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第5話:チョロイン

「せっかく自己紹介もしたんだし、お近づきの印として、あちきが食べているネズミをおすそ分けするニャン。あ、食べ過ぎて、お尻と尻尾だけになっちゃったのは致し方ないんだニャン!」


 アズキ=ユメルはそういうと、食べ残しといっても良さそうなネズミの尻と、その尻に付随する尻尾を山道・聡(やまみち・さとる)に手渡してくる。山道・聡(やまみち・さとる)は手のひらをお椀のような形にし、それを受け取ったわけだが、頬は引きつっている。


(どうしましょう……。これを食べれませんっ! と言って、どこかにほっぽり投げれば、アズキさんはがっかりするだけで済めば良いでしょうが、それどころか、怒り心頭になりそうですし……)


 猫を飼っているひとにならわかると思うが、飼い猫が獲物をおすそ分けしてくれる経験は多々あるはずだ。ネズミやスズメ、さらにはカサカサ動く真っ黒な虫などなど……。そして、その行為を叱ったり、そのままゴミ箱にポイッと捨てれば、猫はすごく機嫌を損ねることを。


 事情がよくわからない世界に突然放り込まれた山道・聡(やまみち・さとる)にとって、これはアズキ=ユメルとの仲を深めるには絶好のチャンスであったのだ。選択肢は多く存在するかのように見えて、実は一択であるという好例であろう。それと、山道・聡(やまみち・さとる)は嗅覚だけでなく、もうひとつ確認したいことがあったのだ。


(ええい、ままよっ!)


 山道・聡(やまみち・さとる)は意を決し、眼を閉じ、身体全体をガクガクブルブルと震わせながら、ネズミの尻尾つきお尻を口の中に入れる。口の中には腐ったドブ水のような味が広がりをみせるが、それでも山道・聡(やまみち・さとる)は歯でそれをかみ砕く。時折、うえげほっ! と吐き出しそうになるが、両手で口を押さえ、両目から涙を流しながら、かみ砕いたそれを喉の奥に流し込む。


 するとだ、アズキ=ユメルとルナ=マフィーエが、おおーーー! と感嘆の声をあげ、さらにはパチパチと拍手を山道・聡(やまみち・さとる)に送ってくるのであった。


「すごいんだニャー。ニンゲン族は基本、火が通ってないお肉は口の中に入れてくれないのに、ヤマドーは食べてくれたんだニャー!」


「おお、すごいすごいのじゃ。おぬし、本当にニンゲン族かえ? わらわはおぬしのことを気に入ったのじゃ!」


 アズキ=ユメルとルナ=マフィーエは嬉しいのか、ベッドの上から尻を離し、山道・聡(やまみち・さとる)に近づき、好奇の目をらんらんと輝かせる。山道・聡(やまみち・さとる)は口の中いっぱいに広がるネズミの血と肉の味により、胃の中がむせかえりそうになっている。だが、それでもだ。嘔吐感を必死に抑え、彼女たちの期待に応えるのであった。


「あんたとはうまくやっていけそうな気がするニャン。あちきの名前はアズキ=ユメルにゃん。歳は16。好きな物は小動物のお肉ニャン! 以後、よろしくニャン!」


「それ、さきほども聞きましたけど?」


半猫半人(ハーフ・ダ・ニャン)が自分の好きな物を教えることは、股肱の友と認めた相手だけニャン。名誉と思ってくれていいニャン!」


 山道・聡(やまみち・さとる)の人間の尊厳を懸けた戦いの成果は絶大なるものであった。アズキ=ユメルは山道・聡(やまみち・さとる)に対して、すっかり気を許してしまった。猫は懐かないと言うが、半猫半人(ハーフ・ダ・ニャン)は少し違うっぽいことを彼は気づくことになる。


 しかし、アズキ=ユメルとの仲は深まったは良いが、もうひとりのほうが問題だ。半狐半人(ハーフ・ダ・コーン)のルナ=マフィーエはどうすれば仲を深められるのだろうか? と山道・聡(やまみち・さとる)は考える。


(猫はうちでも飼っているのが(さいわ)いして、どうにかできましたけど、キツネ相手に何をしたら良いのかわかりません……。何かヒントがあれば……)


 ネズミを食べたことで、ルナ=マフィーエがかなり自分に好意を抱いてくれたことはわかる。だが、まだ彼女とは心の壁を感じざるをえないのであった。その証拠に、アズキ=ユメルは今や、自分に抱きついてくるのではないのか? と思えるほどに自分に接近してきているが、ルナ=マフィーエはゴホンッ! とわざとらしい咳をして、再び尻をベッドの上に乗せている。


「ルナさん? アズキさんが僕に抱き着いてこようとしているのですが、止めてもらえません?」


「知らぬ! わらわに話を振るではないのじゃ!」


 ルナ=マフィーエはご機嫌斜めであった。先ほどまでは喜々とした目つきを自分に送っていたのに、今、何故にそうなのかが、山道・聡(やまみち・さとる)にはわからない。


「あ、ルナちゃんはいつもお澄ましさんでいることを誇りにしているニャン。だから、取り乱した自分を見られて、恥ずかしがっているニャン」


「そうなんですか? ふーーーん、それは面白い話を聞かせてもらいました」


 山道・聡(やまみち・さとる)はここで何かに気づきそうで、気付けないでいる自分にやきもきとしている。もうひと押しすれば、ルナ=マフィーエを籠絡できるであろうということはわかる。だが、その手段がわからない。


(緒方さんのようにわかりやすいと助かるのですが……。って、緒方さん!?)


 山道・聡(やまみち・さとる)緒方・桜子(おがた・さくらこ)のことを思い出し、自分が何をすべきなのかに気づく。山道・聡(やまみち・さとる)はすくっと立ち上がり、ベッドに尻を乗せて座りながら、ぷんすことほっぺたを膨らませるルナ=マフィーエに近づく。


 そして、山道・聡(やまみち・さとる)はルナ=マフィーエの隣に座り、あろうことか、彼女の頭を優しく撫でる。


「な、な、何をするのじゃっ!」


「いえ、可愛いなあと思いましてね? それで、つい、あなたの流れるようなキレイな髪に触れてみたいと思いまして……。嫌でした?」


「い、い、嫌というわけではないのじゃ……。じゃが、わらわが可愛いというのは本当かえ?」


「ええ。可愛いですよ。僕が知り合った女性の中で一番と言っていいほどの可愛さです」


 山道・聡(やまみち・さとる)がそう言うと、半狐半人(ハーフ・ダ・コーン)のルナ=マフィーエの白い頬はボンッ! と火が着いたかのように見る見るうちに真っ赤に染まっていく。そして、その真っ赤になった顔を山道・聡(やまみち・さとる)に見られたくないのか、両手で顔を隠してしまうのであった。

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