五月下旬の日曜日 その2
もうすぐ目的地のデパートに到着する。
二十分前まで意識がブラックアウトしていて、目覚めたとき、彼女の太股を枕に寝ていた。
どうも一時間くらい意識が飛んでいたらしい。
僕が目を覚ますと、すぐに彼女は言った。
迷惑をかけてしまい、ごめんなさいと。
そして、ありがとうとも。
ベンチから起き上がり僕は言った。
初めての経験ばかりで疲れたのだろうと。
君が幽霊だってことを忘れてしまい、普通の生活通りに動いた僕がいけなかったとも伝えた。
それに、お互いに元気になったのだから結果オーライで、この話はここで終わりにしてそんなことより今日という日を、楽しみましょうとも伝えた。
ちょっとぎこちなく、無言で歩きだす僕たち。
小柄とはいえ僕だって一人の人間、意識を失った僕の体をベンチに寝かすのは大変だったと思う。
四苦八苦した彼女の姿が目に浮かぶ。
「佑凛さん、さっきからずっと、魂ここにあらずですよ」
「あっと、寝起きなので、頭がちょいとぼぉーっとしているだけです」
「ごっごめんなさい。あたしのせいで……」
「ちっ違うよ、君のせいじゃない。要領が悪い僕がいけないの!」
この話はもう終わりって言ったそばからの、自分の駄目な行動に凹む。
「佑凛さん、家に帰ったらドキドキさせてあげますね」
この場の雰囲気を盛り上げようと振る舞う彼女。
僕がしっかりしないといけないのに、心に余裕がない。
こういうとき、明るい性格だったらなんて答えるのだろう。
『桃乃っち。大丈夫ネー、問題ナイネー。それより買い物に行くアルヨ』あぁ、無理だ。
言葉が見つからない。
情けない。
妄想の世界なら、いくらでもなんとでも歯の浮くようなセリフを思い付くし、言えるのに。
なら、態度で示すしかない。
僕に勇気をください、神様。
ひと呼吸を置いて、そっと小さな彼女の手をとる。
ちょっと驚く彼女。
手をつなぎ、無言のまま歩く。
いまの僕には、これが精一杯。
自分の性格に嘘をついてまで、無理しても良い結果は生まれないような気がする。
僕は僕。
「佑凛さん、着きましたね」
考えごとに夢中になりすぎ、反省。
寂れた地方都市Bとはいえ一時期は栄えていた証拠に、五階建ての老舗デパートDがある。
が、来年で撤退するらしい。
設備にお金をまわせないのか、入口にある店内案内板はアンティーク風味になり、なかなか味のある雰囲気になっていた。
「佑凛さん、行きたいフロアはすでにチェック済ですから、どんどん行きましょー」
「了解でー」
腰近くまである長い髪を揺らしながら、小さなスキップを踏み踏み歩く彼女。
「おっかいものー、おっかいものー。佑凛さんとおっかいものー」
「おっかいものー、おっかいものー。桃乃さんとおっかいものー」
即興で口ずさむ彼女に負けじと僕も歌ってみる。
僕も気持ちよく歩いてみる。
なんとなく気分が変わった気がする。
すでに欲しいものは決まっているみたいで、迷うことなくエレベーターに乗ると三階のボタンを押す彼女の口から『ムゥフフフッ……』と、なにやら気持ちの良くない声が漏れてしまい恥ずかしそうに下を向くけど、遅いですよ桃乃さん。
たまーに、意識が飛ぶときがある桃乃さん。
三日前の夜、テレビで放映していたホラー映画を二人して観ていたら一言『あれは関わっちゃ、いけないやつよ……』ブツブツとなにか口にしていて、内容を聞こうとしたらあっさりはぐらかされた。
なにを考え、どう思って行動するのか、わからないときが多々ある。
不思議な桃乃さん。
が、ご飯を食べ、睡眠をとり、ネット三昧な非常識な幽霊さんなのだから、わからないほうが正常なのかもしれない。
エレベーターは途中で停まることなく三階に到着しドアが開いた瞬間、そこは女性用下着売り場。
ワンフロア全てが婦人服専用売り場で、メインが下着売り場のよう。
「桃乃さん、ここは……」
僕の瞳を見つめる彼女の姿。
「どうしました、佑凛さん?」
彼女は心が読めるような気がする。
『すべてお見通しよー』そんな気持ちで僕の瞳をじっと見つめてくる。
「どっ、どうもしませんよっ」
それを言うだけで精一杯の僕がいた。
「口元がゆるんでいてよ、佑凛お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!?」
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メモ書き20210209修正 名前変更。樹→佑凛
メモ書き20210212修正