古都 オラディアの空は露草色 その16
「車軸の擦れる箇所に油を塗ると摩擦抵抗が減り、スムーズに車輪が回るようになります」
「むずかしいことはわからんが、ようは楽に押せるってことでいいんだな?」
「はいそうです」
貧民街の外れの空き地で貧民街の人たちは、魔改造した手引き車と僕を囲みいろいろな質問をしてきて、痩せ細り腰の曲がった掃除屋の元締めにいたっては、明日の回収日に間に合う分だけでかまわないから手引き車の改造をしてほしいと口にした。
「もちろん賃金は出す。それと食事付きだ」
「いいんですか?」
「なにを言ってる。あれだけのことをしたんだ当たり前だろ?」
「では、ありがたくいただきます」
「おう。よし、おまえたち聞いたか? これから兄ちゃんが使いやすくしてくれる。だから必要な部品や材料を集めてこい!」
僕を取り囲む十五人くらいの貧民街の人たちはどこに材料があるかや、代用品はないか、こういった改造もいいのでは? と様々な意見を出し合いながら、数人づつのグループに別れ街のなかへ消えていった。
なんでも掃除屋の元締めと、仕事をもらう貧民街の人たち曰く『半分の時間で仕事が終わることはすごいこと』らしく、朝の早い時間に元締めが直々に迎えに来てびっくりした。
「よし、みんなの期待に答えるためにも、がんばらないと!」
声に出して気合いを入れ、両ほっぺたをぺちんと叩きさらに気合い注入。
僕が手引き車にした改造はいたってシンプル。
軽量化と、摩擦がかかるところを減らすことによって疲れにくく、少しの力でも取り回しができるようにしただけ。
1)荷台からゴミが溢れないように四方を厚い板で囲っていたのをやめ、紐でも十分なようにした。
2)車軸と車輪が摩擦するところに潤滑油として油を注した。
3)疲労が溜まらないような押し方を伝授。まぁ、テレビの情報番組で見たやつの受け売りなんですけどね。
さらに今回、追加で考えた魔改造と運用方法も元締めに伝える。
1)四輪は安定するけど重い→二輪車に変更。停車するときは木の棒を支えとして止める。
2)現在、荷台の下部に固定してある車軸も回るように改造。
3)重いゴミは荷台の前方から中央に集め、軽いゴミは後ろに載せられるように荷台の補強。
4)大きい車輪には大きめの荷台、小さい車輪には小振りな荷台にして適正なサイズにする。
ほかにも運用方法の見直しを提案する。
5)最低でも三人以上でワンチームを作り、手引き車を引く人、押す人、補助的な人と役割を決め、さらに疲労度を考え途中で交替をしたりして協力プレイの推進。
6)闇雲にゴミの回収をするのではなく、いったん高い場所に集まり、街を下るようにゴミを回収していくルートを考える。
7)ゴミの出る量をおおまかだけど予測し、手引き車の配車数を決める。
まずは手引き車の魔改造から。
四輪の手引き車から車輪を二輪外し、予備の荷台にその二輪を付け、もう一台増車を元締めに話したらすんなりオッケーが出た。
そりゃそうだ。
だって予算をかけずにもう一台増えるのだから。
まぁ魔改造は部材が集まってから。
それよりも運用方法について話しを進める。
「ポイントは元締めが人員の配置を決め、平均的にします」
「どういうことだ?」
「つまり、体力に自信のある人たちだけで組むと手引き車の移動は早いです。
ですが昨日、何度か見たのですがゴミの回収時にモタモタしたり、さらに『回収はおまえがやれ』と、役割の押し付けをしているのを見ました」
「自分たちのやりたいように組むから仕方ないな」
「ですので各手引き車に『体力に自信ある人』『回収が得意な人』『バランス型』『考えられる人』みたいな感じに一人ずつ配置して、すべてのチームの底上げをします」
「なるほど。しかし『考えられる人』とはなんだ?」
「それは簡単なことです」
僕は続ける。
複雑な道をできるだけ下っていけるようにルートの選択を考えられ、さらに手引き車がゴミ置き場に到着する前に先回りして、ゴミの分別に、荷台に載せやすいよう事前準備を考えられる人。
「指示待ちの人間ではなく、自ら考え行動できる人が一人いると仕事がスムーズに進むと思います」
これってつまり、パーティーを組んで遊ぶオンラインゲーム系に一人いると助かる人のこと。
司令塔兼、なんでも屋で、まぁ器用貧乏ともいうかな。
もちろん僕はゴリゴリの支援&回復系のキャラメイク。
「なるほど、深いな……。じゃあ、最後のゴミの出る量の予測と配車数とはなんだ?」
「それは元締めの仕事で、さほど難しくありません」
昨日、フルールたちに教えてもらった情報によると、休日前は木材やレンガ、金属ゴミが多く、それに対し休日後は食べ物が主で、あちらこちらのゴミ置き場に散らばるとか。
ほかにも月日単位でゴミの質と量が増減するとか。
「ようは、ゴミの質と量がどのくらい出るか考えて人を出せと?」
「そういうことですね。ゴミが多いと予測される日は人と手引き車を増車して、少ないと思われるときは少ない人数を募集します」
元締めは腕を組み唸りながら言った。
それは難しいと。
理由は、誰だって仕事がほしい。
少しでもいいからお金を稼ぎたいからと。
「すみません、伝え不足で。ゴミの回収賃は街を管理するところから出ていると聞きました。それではもらえるお金はずーっと一緒です。ので、それ以外も考えてはと」
首を傾げハテナマークがポンポン浮かぶ感じの元締めに僕はさらに伝えた。
ゴミ置き場に回収しに行くだけではなく、別の回収班を作ってみてはと。
工房や共同作業場は、仕事が終わる夕方にゴミが大量に出る。
食事を提供するお店は、朝昼夕の食後に廃食材や残飯が出る。
貴族や一般人は、とくに決まった時間はなくゴミが出る。
昨日、回収していて思ったことそれは、お金を払ってでもいいから引き取りに来てほしいと考える人がいると推測。
とくに、食事を出すお店は犬猫や鳥に食い荒らされる前に回収してほしいと考えていると思う。
ので『流しの回収屋』はどうでしょうと提案。
「流しの回収屋?」
元の世界で言うところの、軽トラックで町中を走り資源回収をするあれをやってみると。
「個別回収にお金を払うなんてもったいないって、最初は抵抗があるかもしれません。ですが一度便利なことになれてしまうと、お金を払ってまで利用したくなると思います」
「たしかにそれはあるな……。とくに酒場は肉料理の残飯が多いから捨てるときは犬猫に荒らされないように、手間隙をかけて置き場に捨てていると聞いている。小さいながら需要があるかもしれない。かなり面白い案だ」
何度もうなずきながら元締めはそう口にし、さっそく知り合いの酒場や屋台の連中に個別回収をしてほしいか聞いてくると言い「昼飯代をここに置いておくからみんなでなにか食ってこい」
そう言って銀貨二枚をテーブルに置き元締めは街へ消え、替わるようにフルールと昨日一緒にがんばった子供たちが廃材や麻ヒモを手に帰ってきた。
「おかえり。入れ違いになった元締めがこれでお昼を食べてね~だって」
そう言って僕はテーブルに置いてある銀貨二枚を指差したところ、子供たちから歓喜の声が上がった。
「ユウリお兄ちゃん、銀貨一枚でも十分すぎる額だよ!!」
「そうなんだ」
「よし、お昼ご飯は贅沢にお肉とパンにしよう。んじゃ、街の屋台に買いに行ってくるね!」
「いてら~」
息付く暇もなくフルールと五人の子供たちは慌ただしく街のなかへ消えていき、一人残された僕は、満足感でいっぱい。
「ふぅ」
陰キャな人間には、ボリュームいっぱいの会話だった。
ちょっと疲れた。
目元を押さえ軽くマッサージして、腰をくるくる回し身体のコリをほぐす。
「流しの個別回収屋さん案、実現するといいなぁ」
そうすれば新鮮な食べ物が手に入りやすくなり、残飯に頼る人たちの暮らしが少しでも良くなると思う。
うん、きっと良くなる。
さて、みんながお昼ご飯を買ってくるまでのあいだ、もうひと踏ん張り。
手引き車の魔改造、やりますか。
◆◇◆◇◆◇
その後昼食をはさみ終日、元締めや集まった貧民街の人たち、フルールたちとで喧々諤々話し合い、一日中仕事をして終わった。
昨日に続き今日も『働く喜び』を実感し濃い一日となった。
そしてフルールのお家へと岐路につく。