第六話 古龍との戦い
※ジークリンデ視点です。
「シオ――ン!!」
私が叫ぶと古龍とおいかけっこしていたシオンは私を見て、
「ジークさん!? よかった! 無事だったんだね!」
「ああ! 一撃くらわせてやる! 来い!!」
シオンは方向転換しながら下降し、私の頭上を通過する。
それを追ってきた古龍に私はすれ違いざまに斬撃を放つ。
腹部を斬りつけると鋼が打ち合わせられたような音が響き渡った。
通常の竜種であれば鱗の生えていない腹部は弱点とされる箇所だが、この古龍とやらは腹部にまで鋼の装甲のようなものを纏っていて、岩をも切り裂くバター剣でもまるで刃が通らない。
だが、多少の痛痒はあったようで古龍はシオンを追いかけるのをやめ、警戒するように地面に降りた。
「ちょっとヤバくない?
こっちの攻撃が通用しないよ!?」
「全く通用しないわけじゃない。
微かだがダメージはあった。
つまり、殺すことはできるということだ」
不死身の生物なんて存在しない。
刃が通らなくても衝撃によるダメージはあったということだ。
もっとも、あの巨体を殴り殺すのに必要な力など想像したくもないが。
「やるしかない。
あんなものを放置してたらマリアーヌどころか私たちの島まで滅ぼされかねない。
お前も本気を出せ」
「だね。ああ、でもジークさんが本気で戦うところを見るなんていつぶりだろう。
すっごく楽しみだ」
「緊張感のないヤツめ……」
会話を切り上げて、私は魔力を身体強化に注ぎ込む。
古龍は頭の角を前に向けて私たちに向かって突撃し、大地を根こそぎひっくりがえすように突き上げた。
私は砕かれ宙に舞う岩に乗り、さらに高く飛び上がる。
「ハアアアアアアッ!!」
気合一閃。
宙を舞う岩を蹴って加速しながら降下し、古龍の頭部に剣を叩きつける。
金属がぶつかりあうような甲高い衝突音が響き渡り、古龍の頭部が地面に堕ちた。
だが、頭部の損傷はほぼ皆無。
糸のようにかすかな跡を作っただけで刃は受け止められた。
「頑丈にも……程がある!!」
私は仁王立ちになり、古龍の頭部を乱れ撃つ。
傷に傷を重ね、脆くなったところを砕くつもりだが、どれだけの斬撃を食らわせればいいのか。
途方もない地道な攻撃に嫌気が差したその瞬間、古龍は羽を羽ばたかせて空へと舞い上がった。
足場が揺れたことで体勢を崩したが、すぐに持ち直し古龍の背中に飛び乗る。
「ジークさん!
俺が強烈なヤツをお見舞いするからひきつけておいて!」
シオンが地上から叫んでいる。
魔法攻撃が反射される相手にいったいどのような手段を使うのか。
気にならなくはないが、構わない。
アイツの力を信じるだけだ。
「おおおおおおおおっ!!」
私は嵐を起こさんばかりに羽ばたく龍の翼の付け根を狙い撃つ。
どんな生き物であっても関節部分は鍛え上げられない。
読みどおり、刃が肉に達することはなかったが確かに手応えを感じる。
「羽をちぎって地に叩き落としてやる!」
「GRAAAAAAAAA!!」
私の殺意に抗うように古龍が吠えた。
そして、その長い尾をムチのようにしならせて背中に取り付いた私を払い落とすように振り回し始めた。
巨大な龍の背中は船の甲板ほどに広い。
だが、荒れ狂う大河のように押し寄せてくる尾での攻撃を避けまわるには狭すぎる。
それでも必死で攻撃の先の先を読み、跳ね回るようにして躱す。
10年近くまともに戦っていなかったのにそれなりについてきてくれる自分の体と感覚に感謝の気持ちすら覚える。
「まだまだ私も、捨てたもんじゃない……なっ!!」
古龍の背中を滑り、その勢いのまま刃を伸ばして翼の付け根に刃を通す。
今度は刃が通った。
薄皮を裂く程度であったが、血が刃に付着した。
いける!
敵の攻撃は単調、体力が尽きなければ当たることはない!
剣を握る拳にさらに力を込め、執拗に翼の付け根を削り続ける。
次第に翼のはためきが緩慢になってきた。
その時、シオンが上空から、
「離れろ!!」
と叫んだ。
弾かれるように私は古龍の背から飛び退く。
宙を舞いながら、私の乗っていた背中を見つめているとそこに家ほどの大きさの巨大な岩が叩きつけられた。
超高度からの加速度が掛け合わされた巨岩の破壊力は山をも砕く威力だ。
意識をふっ飛ばされたかのように古龍は無防備に地に向かって落下していく。
一方、私は落下中にシオンに受け止められて上空から地に伏せた古龍を見下ろした。
「魔法が通らないから岩を使ったか」
「ああ、賢いだろ」
チラリと横を見ると頂きが切り取られたような山が見えた。
なるほど、あれを持ってきて上空から落としたわけか……本当にムチャクチャだな、コイツ。
平和な暮らしの中だと忘れてしまうが、シオンは魔王バアルにも劣らない力の持ち主だ。
魔力量も魔法の可用性もこの世界で最強といって過言ではない。
その強さにかすかな安堵を抱いた次の瞬間――
「GWYEEEEEEEEE!!」
耳を穿つような雄叫びとともに、地上から紫色の光条が打ち上げられた。
「うおっ!?」
光条は夜空を筆で塗りつぶすように動き回り、逃げ回る私たちを追い詰めていく。
「なんだよ!? 効いてないの!?」
「逆だ! 効いたから怒って本気を出してきたということだろう!」
高速で空を駆けるシオン。
地上では口から光のブレスを放つ古龍が私たちを怒りに満ちた目で見上げている。
「だったら何度でも!
山がなくなるまで喰らわせてやる!!」
シオンは気炎を上げ、古龍に向かって急降下する。
ブレスを避け、肉薄したその瞬間だった。
地面の中に潜っていた古龍の尾が地面を掘り返して地上に出現した。
その時に発生した岩礫の散弾が私とシオンに襲いかかる。
「うわああ!!」
「ぐうっ!!」
無数の岩片の一斉掃射をくらったシオンは意識をふっ飛ばされ、引き離されるように私たちは地面に落下した。
地に叩きつけられ這いつくばった私の口の中に鉄の味が広がる。
全身が鉛を背負っているかのように重い。
日常生活で味わうことのない、戦いという非日常の中にのみ存在する命にかかわる身体の損傷と痛み。
それが伝わることで怯んでしまう心。
やはり現役のようにはいかない、と自分の弱体化を痛感した。
「や、やり返してくるなんて……ナメた真似を……」
シオンは怒りに目を血走らせているが、額から流れる血や片足をかばうように立っていることから見てもダメージは深い。
追い打ちを掛けるように古龍はブレスをシオンに向かって放つ。
「チッ!
【サウザンドイージス】!」
シオンの正面に魔力の盾が発生し、ブレスを受け止めた。
だが、その圧力にシオンの身体は盾ごと後退し岩壁に押し付けられた。
古龍はブレスを放ったまま歩みを進める。
シオンを押しつぶすつもりだ。
「こっ……のおおおおおおおお!!」
痛む身体を奮い立たせ、私は駆け出す。
大口を上げる古龍の上顎に剣を力任せに叩き下ろした。
刃は通らないが、その顎を閉じさせることができた。
もう一撃!
大きく振りかぶって剣を振り下ろす!
が、足がふらつき刃はひっかくような音を立てて古龍の頬をかすめて地に刺さった。
痛恨のミス。
硬直した私の隙を見逃すはずもなく、古龍は口を大きく開けて直接噛み砕こうと襲いかかってくる。
マズイ!! 避けきれな――
「【でぃばいんしょっっとおおおおおおお】!!」
幼い叫び声が聞こえた瞬間、真っ白な光の球が古龍の頬に直撃した!?
「お母さん!!」
ドン、っと突き飛ばすような衝撃とともに私の身体が宙に舞い上がる。
セレナだ。
セレナが羽を羽ばたかせて私を窮地から拾い上げた。
「【でぃばいんしょっと】!
【でぃばいんしょっと】!
【でぃばいんしょっと】!」
ネイトが走りながら魔力の光球を連射している。
古龍は頬を殴られたように首を跳ね上げるが、その瞳は突如現れた小さな敵を睨みつけている。
しかし――
「死ねえええええええっ!!」
ジェイドが剣を古龍の目に突き立てた。
さらにそれだけでは止まらず、身体を翻して抜き放ったナイフでもう一つの瞳も串刺しにした。
「UGYAAAAAAAAAAa!!!」
古龍は悲鳴を上げてその場にのたうち回る。
闇雲に振り回す首の乱撃に接近していたジェイドとネイトが巻き込まれる寸前、目にもとまらぬ速さでシオンが二人を抱えて攻撃範囲を脱出した。
「お父さん! 血が出てる!」
「大丈夫。お父さんは強いからね」
心配そうなネイトをなだめるようにシオンが頭を撫でた。
「ジェイドも大したもんだ。
剣ではお父さんもうかなわないかもな」
シオンに褒められてジェイドは笑顔を見せる。
私も私を抱えるセレナに言葉をかける。
「セレナ。ありがとう。
お前たちを連れてきて正解だったよ」
「うん」
セレナは照れるように顔をうつむけた。
つくづく末恐ろしい子どもたちだ。
この絶望的な戦場で身を投げ出して親を助けに来るなんて。
「お母さんも負けていられないな……」
折れかけていた心が立ち直る。
私たちの敗北は子どもたちの死に直結する。
そんなことは許されない。
世界で一番、いや世界よりも大事な子どもたちだ。
それを守るためならば私は魔王だろうが古龍だろうが神だろうが叩き切ってみせる。
考えろ。
ジェイドが目を潰してくれたおかげで時間が稼げている。
なぜネイトの魔法が効いた?
属性効果? いや、魔力反射に属性は関係することは稀だし、シオンもおそらく試しているはずだ。
頬が弱点? 何故?
頬にも背中と同様鋼のような装甲が張られている。
あの装甲に物理攻撃も魔力攻撃も弾かれている。
何が他の部分と違う?
私は古龍の頬を凝視する。
ネイトの【ディバイン・ショット】によって装甲はひび割れ、その下の肉が見え隠れしている。
いや……見るべきは、その表面!!
私は気づいた。
私が放った古龍の頬をかすめた斬撃は装甲板を薄く剥いでいた。
あの装甲……もしかして!?
試しに古龍の背中に接近し、薄く剥ぐように剣をその背に滑らせる。
すると、ジャアアアアッと金属をすり合わせるような音とともに光の鱗粉のようなものが舞い上がった。
「【メギド・ロウ】!」
私の使える数少ない攻撃魔法。
シオンの者に比べれば児戯に等しい火炎魔法だが、古龍の背の装甲に炎はまとわりつきその身を焦がしていく。
「DRGWAAAAAAAAA!!」
古龍の悲鳴が上がり、体を転がして無理やり背中についた火を消化した。
その様子を見て確信した。
「これなら……殺せる!!」
私はシオンの元に走り出す。
「シオン、腰につけている飾りを貸せ!」
「飾りって……俺の愛剣だよ!」
「どうせろくに使えないんだ!
それよりも、最強の魔法の準備をしろ!
属性は問わん!
あの古龍をブチ殺せるだけのな!」
私は無理やりシオンの腰の剣を鞘から抜く。
オレンジ色のグラデーションがかかった刀身が夜の闇に閃いた。
魔剣『フレアキス』。
伝説の名工ベームルードが愛用していたという名剣。
私の持つ『バター剣』と並び、神器の高みに指をかける究極の逸品だ。
「ジェイド、ネイト、セレナ。
お前たちは下がっていろ」
「俺達も戦うよ!
俺はアイツの目を潰したんだぜ!」
そう言って私に抗議するジェイドを裂帛の気合で睨みつける。
すると、いつも強気なジェイドが気圧されるように後ろずさった。
「あの程度ではダメだ。見ろ」
古龍の目に突き刺さっていた剣とナイフが押し出されるように排出される。
そして、潰れたはずの目は輝きを取り戻し私たちを睨みつけていた。
「龍種の回復能力は尋常じゃない。
身体から切り離さない限り、奴らはすぐに傷を元に戻す」
右手に『バター剣』、左手に『フレアキス』を握り、私はシオンと子どもたちに背を向ける。
「強さをひけらかすのは、趣味じゃないんだが……
お前たちは見ていてくれ」
『聖剣の勇者』として運命に翻弄され、戦いに明け暮れた私の半生。
そのほとんどは辛く痛ましい思い出ばかりだ。
傷だらけになりながら生き足掻き、敵の命を喰らって命を繋いだ日々。
あの頃の私は決して幸せだったとは言えない。
だが、それでもだ。
あの頃の私もまた私なんだ。
聖剣に出会わず村娘のまま生きていたのならシオンにも子どもたちにも出会うことはなかった。
もし、人生をやり直すことがあっても、私は自ら聖剣と出会い、お前たちに出会うため苦難の時代を乗り越えてみせる。
両手の剣が私の意志に呼応するように光を放ち始めた。
まるで在りし日の聖剣グランカリバーのように。
その光を警戒するように古龍は翼を広げ私を威嚇する。
ふん、やってやろうじゃないか。
もう種は分かっている。
貴様は不死身でも無敵でもない。
「私たちに牙を剥いたことを後悔するんだな」