第1話:執務室にて
アーハハッ! と豪快に笑うおかまくさいのか男らしいのかどっちつかずのジル=ド・レに対して、ヤマドー=サルトルとルナ=マフィーエ、そしてアズキ=ユメルの3人は渋面であった。やっとこさ、牢屋から出れたと思った束の間、厄介ごとを頼まれそうな雰囲気だったからだ。しかしながら、この平屋から強引に突破したところで、指名手配されては非常に困ることになるもの事実なので、渋々であるが3人はジル=ド・レに従うことになる。
ジル=ド・レは3人を従えて、小部屋に備え付けられた階段を上り、上階へと向かう。じめじめとしていた地下牢とは違い、上階はキレイに掃除してあり、清潔感に溢れていた。ジル=ド・レは廊下をズカズカ歩いていき、3人はその後をそそくさと付いていく。途中、ジル=ド・レに向かって、兵士と思わしき者たちが彼に向かって一礼をする。ジル=ド・レも会釈で返し、ジャンヌ=ダルクはどこの部屋にいるのかと尋ねる。
「へえ。ジャンヌさまなら、執務室でお偉いさんたちと協議中だべさ」
「ほーーーん。まだあの話を続けていたのかい。……ったく、どうにもなりゃせんと言っておいたのになあ? しょうがない。あいつは真面目すぎるから、ならず者相手にでも、しっかりと報酬を用意したいんだろうが……」
「おいらたちの給金ですら、ひいひい言っている台所事情だっていうのに、その上で傭兵を雇おうなんざ、とち狂っているとはっきりと言ってやりたいんだべ……」
ヤマドー=サルトルはジル=ド・レと兵士と思わしき者たちとの会話でそれとなく、今の状況を察することになる。しかしながら、ここでは口を開かず、黙っておくことにする。どうせ、似たようなことを後でまた説明されることになるだろうから、そこで自分の意見を述べようと思ったのだ。
ジル=ド・レは右手をヒラヒラとさせて、それを別れの合図とし、また歩み出す。そして、この平屋建ての一軒家の中でも一番装飾が施されているであろう扉の前で、1度、ごほんと咳払いをする。その後、扉を右手で軽くノックし
「ジル=ド・レ、ただいま、休憩より戻ってきましたわよん!」
ジル=ド・レはガチャリと扉のノブを回し、ギギギッと木が擦れるような音を鳴らして、その扉を大きく開く。そしてズカズカと執務室と思わしき部屋に入っていくわけだが、そこに居る面々は眉根をひそめることになる。
「ジル殿……。あなたは煙草をふかせてくるといって、ずいぶんとまあ、長い休憩をとってくれたものだな?」
「まあまあ、ジャン準騎士殿。そう目くじらを立てるんじゃないわよ。って、あれ? ジャン=パスクレル司祭はどこに行ったのかしら? あいつもさぼり?」
ジル=ド・レがすっとぼけた感じでそう言いのけると、彼にジャン準騎士殿と呼ばれた偉丈夫な男は、はあああと深いため息をつき
「彼なら午後3時の礼拝があると、シノン城の礼拝堂に向かったよ。まったく……。司祭殿はジャンヌさまの相手をこれ以上したくないとばかりの表情のままに部屋から退出していったな……」
「あーははっ! そりゃ、ジャン準騎士殿も大変だったろうに。で? ジャンヌさま。いい加減、傭兵たちを雇うのは諦めてくれましたかね?」
ジル=ド・レがやれやれといった感じで齢17かそこらの少女に視線を向けて、言葉を贈る。だが、その少女は眉を吊り上げ、すっかりご立腹といった感じにジル=ド・レに反論する。
「ジル=ド・レ卿! あなただって、このままでは兵力がまったく足りないことくらいわかっているはずよっ! オレルアンを奪還するためには今の5倍は人数が必要なのっ! それを傭兵で賄おうっていうのが間違っているっていうのかしら!?」
ジル=ド・レにジャンヌさまと呼ばれた黒髪の少女がすごい剣幕でジル=ド・レに対して罵声を浴びせる。言われた側のジル=ド・レはジャン準騎士に視線を向けて、やれやれとばかりに両腕を左右に広げる。
「ジャンヌさまの言っていることは非常に的を得ているさ」
「なら、私の言う通り、傭兵をかき集めなさいよっ!」
「しかし、あいつらは高くつきますぜ? あいつらを80人雇うだけの金を俺様の領地からだけではとてもじゃないが捻出できないんだぜ……」
ジル=ド・レが口調を男らしさに戻し、無い袖は振れぬというやや演技がかった仕草をする。ジャンヌ=ダルクはうぐぐ……と両の拳を握りしめ、頬を紅潮させている。今にも、握りしめた両の拳をこの辺りの地図であろうものが広げられた机に叩きつけそうであった。
そんな彼女の姿をヤマドー=サルトルたちはおっかなびっくりといった表情で見やる。するとだ。ジャンヌ=ダルクはあろうことか、ヤマドー=サルトルを指さし
「ジル=ド・レ卿! そこの3人は誰なの!? もしかして休憩と称して、その3人としっぽり楽しんできたってわけかしら!?」
とばっちりとはまさにこのことであった。しかもジャンヌ=ダルクは何を勘違いしたのか、ヤマドー=サルトルたちを夜伽の相手では? と疑いだしたのだ。これにはヤマドー=サルトルたちも面食らうことになる。
「失敬な小娘じゃっ! さっきから、ぴーちくぱーちくさえずりおってからにっ! わらわはおかまくさい髭面の青びょうたんなんぞに、これっぽちも食指は動かぬのじゃっ!」
「ルナの言う通りだニャン! 髭面の青びょうたん相手にするくらいなら、ヤマドーを相手にしたほうがよっぽどましなんだニャン!」
「ちょっと、お前ら……。青びょうたん、青びょうたんって言い方がひどくないか? 俺様はこれでも脱いだらすごいんだぜ!? 俺様の身体は筋肉で引き締まっているから、ひょろひょろに見えるだけなんだぜ!?」
ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルが、何ゆえにジル=ド・レの相手なぞしなくてはならぬのかとジャンヌ=ダルクに反論したわけだが、ついでにディスられていたジル=ド・レが彼女らに物申す形となったのだ。
「そ、それもそうね……。おかまくさいジル=ド・レ卿の相手をわざわざ買って出るわけないわよね……。これは失礼したわ……」
思わぬ反撃を喰らったジャンヌ=ダルクは、すまないという所作を彼女たちに贈る。だが、謝られた側のルナ=マフィーエとアズキ=ユメルはまだ納得できないとばかりに、彼女に対して文句を言おうとする。しかし、それを察したヤマドー=サルトルが彼女たちの間に入り込み、彼女たちの口を手で塞ぎ
「こちらこそ、すいません……。彼女たちは僕の想い人でしてね? ジル=ド・レ卿の相手と勘違いされて、ご立腹になってしまったようです」




