何かしらの無茶振りをされても、成し遂げれるのでは? と淡い期待を持っていたのである。
「そして、同時に錬金術師は飢えることが無いと言われているわ。それはニンゲン族であるのに、バッタであろうがカエルであろうが生で食すことが出来ると……」
ジャンヌ=ダルクはそう言うと、執務室の床でひっくり返っていたカエルの死骸を右手でひょいっと掴み上げ、スタスタと歩き、どうぞとばかりにヤマドー=サルトルに手渡してくる。
「え!?」
「さあ、証拠を見せてください?」
ジャンヌ=ダルクはニコニコとした笑顔であった。ヤマドー=サルトルは左頬を引きつらせる。しかしながら、ジャンヌ=ダルクは眼を細めて、さらに笑顔を絶やさない。その笑みは好奇心というよりは邪悪に属する類のものであった。彼女はまったくもって、ヤマドー=サルトルが錬金術師であることを認めていないようでもあった。
「ああ、なるほどニャン! さっき、ネズミを食べれたのは、ヤマドーが錬金術師だからだったのかニャン! ニンゲン族にしてはやるニャーとは思っていたけど、そういうカラクリだったわけニャンね!」
「ほう? ネズミをたいらげたと……。それは興味深い話ですね? では、そのカエルも美味しそうに食べてくれるのでしょ?」
(アズキさーーーん!? いらぬことを言う場面ではありませんよーーー!? ってか、このカエル、毒があるとかじゃないですよねえええ!?)
ヤマドー=サルトルは明らかに混乱していた。この際、カエルに毒があるとかは関係ない話であった。食用としてのウシガエルは茹でたものなら食されることはある。だが、それはあくまでも食用であり、さらに茹でるという調理を行ったのものだ。決して、生でカエルを食べるわけではない。
「ん? ヤマドー。もしかして、毒があるかないかを気にしているのかえ? 安心するのじゃ。そのカエルには毒は無いのじゃ」
「要らぬ気遣い、大変ありがとうございまーーーす! あと、僕の心を勝手に読まないでくださいーーー!」
ヤマドー=サルトルは女性陣に次々と逃げ道を塞がれていく。ジャンヌ=ダルクは悪心ゆえに。アズキ=ユメルは感心ゆえに。ルナ=マフィーエは気遣いゆえにの発言だ。ヤマドー=サルトルは出来ることなら、お椀のようにしている両手の上に乗っているカエルの死骸をニコニコ笑顔のジャンヌ=ダルクの顔面にぶん投げてやりたい気持ちでいっぱいであった……。




