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古都 オラディアの空は露草色 その24 -章の完-

「ヨーゼフ、すまんが窓を開けてくれ」


 その言葉にヨーゼフさんは人の倍もある大きな窓に向かい左右に開くと、ゆるやかに夜風が室内に入り込み、淀んだ空気を攪拌した。


「真淵よ、いろいろと世話になったな……」

「それは私共の言葉にございます」

「最後まで謙虚な男じゃな……。さて――其方ら、この世界から逸脱する以上、覚悟をもって生きよ」


 その言葉に片膝を付き深々と会釈をするフルールたち。


「フランチェスカ、この世界の(ことわり)を胸に刻み、精一杯生きて参ります」

「エリーヌ、この世界で教わった人の進むべき道を()り所に生きて参ります」

「フルール、まじめに誰にでもやさしく生きていきます」


 その後ろに僕たちは立ち並び、三人を見守る。


「其方らからすれば私が――創造主かもしれぬ。さりとてひとつの人格をもった魂の結晶――。これからは、何事にも囚われることなく自由に生を謳歌せよ。それが私からの最後の言葉だ」


 その言葉にさらに深く頭を垂れる三人。


 ヨーゼルト公爵の背後に、凛と立つヨーゼフさんは一歩前に進み口にした。


「フランチェスカ、エリーヌ――こちらで学んだ作法、いつしか懐かしむときがくるやもしれぬ。そのときは、老いぼれの小生のことを思い出して酒でも酌み交わしてほしい」


「ヨーゼフ様、教えて頂きました仕える者の覚悟と心、私、フランチェスカの大切な宝物にございます。どうか観劇の幕が下りるそのときまで、安らかにお過ごし下さいませ――」


「エリーヌも同じ心にございます。貧民街育ちだった私を救い上げ育てて頂きました御恩、一生忘れはしませんっ」


 フランチェスカさんが口にした『観劇の幕が下りるそのときまで――』それはヨーゼルト公爵の死と同時に訪れる運命――。


 ヨーゼルト公爵は永遠を掴まされた彷徨える魂。


 死が訪れ息を引き取ると同時に世界は巻き戻り、また世界がはじまり夢とも現世ともおぼつかない、メビウスの輪の一辺。


 それが死神の(くだ)した公爵の運命。


 だから公爵は願った。


 死がほしいと――。


「死神よ、いるのだろう?」

「……いるとも」

「姿を見せてはくれないか」

「なぜ?」

「私からの最後の願いを聞いてほしい――」

「それはできぬ」

「そう警戒せずとも……」

「警戒ではない。そこに立ち並ぶ者たちと遇うのは、はるか彼方なのでな」

「あぁそうか」

「さて、一人不可思議な女がいる――」


 みんなの視線が一斉に桃乃さんに向いた。


「お前は何者だ!?」

「いきなり室内に響く声、怖いよぅ」

「ごまかすな」

「……あたしはただの幽霊だぉぅ」

「面白いことを言う小娘だな」

「むぅ」

「まぁいい。好きなように生きるがよい」


 いいんですか死神さん。


 てか、死神の声を聞いただけでもすごいことなのに、いろいろありすぎていまいち驚きというか、新鮮味がなくて、それはここにいる全員同じ思いのよう。


「真淵、話しは逸れたがもう時間なのだろう?」

「そうですね。ヨーゼルト公爵、ヨーゼフさん、お元気で――」


 二人は無言でうなずいた。


「では桃乃ちゃん、よろしく頼むよ」

「ほいなぁ」


 桃乃さんは小さくうなずくと、床に顔を向けなにか呪文めいた言葉を口にし、ケロケロと粒状に光るナニカを吐き出した。


 室内にいる全員小さな声を漏らし驚く。

 もちろん僕も。


 光るナニカは床四方に徐々に広がり、ぼんやりと幾何学模様を浮かび上がらせた。


 ○の中に、☆や▽、△が交互に折り重なりその周りには不思議な文字も浮かび上がって時計方向や逆時計方向にゆったりと回転をはじめ、さらに光りはゆらゆらと揺らめき、赤やオレンジ、黄色、緑と様々に変化し、これは何度見ても美しい。


「今回は送る人が多いから時間がないの。早くしてぇ」

「みんな桃乃ちゃんに抱きついて。三人とも早く!」


 初めて見る光景に驚愕の眼差しで固まる三人。


 真淵さんの声にハッと我に返ったのか慌てて僕たちのところに近寄ってきた。


「ユウリお兄ちゃん、怖いよぅ」


 僕は無言でギュッと抱きしめると時を同じくして魔法陣がさらに輝き出し、僕たちを光の渦が包み込みはじめた。


「おぉ、なんと神々しい光景なのだろうか――」


 ヨーゼルト公爵は床に膝をぺたりと崩れ落ち、ただただ僕たちを見ていた。


「面白い技を使うものだな――」


 ふいに死神の声。


「輪廻の輪から外れた古代の手法のようだ」


 どこか関心するように聞こえた。


「もし、遇う機会があったなら、酒でも酌み交わしたいものだな」


 それがこの、絵の中の世界を去るときに聞こえた最後の言葉――。


 ◆◇◆◇◆


 ぐるぐると頭が混乱して気持ち悪い目眩から徐々に意識がはっきりするとそこは、旅立つ前の光景が広がっていて、真淵さんが所有する那須にある別荘の一室。


「ふぅ……。無事にみんなを戻せたぉ。褒めて」

「うぅん、がんばったね、桃乃ちゃん!」


 水野さんは桃乃さんの頭を撫で撫で。


 僕の足元、フルールはぺたりと床に腰を付け固まったまま。


 フランチェスカさんとエリーヌさんも同様に床にお尻を付け身動きひとつしない。


「あれがヨーゼルト公爵だ」


 真淵さんはそう告げ、壁に掛けられた映画のポスターサイズの油絵の右端の一点を指した。


 遠くに山々が描かれ、山裾には街並みが広がり、手前には様々な人たちが描かれた中世ヨーロッパの日常を描いた風景画。


 真淵さんの指差した先は小高い丘の上、消しゴムサイズの小さく描かれた人物がいて、風景をキャンバスに描いている画家が一人。


 その脇にはもう一人の人物が描かれ、両腕を枕に草原に寝そべる男。

 男の足元には描き途中のキャンバスがあってほとんど白いまま。


「この人に――するのですか?」

「そうだ」

「メビウスの輪が切れるということで――いいのですね」

「そういうことだ。……いるのでしょう?」


 ふいに油絵の横に薄い霧のようなものが広がった。


「礼は言わぬ。この借りはいずれ――」


 全員に緊張が走る。


「貴方様に会うのはずっと先と、お聞きしております」

「うむ」

「そのときは、お手柔らかに願い致します」

「最後まで面白い男だ」


 その言葉を最後に油絵の横の霧状は散った。


 誰も口にすることなく胸の内で感じた。


 死神の存在を。


 真淵さんはやおら油絵に近づくといつの間にか手に持っていたペーパーナイフで画中の、キャンバスに向かう画家と、草原に寝そべる男の首元に、深い切れ込みを入れた。


「これでもう、世界は巻き戻らなくなる」

「終わったのですね」

「あぁ、公爵の永眠と共にな――」


 公爵が息を引き取っても死神の元へ魂はいかない。


 そこに死神はもう、いないのだから――。




 真淵さんは言った。


 この絵を描いた画家の他の作品はスペインのプラド美術館に所蔵されている。


 画家の名は、ヒエロニムス・ボッスの工房に在籍していた、名も無き画家の一人。


 僕は尋ねた。

 こういう世界が他にもあるということでしょうか?


 真淵さんは無言でうなずいた。



 後日、真淵さんはこっそり教えてくれた。


 マーテルの処遇、辺境の地へは送らず、死罪が確定していたことを。

 やりきれない雰囲気で真淵さんは口にした。


「これが世界というものだよ」



 こうして僕たちの絵画冒険奇譚は幕を閉じた。


『名も無き画家は木の下で甘い夢を見る』はこれにて終了になります。

飛んだり跳ねたり安定しない章でした。


最後までお付き合い、まことにありがとうございました。


◆次回章は少し先になります。

理由は「あれ!?、もしや異世界モノのほうが得意では?」と気づいたためですw

ので、現在異世界転生モノを書き書きしています。

私、恋愛モノより異世界モノのほうが合っている気がします。えっ。

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