第1話:GM山道
――西暦2036年10月16日 正午 シーズン5.3導入日――
「ファッキン! ファッキン! サーバー負荷がマックス状態ですよっ! あなたたちはこんな事態になることを想定していなかったのですかっ!!」
「山道さん、うっさいッス! ファッキンとか叫ぶ前に、サーバー負荷を低減させる方法を示せッス!」
ノブレスオブリージュ・オンラインの開発・運営ルームでは、この日、定期メンテナンスが午前10時30分に終了し、オンラインサービスが再開された直後から、怒号が飛び交っていた。中でもこのゲームのGMである山道・聡と、開発チームNo2の川崎・利家が互いを口汚く罵りあっていたのである。
山道・聡は自分の部下たちを怒鳴り散らすが、それは八つ当たりであることは本人も重々に承知の上であった。前任、前々任のGMたちの度重なる失策により、ノブレスオブリージュ・オンラインへ割り当てられる予算は年々減り続けていた。それの余波をモロに喰らい、とうとう、山道・聡の代ではエイコウ・テクニカル社にあるサーバー能力の割り当ても減らされてしまったのだ。
それなのに、前任のGMウエスギが残した企画書通りに当面は進めろとのマメシバ会長の意向に沿い、シーズン5.3の導入に伴い、新バトルゾーン『オレルアンの解放戦』の実装を行なったのだ。ノブレスオブリージュ・オンラインにおける1年半ぶりの新バトルゾーン実装となれば、そこにプレイヤーが殺到するのは当たり前の話であった。
普段は大規模な対人戦が行なわれる『戦場ゾーン』に毎日通っているプレイヤー層たちも、その週は合戦が行われなかったために、新バトルゾーンに殺到してしまったのであった。
こればかりはGM山道には想定外であった。ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちの3分の2が『戦場ゾーン』で遊ぶ。そして、残された3分の1が合戦そっちのけで、ダンジョン探索を行うのが常態化していた。
それゆえ、シーズン5.3導入と言えども、合戦狂いのプレイヤーたちが合戦を行い、『戦場ゾーン』に入り浸ると目論んでいたのだ。
しかしながら、蓋を開けてみれば、各勢力たちの代表者が話し合い、シーズン5.3の導入週は合戦を行わないことを決めていたのである。こんなプレイヤー側の情報を見落としていたのがGM山道の誤算の始まりだったと言ってもよかった。
「しかたないですね……。これは臨時メンテナンスと称して、一旦、強制的にサーバーの負荷軽減を行いましょうか……」
「そんなことして良いんッスか!? ノブレスオブリージュ・オンラインは大型アップデートのたびに臨時メンテを行うっていう評判通りのことをするんッスか!? 俺っちは断固抗議させてもらうッスよ!」
「シャラーップ! 川崎くん。では、あなたが何か他に良い方法を思いついてくれるのですか?」
黙れ! と力強く山道・聡に言われては、いつも口やかましい川崎・利家としても黙る他無かった。山道・聡がかけている黒縁眼鏡のレンズの奥から殺意すら漂わせる視線を受けて、川崎・利家は不覚にも委縮してしまったのである。
いくらGMの指示と言えども、サーバーをメンテナンス状態にし、プレイヤーがサーバーに接続不可にするのは納得いかない川崎・利家であるが、かといって、代案と言えるほどの良い案が思いつかないのも山道・聡と同様であった。
「では、異論が無いようなので、13時30分より臨時メンテナンスを行います! 緒方くん。不具合修正とかなんとか理由をつけて、ゲーム内にアナウンスを行ってください……」
「は、はいですぅ……。山道さんがそう言うのであれば……」
緒方・桜子。彼女はノブレスオブリージュ・オンラインの開発・運営陣のひとりであり、かつ、広報担当でもある。ゲーム内でのアナウンスだけではなく、彼女はヅイッダーなどのSNS上で『公式の中のひと』も担当している。
彼女のユーモア溢れる発信は、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちに大好評である。特に彼女の発信で人気なのは、彼女が残業中に食べているモノであった。彼女が冗談で、フィッシュ&チップスを食べましたと発信すると、イングランド陣営に所属するプレイヤーたちからはGOOD! ボタンを連打されたという経緯がある。
ひょっとすると、いや、確定でGM山道よりかは遥かに人気が高いのが緒方・桜子であったりする。そのことをGM山道も察しているために、彼女に汚れ役を押し付ける結果となっているのだ。
(桜子さん、申し訳ない……。今日も汚れ役を押し付けて……。今度、きみが大好きなフランスのお菓子を奢りますから……)
緒方・桜子がイギリス料理よりもフランス料理が好きなのは、プレイヤーたちには内緒である。ただでさえ、フランス陣営は人気が高い。それゆえ、新規プレイヤーたちはフランス陣営でプレイを始めることが多い。
そのため、少しでも各陣営のバランスを保つために、緒方・桜子になるべくフランス関連の発信を抑えてもらっているのが現状だ。他の勢力にも興味を持ってもらえるようにと、緒方・桜子自身もその点は十分に理解しているのであった。
そして、ゲーム内での公式アナウンスを緒方・桜子が行い、いよいよ、時計の針は13時30分を指し示す。
「では、臨時メンテナンスに移行しますっ!」
山道・聡は仕事机の引き出しから黄金色の鍵を取り出し、PCディスプレイが置かれた机の上の右脇にある鍵穴に差し込み、右回りにねじる。すると、ガチャンと言う金属音に連動し、机の角辺りの一端が開く。そこからせり出すように赤い色をした直径5センチメートルのボタンが現れる。
「メンテナンス始動、承認ーーー!!」
GM山道は右手を力強く握りしめ、ガンッ! と何かを叩き割るかのような勢いを持ってして、ハンマーのように右の拳を赤いボタンに叩きつけるのであった……。