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過去<いままで>:6


「いざというときに、機械は頼りにならないもんだ」と停電の夜に父は言った。

「蝋燭だって燃え尽きたらお終いだよ」と皿の上の蝋燭の火を眺め私は言った。

「ライターは機械じゃないの」と母は頭の上にハテナマークを浮かべて尋ねた。

 目に見えないうるさい虫でも飛んでいたのか、父はそれっきり黙り込んだ。そんな夜だった。停電は、すぐに復旧した。


 最初は、車中泊できる大きな自動車を選ぼうと思っていた。

 けれど私の自動車免許は、金色をしたペーパー免許だ。乗りなれていない自動車は、むしろ危ないような気がした。かといって、乗りなれた原付バイクでらったったーと走っていくには遠すぎる。だからもう少し排気量の大きな奴を、そう思っていた私に彼が声を掛けてきた。


 その彼は、「走りたい」と全身を使って訴えかけてきた。

 彼の名は、GSX―R1000、サーキットを走るために生まれたレーシングマシーンだった。

 それはない。無理だ。私の回答は無難なものだった。

 高校時代の私が乗りなれた原付バイクは排気量50ccの可愛い仔馬のポニーだ。それに比べたなら、排気量999ccの彼は、北斗の拳に出てくる巨大な馬だ。オグリキャップだ。ナリタブライアンだ。ディープインパクトだ。公道を走るF1マシーンだ。


「大型免許、持って無いし、ね?」

 世界がこうなったいま、免許制度に意味があるとは思えなかったし、いまからしようとしているのはバイク泥棒なのだけれど、私の口は、わりと常識的なことを口にしていた。

 オートバイクの販売展示場だった。


 まだ開店していない時間だった。電気の流れとは関係なく、鍵のかけられたガラスの扉は開かなかった。私は、迷った。ジャーキーさんの店で、たしかに、さんざん、盗みは働いてきた。けれど、これは違うんじゃないかと感じて迷った。

 店の外には旗竿を立てるための土台があった。営業時間外だったから、旗は片付けられていた。コンクリート製の重たい石だ。抱えて、持ち上げ、放り投げれば、ガラスの扉が大変なことになる予感があった。

 裏口を見た。鉄の扉には鍵がかかっていた。ガラスの扉よりも、もっと堅そうだった。


 ガラスの扉の入口に指をかけて、開かないエレベーターの扉を開けようと頑張る映画のシーンを再現してみた。映画の再現通り、1ミリも開かなかった。


 迷った。生きるために盗んできた。でも、進んで何かを壊してきたことは無かった。それはたった一枚のガラスだった。けれどもそれは、私の倫理観に傷を残す、暴力的な破壊行為だった。

 世界は壊れた。でも、私は、まだ壊れていない。壊れたくなかった。


 ずいぶん長い時間を悩み迷ったと思う。

 けれど答えは最初から決まっていた。北海道へ帰るためには、どうしても乗り物が必要だった。だから私は、目を閉じた。石の土台を抱えた。この後に訪れる破壊的なパリーンというガラスの割れる甲高い悲鳴に備えて、注射の針をまつ子供のような顔をした。

 そして、様々な思いと一緒に、コンクリート製の土台を思い切り放り投げた。

 ドスン、ぶつかる音がした。恐る恐る目を開けた私の足元には、旗竿を立てるための石の土台が落ちていた。ガラスの扉は、ちょっとだけヒビが入っていたものの、平然とした顔で立っていた。防犯ガラスというものなのだろう。考えてみれば、それなりに値段のする商品を扱うお店なのだ。貴金属店と同じくらいに、防犯意識の高いお店なのだ。

 わたしは、迷うのを、止めた。


 私が何もしなくとも、時間とともに世界はどんどんと崩壊していくだろう。だから私は、世界を傷つけたくはなかった。このままの形で残しておきたかった。ただの感傷だった。私は、世界を傷つけたくなかった。この反抗的な防犯ガラスだけは別にして。


 光を取り込む造りの店内は、電気の明かりがなくても困らなかった。お店側がエコロジーに目覚めたわけではなく、建物の形をしたショーケースとして、店内に置かれた様々な商品がガラスケースの外に向かって魅力的にアピールされていた。


 彼は、その舞台の中央で、マネキン人形を演じていた。

 走るために生まれた、けれど、一度も走ったことが無い。そんな綺麗な顔をして、舞台の中央で輝いていた。飾られるために生まれてきたんじゃない。けれど、実際に店から出荷されていくのは、もっと小さくて、もっと軽くて、もっと手ごろな、そんな仲間たちばかりだったのだろう。

 目にすれば、誰もが彼に手を伸ばしたくなる。財布のなかを見ると、途端にその手が怖気おじけずく。自分の手を見ると、自身の技量が彼の背中にふさわしくないことが見えてしまう。彼はロマンだ。自分は現実だ。背中にレーサーを乗せるため生まれてきた彼に乗る資格が、自分にはあるのだろうかと自問する。無いと自答する。そうして、自分の身の丈に合った、あるいは少しだけ背伸びした、そんなマシンを誰もが相棒に選ぶのだ。

 私は、彼の隣に座って、カタログのページをめくりながら、その境遇に苦笑いしていた。


 乾燥重量203kg、総排気量999センチ立方、最高出力197馬力、最高速280km/h、車体価格200万円とちょっと。価格だけを見るなら、背伸びすれば手が届かないわけでもない。けれど、こんな暴れ馬のようなレーシングマシーンを乗りこなせると胸を張って言える人間が、日本国内にどれだけ居るのだろうか。


 ゼロだ。

 カタログスペックに胸躍らせて、それから、世界が終わってしまったことを思い出した。だから、ゼロだ。私には彼を乗りこなせる自信なんて、ひと欠片も無い。だから、彼を乗りこなせる人間は、もう世界には誰一人として居ない。

 残念だね、そんな感想を残して、私は彼に背を向けた。


 250ccクラスの、もっと扱いやすいバイクを選びながら、背中に視線を感じた。

 あるいは、ビッグスクーターと呼ばれる、乗り心地良く、らったったーと長距離を走れるバイクなんかが良いんじゃないかと、背中に視線を感じた。

 振り返れば、舞台の中央に彼が居た。

 彼は、「走りたい」と全身で訴えかけていた。


 他のバイクたちだって走るために生まれてきたんだから、それは、不公平というものじゃないかと、私は思った。

 それでも彼は、舞台の中央で、一度も走ることなく朽ちていくのは嫌だと言った。


「ほんとうに、私で良いのかな?」

 よろしいわけではない、彼は、そんな連れない顔をした。

 これが、彼と私の出会いだった。


 すべてが終わってしまってから、北海道へ向かおうなんて、自分でも矛盾していることには気が付いていた。確かめる手段なら、ずっとあった。この何か月か、ずっとあった。電話ひとつ、メールひとつ、たったそれだけで父と母のことなら確かめられた。

 けれど私は、確かめなかった。

 確かめられないように、携帯電話も、パソコンも、テレビさえ、電源を落としていた。

 私は、そう私は、臆病者だった。


 重量200kgを超える彼は、極限まで軽量化された、なんて嘘をカタログでついていた。ハンドル部分を持って、押し、汗を流しながら、私はガソリンスタンドを探し求めていた。車輪が二つついていた。自動二輪車の車輪が、いまは手動で回っていた。197馬力を誇る彼の今の出力は、一馬力すらない。私の脚は、馬より細い。


 人間、身の丈に合わないものは選ぶべきではない。私はすでに後悔を始めていた。彼のことはもうこの場に放置して、日本一周の旗を差した自転車で北海道まで向かおうか、なんて考え始めたころだった。運悪くガソリンスタンドが見つかった。

 見つかってから、到着するまでの何百メートルかで、なんども心が折れそうになった。辿り着いたときには達成感さえ感じた。きっと、この感動を味わいたくて、マラソンのランナーたちは走り続けるのだろう。42.195km。


 セルフ、と看板には書かれていた。

 セルフサービスを意味するセルフだった。

 事故防止のため、静電気除去シートに触れてから給油ノズルのハンドルを握った。もちろん、何も起きなかった。ガソリンスタンドまで、電気が来ていなかった。この場合のセルフとは、火力発電所からガソリンスタンドまでの全てをセルフサービスでお願いしますということになるのだろうか。

 私は、彼を見た。

 彼は、私を見ていなかった。彼の前に居た自動車を見ていた。

 もう、いいか、諦めが大事な時だってある。そう思ったとき、ふと、思い出した。


 それは、なにかの映画だった。題名は思い出せない。アメリカの青春映画だった気がする。自動車の給油口にゴムホースを差し込んでいた。吸い上げて、ペッと唾を吐き出す。するとホースの先から車の中のガソリンが抜き取られていった。ガソリン泥棒だ。父親の車から、こうして若者はこっそりとガソリンを盗み取っていた。子供というのは、悪いことに限って、すぐマネをするものだ。


 私は、彼を見た。

 彼は、彼の前に居た自動車を見ていた。

 ちょうど、給油しようとしていたところだったのだろう。半分だけ、運転席のドアが開いていた。運転席には、生乾きのジャーキーさんが座っていた。私は周囲を見回した。洗車用の蛇口からゴムホースが伸びていた。

 人間、どんな経験が役に立つか、わからないものだ。


 高校時代の私は、原付バイクで登校していた。もちろん、学校にはバレないように、道の途中までだった。実際は、学校も把握していた。見逃してくれていた。そんなバイクのガソリン代は通学費用として、母から現金支給されていた。

 そして私は夜な夜なこっそり、父の自動車から給油していた。

 手慣れていた。


 まず運転席脇のレバーを引いて給油口のハッチを開ける。次に給油口の蓋を開け、ホースをスルリとねじ込む。つぎに、ゴムホースをストロー代わりに使いチュルチュルと吸いあげて、そして盛大に蒸せて吐いた。

 それは、ガソリンの味だった。

 イチゴの味はイチゴでしか説明できないように、レモンの味はレモンでしか説明できないように、ガソリンの味はガソリンでしか説明できない。灯油や、軽油や、そのあたりでも説明できるかもしれないが、まっとうな食べ物を使って説明できる味ではなかった。

 口の中に入った瞬間、これは毒だと味覚が判断して、私は蒸せて吐き出した。


 高校時代の私は、どうしてガソリンの味を我慢できたのだろう。ガソリン代は一ヵ月分を合わせても、たった数千円だというのに、それでも学生の私は耐えてみせた。

 高校時代の私と、社会人の私では、物価と味覚が違った。


 私は、彼を見た。

 彼が、私を見ていた。

 半分泣きそうな、実際、目の端に涙を溜めながら、私は覚悟を決めてチュルリと吸い上げた。口のなかいっぱいに機械油の味と香りが広がった。



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