第2話:キツネ耳
「娼……館? こんなかやぶき屋根の平屋建てが娼館にはとても見えませんけど?」
山道・聡は、上空200メートルほどから斜め方向にこの家の天井めがけて落ちてくる際に、この家の構造をある程度は把握していた。平原にあるちょっとした町の一軒家であることは間違いなさそうであった。平屋建てであり、横には広めに造られている家ではあるゆえに、町長が住む家かもしれないと、この時になって思うようになる。
しかしながら、娼館と言われたら、それは強く否定せざるをえない造りであった。山道・聡は、今にも壊れそうな簡素なベッドに腰かけているキツネ耳の女性の言葉が何か別のことを言い表しているのでは? と思うようになる。
「なんじゃ? さっきまでぴーちくぱーちくとさえずっておったと思えば、今度はだんまりかえ? まあ、それも致し方なかろう。そこで眠っている小娘と違って、わらわはプロポーションには自信があるからのぅ?」
狐耳の娘は麻製のクリーム色のぶかぶかのローブ越しに、豊満な胸を下から支えるように胸の前で腕組をする。ゆったりとしたローブでもその大きさがわかる以上、山道・聡は、眼の前の女性のサイズがFカップほどはあることに気づく。
クークーと寝息を立てている猫娘は胸にサラシを巻いていた。そちらは推定BからCカップとほどと考える山道・聡である。
日頃、おっぱいに貴賤は無いと川崎・利家に豪語しているオッパイ聖者(承認待ち)の山道・聡であるが、そんな彼でもFカップ以上の女性とは面と向かって話をしたことは彼の人生経験上ではほとんどない。そのため、胸を強調するかのように、腕組みするキツネ耳の女性のどこに視線を持って行っていいのか、ほとほとに困ってしまう。
(金髪にケモ耳、そしてぶかぶかのティーシャツ、いやローブですけど……。さらにはその服の上からもわかるほどの大きさとくれば、手のひらにすっぽり収まるサイズが好きな川崎くんだって鼻血噴水大御礼ですよ!?)
山道・聡が眼を泳がせていると、キツネ耳の女性はクックックといたずらな笑みをこぼす。
「まあ、何はともあれ、いくら女性が2人、同じ牢に居るからといって、やましいことは考えぬことじゃな。さもなくば『へし折る』のじゃ!」
へし折ると力強く言われたために、山道・聡はキンタ〇がキュッ! と縮み上がってしまう。いちいち表情を変えてしまう山道・聡が面白いのか、キツネ耳の女性はコロコロと喉を鳴らしてしまうのであった。
「存外、きさまは面白い奴なのじゃ。わらわの嗜虐心がくすぐられてしまうのじゃ。どれ……。この牢から無事に出られたら、わらわと町の宿屋でしっぽり遊ぶかえ?」
山道・聡はその言葉を聞いて、にへら~とだらしなく、鼻の下を伸ばしてしまう。だが、次の瞬間には顔を左右に力強くブンブンと振り
「いやいやいや。僕にはキレイな嫁と可愛い娘がいるんですっ! 僕は一夜の火遊びと言えども、浮気はする気はないんですぅ!」
「なんじゃ、嫁だけでなく、コブ付きじゃったか。興が削がれたのじゃ。わらわも妻子持ちに手を出す気にはならんのじゃ。厄介ごとに巻き込まれるのはこの牢に入れられた1件だけで、お腹一杯なのじゃ」
「え? 厄介ごと?」
山道・聡は、つい、独り言にも似た眼の前の女性に質問を投げかけてしまう。彼女としては山道・聡とこれ以上、会話をするつもりはなかったようで、ふーーーむ? と首をひねっている状況だ。しかしながら、気分が変わったのか、彼女はまず自己紹介を開始する。
「わらわの名前はルナ=マフィーエ。遠くイングランドの地からドーバ海峡を渡り、このフランスの地へと足を踏み入れたのじゃ。悠々自適に旅を続けてきたのじゃが、ここまで来て、路銀が尽きてしまったってのう?」
山道・聡はルナ=マフィーエの言葉を受け取り、何を言わんとしているかを察する。彼女は路銀が尽きたことにより、それを稼ぐためにも、その身を売ろうとしていたということを。確かに彼女ほどのプロポーションを持ってすれば、金の持っていそうな貴族のボンボン辺りががひょいひょい寄ってくることは確実であろう。
しかし、いざ実行に移そうとしたら、彼女が言う通り、厄介ごとに巻き込まれて、この牢に囚われることになったのであろうと推測できた。そのため、山道・聡としては、どんな言葉を彼女に贈るべきか悩んでしまう。
「添い寝サービスをしようとしたら、本番をしたいと言われてしまってな? それを断ったら、貴族のドラ息子が騒ぎたてたのじゃ。まったく、親が寝室に飛び込んできて、そのドラ息子がわらわのことをイングランドのスパイじゃとわけのわからぬ言い訳をじゃな……」
ルナ=マフィーエの身上を察しかけていた山道・聡は肩すかしをくらうことになる。彼女は本番行為はダメだと。じゃあ、さっきの宿屋のベッドでしっぽりとは何だという話になる。それはとにかくとして、現代の言葉で言い表せば、ハニートラップをその貴族のドラ息子に仕掛けようとしたと疑われたということだ。
「そんな古典的な言い訳が通じるところが中世の恐ろしさなのでしょうかねえ?」
「『中世』という言い方は釈然としないのじゃが? まるでわらわを卑下しているかのように聞こえるぞ? まあ、それは置いておいてじゃ……。ここの家に集まっている貴族連中は何かを企んでいるようじゃ。それで、わらわをスパイだと思い込んでしまったようじゃな」
スパイと疑われたのは山道・聡も彼女と同様であり、そして、ついさっき、その貴族たちに散々に蹴られたばかりであった。山道・聡はそれを思い出して、ふつふつと怒りが沸き上がりそうになる。しかし、それを遮るようにルナ=マフィーエが、今度はそなたの番じゃと言ってくる。
山道・聡は彼女にどう応えていいものかと逡巡することになる。まさか、この世界はノブレスオブリージュ・オンラインというゲームの世界であり、自分はそのGMで、さらにはこの世界をつぶさに観察していたら、空から落っこちてきたと言えるわけもないのであった……。