第7話:言質
少しずつ自分が置かれた状況が明るみになっていく山道・聡であったが、ここでひとつ疑問が湧いてくる。何故に町外れの一軒家の地下に牢屋がセットでついているかだ。空から落ちてくる際にはなかなかに大きな一軒家であったが、所詮、平屋建てであり、わざわざ牢屋をつける必要性を感じられないのであった。
「さあ? それは知らんのじゃ。わらわもこの街にやってきたのは3日前に訪れたばかりなのじゃ。仕事斡旋所で客を紹介されて、やってきたのがここの家だっただけなのじゃ」
「あちきもこの家に食事を運んでほしいと言われて、持ってきたら不審者扱いなのニャー。ひどい話だと思わないかニャー?」
「ということは、僕以外は別段、罪らしい罪を犯してないわけですね? じゃあ、なんでしょう? この家に近づくと牢屋に入れられるイベントでもセットされていたんでしょうか?」
イベント? と怪訝な表情を顔に浮かべるルナ=マフィーエとアズキ=ユメルである。彼女たちはいまいち、山道・聡が言わんとしていることがわからない。山道・聡としても、ノブレスオブリージュ・オンラインを元に出来上がった世界であるために、ついゲーム脳よろしくのままに言ってしまっただけだ。
「い、いや。何でもないです。イベントうんぬんは忘れてください……」
山道・聡は、むむむ……と唸りつつ、眉間にしわを寄せる。そして、黒縁の眼鏡を左手で外し、眼と眼の間の部分を右手の人差し指と親指で挟み込む。
(僕はどうもこの世界をリアルだとは思えてないみたいですね……。嗅覚も味覚も感じられるのに、頭のどこかでこの世界はゲームの中だと思ってしまっています……)
困り顔の山道・聡の表情を見たルナ=マフィーエが何故か胸を張り、両の太ももをぴったりと合わせ、その太ももの上を右手でぽんぽん叩きながら
「よくわからぬが、何やら記憶が混同しておるようじゃな。ど、どうじゃ? ここはわらわがひざ枕サービスをするのじゃぞ? も、もちろん、初回ゆえに割引してやるのじゃっ!」
「う、うーん!? 記憶が混同しているのと、ひざ枕サービスが繋がらないのですが!?」
「な、な、何を言うのじゃっ! わらわの太ももは胸同様に弾力たっぷりなのじゃぞ!? それを堪能させてやろうというのじゃっ! そうすれば、少しは頭の中がすっきりしようものじゃっ!」
(いや、明らかに煩悩が次々と頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えの繰り返しのようなんですが……)
とりあえず、山道・聡は嬉しい申し出ではあるが、丁重に断りをいれる。ルナ=マフィーエはがっくりと肩を落とし、いけずなのじゃ……と愚痴をこぼしている。山道・聡としては、何故、彼女にここまで気に入られてしまったのかと、自分の彼女の頭を撫でてしまったことに対して、軽く後悔するのであった。
「2人がいちゃいちゃしだすのは別にかまわないけど、あちきが寝ている時にやってくれニャン。乳くりあっているところをつぶさに観察する趣味は持ち合わせていないニャン」
アズキ=ユメルは半猫半人らしく、山道・聡に必要以上に懐く雰囲気をまるで見せないでいた。猫はひとに懐かず、家に懐くとはよく言ったものだと山道・聡はそう思うのであった。自分に気は許しているのは確かなのであるが、ルナ=マフィーエのようにスキンシップを取ろうとしてこない。
キツネは犬に似ているために、1度懐いた相手にはとことんなのだろうとそう思う山道・聡であった。ただ、キツネはキツネであり、犬は犬だ。どこか違うところがあるのだろうが、山道・聡はその違いについては知識が乏しいので、決定的なことは言えずじまいである。
「すいません……。ルナさん。僕には愛する妻と、その妻との間に可愛い娘と生意気盛りな息子がいましてね……。ルナさんといちゃいちゃしたい気持ちは確かにあるのですが、如何せん、浮気をして、妻たちを泣かせたくないのですよ」
山道・聡は非情ではあるが、ルナ=マフィーエが自分に対して異常すぎる感情を抱かないようにと、予防線を張ることにする。しかし、この一言が余計だったことに山道・聡は気づくことになる。
「ほうほう、なるほど……。しかしながら、ヤマミチもこのシオンの街は初めてということは、遠く離れた場所に家族がいるわけじゃな?」
「は、はい……。記憶があやふやなために正確な場所までは言えませんが、ここからはかなり遠く離れた場所に住んでいるはずです」
「では、何ら問題は無いのじゃ。男が出向先で別の家族を持つのは半狐半人では当たり前の話なのじゃ。わらわのことはいつでも第2の家族だと思ってもらっておいて良いのじゃぞ?」
山道・聡はハメられた! と気づく。まだハメてもいないのに逆にハメられることになるとは思いもしていなかった。しかも今のルナ=マフィーエの発言を否定するにはかなり無茶なことを言わなければ、巻き返しは難しい。一言で言えば、向こうは半狐半人の文化を持ち出してきたのだ。ニンゲンの文化として『浮気は大罪』と言えれば良いが、自分はこの世界のニンゲンの文化がわかっていない。
この世界のルールをまるでわかっていない状況の山道・聡にとって、ルナ=マフィーエの提案を安易に蹴るのは難しいのであった。それゆえに山道・聡はやけくそ気味の素っ頓狂な声で
「ま、まあ? ひとり寝が寂しくなった時には添い寝してもらいますかね!?」
「よおおおし! 言質は取ったのじゃっ! アズキ、おぬしが証人じゃからな!?」
「はいはい。わかったニャー。結婚する際は是非とも、あちきが働いている教会で祝言でも挙げてほしいニャー」
浮き浮き笑顔のルナ=マフィーエに対して、勝手にしろとばかりにこれ以上巻き込まれるのは御免とばかりにアズキ=ユメルがベッドの上にごろりと寝転がる。さらには掛け布団代わりにゴザを自分の身体に覆いかぶせてしまうのであった。