第9話:美人局
害虫ともいえる不正ツールを使用しているプレイヤーのアカウント永久凍結を終えた山道・聡は、次に、ノブレスオブリージュ・オンライン内を自由に移動するのであった。天上から下界を見下ろす感じで宙を舞っているかと思えば、時には高度を200メートルほどまで下げて、つぶさに自分が開発・運営に携わっている世界を見回る。
するとだ。路地裏で背の低い女性キャラに因縁をつける禿げ頭のいかつい男性キャラの姿を発見する。山道・聡はニヤリと口の端を歪め、さらに高度を落とし、つぶさにその男女を観察する。
「おいおいおーい! そこの可愛いお嬢ちゃん。俺とメアドとエッチな写メを交換しようぜぇ!?」
「やめてくださいっ! 運営の方に通報しますよっ!!」
「はーははっ! ノブレスオブリージュ・オンラインの運営が対応してくれるわけがねーだろっ! 世の中に出ているMMORPGの中で、一番仕事をしていないってのが売りのゲームなんだぜっ! さあ、わかったら、さっさと俺とメアド交換しろよっ!!」
山道・聡はそんな2人のやりとりを見て、はあああと深いため息をつく。実際に、プレイヤー数に対して、運営側の人数が少なすぎるのはノブレスオブリージュ・オンラインの運営にかなり支障をきたしているのは事実であった。だが、この禿げ頭のいかつい男キャラにそれを指摘される言われもない。
というわけで、山道・聡は憂さ晴らしをもかねて、この男をセクシャルハラスメントの罪で1週間のアカウント停止状態にする。するとだ、その男キャラはいきなりゲーム内から追放され、その場から忽然と姿を消してしまうことになる。
もちろん、いきなり自分に粉をかけていた男キャラが消えてしまったことで、女性キャラは、えっ、えーーーっ!? と面喰らうことになる。
(うーーーん。良いことをしました。ノブレスオブリージュ・オンラインの悪がまたひとつ潰えました。さて、この女性キャラの方は喜んでくれますかね?)
山道・聡は自分の振るった正義の鉄槌に満足気であった。しかし、成り行きは山道・聡の思惑通りには進まない。なんと、いきなり、女性キャラが男の声に変わり、悪態をつき始めたからだ。
「ちっ! せっかくカモがネギをしょってきたっていうのに、いきなり姿をくらませやがった。うーーーん? 危険を察知して逃げやがったか? 念には念を入れて、アバターの容姿を以前とは変えておいたんだがなあ?」
そんな独り言を聞いた山道・聡がこの男声の女性キャラのプレイヤーIDを確認し、さらにはデータベース上にこのプレイヤーに寄せられる苦情を調べてみることにする。
(なーるほど……。所謂、『ネカマ』ってやつですか。それで、さっきまで付きまとっていた男キャラはこいつにまんまとはめられて、見返りとして、エッチな写メを要求したというわけですね? うーーーん。このプレイヤーが女性に対して何かしでかしてないか念入りにチェックしておいたほうが良さそうですね?)
山道・聡は、このネカマプレイヤーの方も調べ始める。『D.L.P.N』システムを介し、データベースにアクセスする。するとだ、このプレイヤーは男版美人局であり、正体がバレたとしても、うまいことはぐらかし、さらには可愛い男の娘が彼女になるんだからいいじゃないと、なんと八股をかけていることが判明したのだ。
通常、セクシャルハラスメントと言えば、男女の間でのトラブルであり、男同士の情のもつれとなると、男女の間よりもセンシティブな問題となり、GMとしても対処しづらい。山道・聡はどうしたものかと考え、結局のところ、放置を決め込むことにする。
(まあ、ネカマを利用して、女性にお近づきになっているログは確認できませんでしたし、痛い目を見るのは男だけです。僕は自称フェミニスト(仮)なので、この件は見なかったことにしましょう)
前述の男キャラは多数の中身女性の方にも同様のことをしているログを発見していたので、今更ながらのアカウント停止にしておこうと山道・聡は彼への罪状メールの内容を変更しておく。出来るなら1発アカウント永久凍結でも良かったのだが、ノブレスオブリージュ・オンラインの運営ルールとして、2段階目の『一週間停止』でやめておくことにする。
さて、そんな男同士の痴情のもつれも解決し、いよいよ、山道・聡は興が乗ってくる。ついでなので、他にもセクシャルハラスメントで困っている女性がいないかどうかをノブレスオブリージュ・オンラインの今、現在行われている会話から探りを入れていくのであった。
ここで注意せねばならないのは、ノブレスオブリージュ・オンライン内の恋愛事情であった。MMORPGを通じて、お付き合いを始めるひとは、少なからずも存在する。そして、ついには結婚にまで至る男女も確かに存在するのだ。そういった類のひとたちと、出会い厨のそれとは一線を画す必要性はある。
膨大な会話データの海の中を山道・聡は優雅に泳ぎながら、区分けをしていく。
(ふむふむ。マツリ=ラ・ヴィクトリアさんとデンカ=ラ・ヴィクトリアくんは、かなりきわきわな会話内容を展開していますねえ? まあ、わざわざ姓を同じにしてますし、さらには両プレイヤーともにゲーム内の結婚指輪を購入してますし、これは白ってことで良いでしょう……)
せっかく、エロい会話に発展しそうな男女を発見しても、結局のところお付き合いをしていたり、実際に夫婦だったりするわけで、山道・聡がアカウント停止という鉄槌を自由自在に振るいまくる結果になることはあまり無かった。
山道・聡は、とんだ肩透かしを食らったものだと、少々、興が削がれてしまう。そもそも、ノブレスオブリージュ・オンラインはサービス開始から11年もの歳月が経っており、ゲームをプレイしている年齢層も30才前後を中心として分布しているわけで、ゲーム内秩序はかなり良い方向に進んでいるのだろうとGMでありながらも、山道・聡は手放しで感心するのであった。