古都 オラディアの空は露草色 その13
ベッドの上、両脇に息苦しさを感じ目を覚ますとフランチェスカさんとフルールに挟まれ二人の手足が僕の身体に絡んでいた。
薄暗い室内、すぅすぅと寝息を立て眠る二人の吐息が僕の耳元をくすぐり、寝起きのぼんやり感から一気に目を覚ませてくれた。
「ユウリお兄ちゃんと一緒に寝るのっ」
「わがままを言うものではありません、私と一緒にこちらで寝ましょうね」
それが眠る前に交わした会話で、二人とも簡易のベッドで寝るはずだった。
なのにいまはこうして三人で……。
「お二人さ~ん、朝ですよー」
返事はない。
ふたり意識がないのなら、このままもう少しこれでいいかなぁ。
う~ん、こういったシチュエーション、桃乃さんとも何回かあった記憶がある。
「起きないとイタズラ、しちゃいますよー」
返事はない。
ベッドの上、ふんわりやわらかい二人の感触を感じ、ツンと甘酸っぱい体臭が鼻先をくすぐる。
天国って、身近にあるものなのね。
鈍い僕でもわかる。
三人の女の人たちは僕に好意を持ちながら接してくれている。
なら、それに答えるべき!?
かも……。
でも、僕はこの世界の住人じゃないし、元の世界へ帰らないといけないし僕たちの正体を知っている人たちは全員そのことを理解していて、フランチェスカさんとエリーヌさんはそれを知ったうえで僕に接している。
それはある意味、旅行先で偶然はじまる、短いひと夏の恋みたいなもの!?
三人とも――いや、正確には二人かな。
フルールは僕の素性を知らない。
年上のお姉さんから好かれ、数個年下の子からも好意を持たれ、さらに年下の――これは完全に犯罪ですな。
以前、マーテルさんは言っていた。
この世界での娯楽は、賭け事に興じるか、巡業しているサーカスや見せ物小屋、芝居の観劇、それに年に数回ある様々な祭り。
ゲームといえば単純なすごろくゲームくらいで、スポーツ競技はもちろん存在しなく、あるのは真冬の氷の張った池で靴のまま滑る程度のもの。
とくに秋の収穫祭は大規模におこなわれ、老若男女が輪になり踊るのがもっとも楽しい数日間と。
しかしそれらは年に数回しか訪れない特別な時間。
だから、日々の苦しい日常のなかでの唯一の楽しみは、男女の営み――。
「村上佑凛君、あちらの世界の人からするとこちらは風紀が乱れているように感じると思う。
しかし、この世界での娯楽の話しを聞いたうえで、同じことが考えられるだろうか?
乱れていると言えるだろうか?
否、住む世界が違うのだからいろいろあっていいのだよ、価値観が」
それを初めて聞いたとき、なんとなくしか理解できなくてどこかぼんやりした雰囲気に思えた。
自分にはあまり関係のないことと。
でも、こうしてこちらの世界の女性たちに囲まれるとわかった気がする。
なぜ、グイグイ来るのかも。
だからそれは、ひと夏の恋みたいなものなのだろう。
ふいにヨーゼルト子爵の言葉が頭を過った。
『お前を当分のあいだユウリの所有物とする。いかような要求にも答よ。否は許さぬ――』
現代社会にいたら絶対に聞けないセリフは完全にPCのエッチゲームのようなセリフで、いろんなエッチのシチュエーションを想像するもこれって、フランチェスカさんに人権はないってことだよね……。
フランチェスカさんにとって僕は嫌悪の対象じゃない。
でももし、相手が嫌悪の対象だったらどうか?
この世界ではすごく単純で当たり前なことなんだろうけど、汚らしい汚物のような存在でも、フランチェスカさんは従わなくてはいけないってこと――。
相手がどんな人物であれ、自分を押し殺し、笑顔を見せ恭順する――。
あるのは『従わせる者』かそれとも『従う者』かの二者のみ。
そんな現実が、僕のしょーもない妄想を打ち砕くに時間はかからなかった。
シナシナと萎える心が、ここにある。
「二人とも、安心してぐっすり寝ててね」
うん。
こんな時間があってもいい。
そんなこんな考えていたらヒタヒタと睡魔が襲ってきて二度寝って気持ちいいよね。
ぐぅ。
◆◇◆◇◆◇
目覚めると部屋には誰もいなく、扉の隙間から射す日の光りから察するに午前中くらいかな。
こういうとき、時刻がわかる現代社会はつくづく便利。
ベッドから起き上がり辺りを見回すと、テーブルの上にオレンジみたいな果実が数個とパンに水差し壺が置いてあって、その隣には僕が書き上げた書類の束が整理され積まれていた。
昨日は一日中、頭をフル回転したので思いっきり疲れた。
が、この時間まで寝たためいまはかなりスッキリで二度寝もばっちりきまっていい調子。
寝すぎたせいかひどく喉が渇き、おぼつかない足どりでテーブルに向かいコップに水を注ぎ一気に飲み干し、オレンジみたいな果実の薄皮を剥き剥きして半分に割って口に放り込む。
「~ん、美味し」
ジュワッと酸っぱい酸味が水々しく口いっぱいに広がりそのまま二つほど頂いた。
「今日も一日、メリメリ引きこもってがんばるぞお~♪」
なんだろうこの充実感。
きっと、僕を必要としてくれる感があって、たぶんそれかな~と自分なりに分析。
まるで売れっ子小説家さんが出版社から『ホテルで缶詰になって続きを書き上げてくださいっ!』ってみたいな感じかな?
『これを書き上げたら自宅に帰してくれえ~』って伝えるも軽くあしらわれ『続きを読みたい読者からの問い合わせが多く一ヶ月間、ここに缶詰ですっ』と言われ『担当者の目を盗んで逃げてやる……』って計画する売れっ子小説家さん。
ふっ、いまの妄想、完璧にきまった。
グッドです自分。
でも、自分の性格からすると『えっ一ヶ月間!? そんな短期間でいいのですか?』って言ってそれを聞いた担当者さんは『村上先生、それ以上は経費のほうが……』って困らせ『しょうがないなー、半年で許したるわっ』『えぇ……』って出版社をドン引きさせそう。
そのときはフランチェスカさんとエリーヌさんに給仕のお世話をしてもらおう。
『フランチェスカ、すまぬが熱いホットコーヒーを二つ作ってくれ』
『村上様、なぜお二つなのでしょう?』
『フッ、きまっているじゃないか、君の分だよ』
『まぁ』
『おっと、このビジネスが片づいたら三人でファーストクラスでロンドンに行ってアフタヌーンティーでも楽しもうじゃないか』
『お優しい旦那様にお仕えでき、フランチェスカは幸せ者にございます――』
『うむ』
胸元に手を添え、しおらしくフランチェスカはそのまま襟元のボタンを外し、はらりと床にメイド服を垂らした――。
って、なぜすぐ脱ぐ自分の妄想。
時々、そう時々だけど、自分で自分の妄想が恐ろしい――。
そう――この特技をいかすなら、元の世界に戻ったら山田っちと一緒にコミケに行ってまずは下調べからかな。
『妄想スキル』を思いっきり発揮してあっという間に人気小説家になって壁サークルに。
もちろん売り子は金髪っ子の二人にコスプレをさせて、後ろでサングラスをかけふんぞり返ると――夢、広がります。
むふぅ~♪
ドバンッ!!
勢いよく開け放れた扉から一人の男の人が入ってきて「村上様、すぐにお逃げください!!」
驚く暇もなく僕は担がれ細い路地の凹みに投げ出され、上からゴミをかけられた。
苦々しい臭いと白い煙が漂ってきてゴミの隙間から前方に視線を向けると、隠れ家は炎に包まれていた。
ゴミを掻き分け立ち上がろうとしたらなにかヌルヌルした物を踏んだみたいで足元には、毒々しい動物の内蔵物が散乱していて僕はようやく気付いた。
ここが貧民街であることを――。