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古都 オラディアの空は露草色 その21

「坊主、お前は本当にすごいやつだな」

「たまたま思いついただけですよ」

「俺にはわかる。お前はすごい! と、これから別の露天街からも呼ばれていてな。後のことは頼むぞ!」

「はっはい!」


 掃除屋の元締めはそう言って僕たちを残し街のほうへと消えていった。


 なんでも『流しの回収屋』がすこぶる好評とかで、別の商店街からもお呼びがかかり元締めは意気揚々と営業に向かい、残された僕とフルール。


 ヨーゼルト子爵の屋敷を後にした僕たちは真っ先に橋の下のフルールのお家に向かうも、囲っていた板は取り外されなにもない状態だった。


 僕もフルールもこうなっていることをある程度予測していたから、少しの気落ちですみ、幸いにもランドセルサイズの木箱だけが橋の下に落ちていて、それだけが僕たちの全財産となった。


 僕たちは頼るように掃除屋の元締めを訪ね、頼ってきた理由を話したところ使っていない物置の一画を貸してくれ、なんとか雨風だけはしのげる環境を整えた。


 そして子爵の屋敷から持ってきた食料品を木箱に詰め、いまこうして仕事に打ち込んでいた。


 そう、僕たちに落ち込んでいる暇はない。

 前に前に進まないと、生きていけない現実があるから。


「そこの区画は裁縫の工房が多いから夕方がいいかな」

「ほいな。その先は食べ物屋さんが多いからここも午後がいいよね」

「そうだね、犬猫や鼠に荒らされる前に片付けたほうがいいね」

「了解でござるよ~」

「ござるよ?」

「そう、ござるよ~」

「面白い言い方!」


 ニャッと笑みを見せるフルール。


 かわぇぇです。


 僕とフルールに与えられた新たな仕事、それは運行管理表の作成。


 廃棄物の山の隣に立つ家の軒下、僕たちはテーブルを囲み羊皮紙に視線を落としていた。


 この世界の人たちからすると相当な代物らしいけどなんてことはない、電車の時刻表と路線図のようなもの。


 各区画のゴミ置き場を駅に見立て、回収時間と回収路線を考える。


 これにより、ゴミを回収する人たちの行き違い回収を無くしまた、おおよその回収時間も考え、都で暮らす人たちの利便性を高めることが狙い。


 この提案を元締めにしたところ、なんとなくしか理解してもらえなかった。


 だからきちんと説明した。


 利便性を上げる→都に住む人たちうれしい→このサービスを続けてほしい→だけど運用にお金がかかる→都に住む人たちに運用局に掛け合ってもらい、請け負い賃の増額検討をしてもらう。


 これが真の狙い。


 働く貧民街の人たちがいくら『賃金を上げて!』と言っても、暖簾(のれん)に腕押しが目に見えている。


 だから別の角度から切り込む。


 頭ごなしに商人や工房、酒場、住民らの声を無視するわけにはいかないし、そんなことをしたら「あの貴族様はケチで使えない」「今度の貴族様は微々たる金も出せないのか」と陰口を叩かれるのが容易に想像できる。


 これを聞いた元締めは声を忘れたのか呆然としていて、さらに追加で僕は「これを採用すると手間隙がかかって面倒です。ですが、これによって阻止できるのです。そう、別業者の参入を――」


 元締めは目をまん丸にカッと見開き、僕の両肩をバンバン叩き「いますぐに! いますぐそれを作ってくれ!!」と頼んできた。


  最後の『別業者の参入阻止』が効いたと思う。


 フルールがおおよその回収時間と回収路線図を羊皮紙に書き出し、僕がそれを効率よく回収できて、身体に負担のかからないルートを導き出し、さらに回収する物の分別も考慮に入れ、可能な限り再利用も目指す。


 再利用、少しでも安心安全な残り物を確保することが目的。


 きれいごとをいくら言っても考えても、お腹は膨れない。


 だから行動に移す。


 フルールは言った。


 これがもし実現できれば、貧民街で暮らす稼ぎの少ない子供や年配者の人たちに夢と希望を与えることができると。


 残り物ひとつで『夢や希望を与える――』すごく悲しいけど、これが現実。


 僕の心に迷いはない。


 ひとくちでも、ひと齧りでも、パンや肉を多くの人たちに届けたい。


 それが僕とフルールの願い。


「ユウリお兄ちゃん、ここの回収は最後がいいかも。たくさん食べ物が出るから」

「だね。あのときは本当に助かったよ」

「回収してそのまま長老様のところにいけるようにしようね。きっと喜ぶよ」

「長老様にもたくさん食べてもらって、長生きしてもらおうね!」

「うん!!」


 食べ物やお金がほしいから仕事をしている。


 けど、それ以上に、誰かに頼られることがすごくうれしくて、こんなこといままで経験したことなくて自然と気合いが入る。


 それは僕だけじゃなくて、横にいるフルールも同じ気持ちかなって思う。

 だって、生き生きしているもの。


 僕は、居場所を見つけた。


 ◆◇◆◇◆


「フルールもう少しで完成だよ。がんばろ」

「ほいな~」


 昼食を取るのを忘れるほど没頭してしまい、気付いたら午後三時くらいになっていた。


「この路線図を書いて一区切り。少し遅いけど、休憩とお昼ご飯にしよっか」

「あぅー、すっかり忘れてた~」


 慣れないことをしているフルール、そこそこ疲れていると思う。


「フルールは木箱からパンをお願いね。僕は灰の中に埋もれた置き炭を集めてお湯を沸かすね」

「ほいなぁ~」


 パタパタと新しい新居へ向かうフルールを横目に僕は、家の軒下の竈の中でくすぶる置き炭を集め火を起こす。


 煙がモウモウと上がるもすぐに炭は赤々となり、鉄の枠に歪んだ鍋を置いて水を注ぐ。

 ツンと焼ける臭いと煙が顔にかかるけど慣れた。

 そして火の起こし方にも手慣れた。


「フルール~、こっちは準備万端だぞー」


 返事はない。


「どうしたのフルール?」


 振り向くと食べかけのパンを二つ手に持ち立ち尽くしていた。


 ?


 フルールの視線の先、みんながいた。


「村上君、きちんと説明してくれる?」

「水野君の言う通りだよ」

「なぁにやっているのよぅ……」


 ◆◇◆◇◆


 サイズも形もバラバラな椅子に座り、テーブルを囲むみんなの視線は僕たちに集まっていた。


「それとこの子は部外者だと思うの、あちらで待っていてもらいましょ」

「部外者じゃないよ、水野さん」

「違うの?」

「違うよ。それにその言い方、ひどくない?」

「えっ!?」


 僕の背後、衣服の裾をギュッと握りしめうつむくフルールは小さな声で言った。

 席を外すと。


 だけど僕はここにいてほしいと告げた。


 三人の身なり、偽装して平民風にしているけど立ち回りや雰囲気から、ただの平民には思えないなにかをフルールは感じとったみたいで、終始オドオドしていた。


 三人のセリフは各々違うけど、行き着くところは帰る準備をしようというものだった。


「私は真淵という者です。フルールちゃん、村上君がいろいろと世話になったね。ありがとう。そして、様々なことに巻き込んでしまい申し訳なく思う」

「えっと……そのぉ……」


 どんな相手にも礼儀を持って接してくれる真淵さん、やっぱりすごい人だ。


「大雑把ではあるが、大体の経緯と現状を知り得ているから安心してほしい。ここを離れる村上君が気に病まないよう、幸せに過ごせる環境を整えるつもりだ。もちろん後見人も考えている」

「……っと、そのぉ……」


 後見人、ヨーゼルト子爵のことだ。


「君の人生が幕を閉じるまで、安らぎと幸せを保証するよ」

「……っのぉ」


 僕は振り向き、衣服の裾を掴む彼女の小さな手をギュッと握りしめ、無言でうなずいた。


 涙ぐむフルール、僕はいま一度、なにも言わずうなずいた。


「……あたしは孤児で頭も良くなくて身体も小さくてなにも持っていなくて……きたなくて……にせものの妹……だけど……」

「だけど?」

「ユウリお兄ちゃんと離れたくない! ずっとあたしのお兄ちゃんでいてほしい!!」

「っつ!」


 言葉に詰まる真淵さん。


 僕に迷いは、無い。


「そういうことです、真淵さん」

「っんと、村――上君……それは……ここに残るということ――かね?」

「はい」


 僕はみんなに向けて言った。


 いま現在、幽閉されているマーテルさんがなぜ、この地を選んだのか、理解できたと。

 そして、二人してこの世界で生き、二人の力で貧しさから脱出してみせると――。


 厚かましいお願いかもしれないけどと、前置きをして言った。


 もし、僕のことを覚えていてくれたなら、たまには訪ねてきて、向こうの食料品や医療品を持ってきてくれるとうれしいと。


 言葉を失う三人。


 とくに女子二人は絶句。


「それはワシが許さぬ」


 振り向くとヨーゼルト子爵。


「真淵よ、きちんと伝えていないのか?」

「はい、これから話そうと思っていたところ……」

「……そうか。ムラカミユウリ、其方(そなた)の願いを聞き入れることはできぬ」


 護衛数十人に囲まれ中央に立つヨーゼルト子爵、昨晩の疲れ切った一人の老人の姿はいっさいなくて、凛とした姿勢で僕とフルールを見つめる精老な風貌があった。


 ヨーゼルト子爵は咳をひとつすると、僕たちに告げた。


 マーテルと繋がりの合ったお前たちに加え、この者たちも辺境の地へ送る――。


 ヨーゼルト子爵の背後からスッと二人の影。


 頭を下げたままのフランチェスカさんとエリーヌさん。


「お久しゅうございま――」

「フランチェスカ! お前に発言の許可を与えた覚えはない!」

「もっ申し訳ございませんっ、ヨーゼルト公爵様――」


 慌てて頭を下げるフランチェスカさんとエリーヌさん。


「村上君、フルール君、ヨーゼルト公爵様に御挨拶をしなさい」


 真淵さんのその言葉に押され僕たちは、ぎこちなく片膝を折り恭しく頭を垂れた。


「なにやら掃除屋が面白い発案をしたと聞き来てみた所、其方らの話しが聞こえたものでな」

「……」

「ワシは少し話しがしたい。お前たち、周りの警護を頼む」


 ヨーゼルト公爵!?はそう告げ、左右に立ち並ぶ護衛に目配せをすると、護衛の人たちは胸に右手を当て一礼をし、そのまま四方八方に拡散して警戒にあたりはじめた。


「昨晩、ワシは子爵から公爵の地位へ上がった。これもひとえにムラカミユウリ、其方の尽力の賜物にほかならない。よって褒美をとらそうと考えている」

「えっと……ありがとうございます……」


「ユウリよ、其方がなにを考えているのかわかる。順を追って話す必要がある。聞いてくれるな?」

「もっもちろんです。僕もいろいろと聞きたいことが、たくさんあります」


「だろうな。では、さきほどの其方らの、辺境の地への送りの件、褒美のひとつと捉えてほしい」

「えっ!?」


「昨晩、ワシと会話した内容を、覚えているかね?」

「会話……ですか?」


「そうじゃ」

「たしか……輪廻と、メビウスの輪。それに……『死神と二人のヴァイオリン弾き』を誰から聞いたとか、ほかにもよくわからないことを……」


「それだけ覚えているなら十分じゃ……」

「……えっと……」


「話しは長くなる。屋敷に戻るぞ」


 僕とフルールに、選択の余地はなかった。


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