古都 オラディアの空は露草色 その12
「驚愕、それ以外に感想が思いつかない……」
ギョロっと僕を睨み付け、短くヨーゼルト子爵は告げると細身の身体を椅子に預け天井を仰いだ。
「こっこれはあくまで集まった情報を元にしただけですので、事実とかけ離れた部分が多いと思います」
「かもしれぬ。しかしだ、内容を否定できない以上、真実味があると言わざる負えない」
「そうですか……」
「すまぬが少し考えさせてくれ」
そう口にすると視線を床に落とし腕を組み黙ってしまった。
書き上げた書類すべてをヨーゼフさんたちに手伝ってもらい、現地語化してヨーゼルト子爵の元に送ったのが夕方。
そしてその日の真夜中に警護の者を数人引き連れ、いきなりヨーゼルト子爵が尋ねてきて開口一番「書いた内容すべてを説明してくれ」と言われそこから数時間、なにも口に入れることなく解説。
ボロ服を身にまとい変装してきたヨーゼルト子爵は、彫りの深い目元が印象的な細身の老人。
少し頭は薄く、昔観た映画に登場する悪役俳優っぽい感じ。
貧民街の住人に変装した数人の警護の人たちがこの家を取り囲み、室内には僕とヨーゼルト子爵、それにフランチェスカさんがいて壁際の椅子に座り口を閉ざしていた。
僕がヨーゼルト子爵に話した内容、難しいことはいっさいなくて集まった情報をわかりやすく整理しただけ。
1)地図に装飾をいっさい施さず、単純明快に書き上げ。
2)都の地図上に人の流れや建物を色別表示。
3)線、円、棒グラフを用い支持率や人の流れの動向を数値化。
4)貴族と裕福な商人の勢力図と人物の数値化。
5)貴族と商人以外に、発言力のある一般民について調べ。
6)ゴシップネタを相関図にして可視化。
7)都を守る兵士や官僚の立ち位置や命令系統の鳥瞰図。
8)ほか。
話した内容、すごく難しそうに思えるけどある意味、シュミレーションゲームの延長線。
人物の数値化はゲームで言うところのパラメーターみたいなもの。
忠誠度や資産、邸宅数、得意分野などを1~10段階で点数付け。
さらに矢印を書き込み、誰と誰がつながっているかを一目でわかるように相関図も付随。
都の可視化として、街の地図上に酒場は赤、金融関係の商人、店は黄色、露天は緑、一般住居は茶色、発言力のある市民には目立つように旗、ほかにも人の流れは線で書き込み、ほか、ゲームのマップのように都の状況を誰が見てもわかるようにした。
さらにおおまかだけど、人口と年齢層の分布図も作成。
ゴシップネタは信憑性と種類にわけ、人物の名前の下に表記。
ほか、細々としたものを入れると30枚くらいになり、同じ内容で日本語で一部作成。
そしてひとつひとつ内容をヨーゼルト子爵に説明していたら数時間を要した。
真淵さんからは分岐路としてシナリオ(案)を複数考えてくれと言われたけど、あえて事実のみを伝えた。
だって、僕の考えたシナリオで人が傷つくことが怖かったから。
ヨーゼルト子爵がとくに食いついたのは都の詳細な地図化と、人物のパラメーター表示。
両方とも上がってきた情報のみから導き出したものだけど、ヨーゼルト子爵曰く『誤差は少なく。これは表に出せない危険な代物』とも付け加えた。
「ユウリだったかな? 一つ尋ねるが、人物の数値化はどのようにしたのだね?」
カッと目を見開き、いきなりの質問で焦る僕を無視するようにほかにも聞きたいことが山ほどあると口にした。
僕はシドロモドロになりながら、全部を伝えようとすると時間がかかるため一ヶ所だけ抜粋して説明すると言った。
「人物の数値化調査は、いくつかのチェック項目を設け調査したり、無作為に選んだ人たちへアンケートをとったり、噂や評判の数と内容を分類し都民の声を調査しました」
「ふむ、続けたまえ」
「さらに過去におこなった『行い』に点数付けをして『行い』とは教会へ寄付なり、直接食べ物を貧民街で配布したりとかそういった類のものになります。ほかにも他領地の領主との揉め事の回数とその内容、貴族間での争いごとも1~10で点数を付けることにより、わかりやすくした感じです」
ヨーゼルト子爵はうなずきながら聞くと紙に書かれた一ヶ所を指さし、
「このF男爵は貴族や富裕層の商人たちからあまり良く思われていなく、この部分は正しく評価されている。
しかし、しかしだ。貧民街に暮らす人たちからも嫌われており評価ポイントが低い。
それはなぜだね? 貧民街で月に数回炊き出しをしていると聞いているし、教会へ多額の寄付もしていると言っていた」そう強めの口調で尋ねてきた。
「なぜと言われても僕はただ、集まった情報を精査したところ結果がこうなりまして、これに関しては推測の域を出ませんが、これではないかと――」
僕はそう言って都の地図のある付近を指さした。
「ここは一般民の暮らすエリアですが、下側には川を挟んで貧民街の外れが位置し、この場所がどういったところかご存じですか?」
「ああ、そこいらは少しやっかいなところでな、許可のない娼館や酒場、賭博場があり治安も良いほうではない」
「みたいですね。で、この一般民と貧民街のあいだの道にいくつもの線が引かれていて、これは人の流れを表しています。太い線ほど人の流れが多いという意味で、線の色にも意味があります」
「ふむ」
「聞いたのですが一般民と貧民街の住人はあまり交流がないと聞いています。ですがこの地図上では、両者のあいだには川があり橋も一本しかなく、しかも遠回りしなくてはいけない二つの位置関係。なのに太い線で書かれているということは、人の往来がある証拠」
「おお……」
「もうここまで話しますと、なんとなくわかると思います。両者はなんらかの繋がりがあり、そこから城壁の脇を通る道の上のほうにはF男爵の屋敷があって、息のかかった酒場や宿、商店が軒を連ねる支配地があり――」
「ユウリ、それ以上は言わなくてもわかる。つまりF男爵は、表向きは寄付や炊き出しを行いつつ、貧民街の一部の付近でなにかしら『事』に勤しんでいる疑念が生じていると」
「そうなりますね。それを快く思わない貧民街の住人が多く、いくつか気になる『事』の噂も上がっています」
「……」
ヨーゼルト子爵は腕を組み深く考え込み黙ってしまった。
僕たちの住む世界と違ってこの世界は圧倒的に情報が『伝達』されず『共有』もなく『真実』が見えこない。
現代社会ならネット上の地図で渋滞情報や天候、路線図など様々なものを瞬時に見れてそれが普通。
でも、まともな地図さえないこの世界で、道を通る人の人数まで把握できるわけだから驚きものだと思う。
「ユウリよ、最後に一つ質問するが、どうやって人の流れを把握したのだ?」
「それは簡単です。街角の要所要所に人を配置し、カウントしたまでです」
「カウント?」
「はい。こちらの世界の住人は身なりでどこに住んでいるのか明確なため『東方面、貴族13、商人24、兵士12、貧民2、不明6』みたいに分類して通行量を調査したまでです」
「なんと……」
「向かう方面、線の色によってどのような人物がそこを通行したのかわかりやすくしたまでです」
「……ユウリ。この報告書の作成に協力した者たちへ、後日厚くお礼がしたい」
「はい、それが良きかと」
「ほかにも聞きたいことが山ほどあると言ったな。しかし時間は『有限』だったな。これで私は失礼する」
ヨーゼルト子爵はスッと立ち上がると扉をノックし外で見回る警備の人たちをなかに入れ、壁際でなにか話しはじめた。
「村上様、お疲れさまでした」
そう言ってフランチェスカさんは器に盛ったクッキーと温かい紅茶を僕の目の前に差し出した。
「ありがとうございます」
僕はお礼を伝えクッキー一枚を頂いた。
甘くてサクサクした感触がなんともいえず胃に染みる美味しさ。
きっとこの世界では相当高価な代物だろう。
「紅茶に砂糖をどのくらい入れますか?」
そう聞いてきたので「砂糖一切なしのストレートで」と言ったら「そんなに警戒しないでくださいまし、とくに意味はございませんよ」と言い、僕は素直に勘違いをしてすみませんと伝えた。
「さぞお疲れでしょうし、今宵はこのまま失礼しますね」
なんとも含みを持った言葉。
僕は無言でその場を収めた。
「ではユウリ。私はこれで失礼するが一応念のため、この家の周りには警備する者たちを配置するから安心をしてくれ」
「ヨーゼルト子爵様、ありがとうございます」
「それと明日から数日間、この隠れ家からの一切の外出を禁ずる」
「えっ!?」
「君の身を案じてのことだ」
「あっと……」
「今回の事案、長引くことを覚悟していたが、君の作成したこの報告書によって事態は急変し数日中に『大規模な事』は終わるだろう」
「そうですか……」
「それまでここでなに不自由なく過ごされよ」
「ありがとうございます」
「娼館から数人派遣するゆえ、希望を言いたまえ」
僕は全力で大丈夫ですと言ったら「そうか、そちらよりこちらがいいのか。では見繕って数人準備させよう」と告げさらにどんな少年がいいのか聞いてきて、ブッと吹き出すフランチェスカさんの唾が僕の顔にかかりヨーゼルト子爵を檄高させてしまった。
「フランチェスカよ、お前を当分のあいだユウリの所有物とする。いかような要求にも答よ。否は許さぬ」
「この度の失態、フランチェスカは全身全霊をもって村上佑凛様へお仕えすることを、ここに誓います」
「うむ」
それだけ告げるとヨーゼルト子爵は護衛の人たち共に部屋を後にした。
ハラリとなにかが床に落ちる音がして振り向くとフランチェスカさんはワンピース風のメイド服を脱ぎ薄着一枚になっていて、僕は慌てて毛布で包みそういうのは疲れているからいいよと伝えた。
「お疲れのためいまは不要と把握しました。ですので、お身体が回復されましたら――」
僕はフランチェスカさん口元を押さえ、それ以上は言わなくてもいいと伝えた。
えっと……心なしかお二人さん、笑みがこぼれているように見えたのは、気のせいでしょうか?