第8話:ジョブの存在
「いやいや、助けてくださいよ、アズキさーーーん!」
「面倒くさいニャー。あちきはヒト様の恋愛沙汰に巻き込まれたくないと言っているんだニャー」
山道・聡は狸寝入りを決め込もうとするアズキ=ユメルからゴザをひっぺり返し、さらには彼女の両腕をひっぱり、彼女を無理やり起き上がらせる。ここで2人っきりの疑似空間を作られようなものなら、山道・聡はルナ=マフィーエに性的に喰われることは火を見るよりも明らかであったからだ。
誰が覗きにくるかもわからない牢屋の中で、山道・聡は、ち〇こをおったてるだけの自信は皆無であった。もちろん、40歳を迎えて、精力自体が減衰してきていることは彼自身も自覚はある。既に起ちが悪くなりつつある身体であるのに、この状況下でルナ=マフィーエに襲われて、それで起ちませんでしたでは、恥の上塗りも良いところである。
山道・聡は、ごほん……と一度咳をして
「僕としてはルナさんみたいな可愛い女性に襲われるのは男冥利につきます。しかしですね? もしもですよ? 僕のが起たなかったら、ルナさんに恥をかかせてしまうのが嫌なんです!」
「おお……。なるほどなのじゃ……。ほんにヤマミチは優しい男じゃな。ヤマミチのが起たぬのは、わらわのせいじゃと思わせたくないわけじゃな!?」
ルナ=マフィーエがうんうんとまるで何もかも悟ってくれたかのようにコクコクと首を縦に振ってくれている。山道・聡は左胸がズキズキ痛むのをルナ=マフィーエに気づかれるのではないのだろうか? と心配になりながら
「そ、そういうことです。ですから、僕はムードたっぷりの寝室でルナさんとひとつになりたいなあと願うばかりなのです」
「あい、わかったのじゃ! では、わらわもそういう場がくるまでは、なるべく我慢させてもらうのじゃっ!」
何がわかったのだろうか……と心配になる山道・聡である。しかしながら、とりあえず、言い逃れに成功したのは間違いなかった。なるべくのらりくらりと厄災をかわして生きてきた山道・聡であったが、ここまで押しが強い女性を相手にするのは人生初の経験であった。
山道・聡は女性に対してかなりの奥手であり、妻と結婚する際は、なかなかプロポーズを切り出さない山道・聡に対して、やきもきした妻がそれとなく周りを巻き込んで、山道・聡が言い逃れできないような状況を作り出したものだ。
『ハメる前にハメられた』。これは彼の人生において、よく起きる事象であった。ノブレスオブリージュ・オンラインのGMに就任したのも、自分からやりたいと名乗りでたわけではない。山道・聡は時の流れに乗って、ただ上手くことが運んでいるといってよい人生を送ってきたのだ。
しかし、それを打ち破るかのように、ルナ=マフィーエはガンガンと山道・聡に自分を推してくる。山道・聡はそれに抗おうと必死になってしまう自分になんだか笑えてきて仕方ない。
「何を笑っているニャン?」
「あれ? 僕、笑っています?」
「笑っているニャン」
山道・聡は自分の頬に右手をあてる。すると確かに頬は緩みっぱなしだ。この右も左もわからない状況に置かれているというのに、笑みをこぼす理由など皆目見当はつかないが、それでも自分は笑えていることに、なんだか心がほっこりとしてしまうのであった。
「よくはわからないですが、僕はこの状況を楽しめているみたいです。いやあ、人生は楽しまなくては損だと言いますが、牢屋に閉じ込められてまで笑えますかね?」
「そんなの知らないニャン。でも、人生楽しまなきゃならないのは間違いないニャン。ヤマドー、あちきはそろそろ牢屋に入っているのも飽きてきたニャン。どうにかしてほしいニャン」
山道・聡は無茶振りも良いところだと思ってしまう。どうにか出来るのであれば、喜んでどうにかしているであろうとも思ってしまう山道・聡であった。
「魔法とかでドカーンと牢屋の鉄格子を吹き飛ばせれば良いんですけどねえ?」
山道・聡がゲーム脳よろしく、『魔法』という言葉をつい使ってしまう。しかしながら、ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルが2人揃って、ひとつ嘆息し
「それなら無理じゃな。わらわは森の魔女じゃが、そもそも、この牢屋には魔法を発動できないような細工を施されているようじゃ」
「そうなのよニャー。あちきも魔法は少々使えるけど、そもそもこの牢屋に入れられてから、思うように自分の中の魔力を上手いこと扱えないんだニャン。まあでも、魔力を使えたところで一人前・修道女じゃ、牢屋を破壊できる魔法は発動できないけどニャー」
山道・聡は彼女らの言葉を聞き、あからさまに動揺することになる。ルナ=マフィーエはノブレスオブリージュ・オンラインでいうところの攻撃職である魔女系列の最上級ジョブ:森の魔女であり、アズキ=ユメルは回復職系列の上級ジョブ:一人前・修道女の名称を用いたからだ。
ノブレスオブリージュ・オンラインのジョブがこの世界に存在する。それを二つ名の如くに言いのける2人が証明しているといっても過言ではなかった。ここで新たな疑問が湧く。ならば、山道・聡自身はこの世界ではどんな位置づけになっているのかと?
「ヤマミチは見たところ、戦士系列に思えるようじゃが、その身に宿る膂力で鉄格子をどうにかできないのかえ?」
「そう、あちきもそれを期待しているんだニャン。ささ、ヤマドー。男は度胸だニャン。やってみてほしいニャン」
山道・聡は2人に言われるがままに鉄格子に手をかけて、両の手から二の腕にかけて力を込めていく。すると、自分では予想外の力が身体の奥からあふれ出し……
「ふぐぐぐ! うぎぎぎ! うごごご! って、できるわけないでしょっ!!」