古都 オラディアの空は露草色 その11
相当疲れていたのだろう夕食後、即寝落ちしたフルール。
起こさないようにベッドに運び薄手の毛布をかけ、僕は再度テーブルに向かった。
「さて、ここからが現代社会人の腕の見せ所」
パンッ!
ほっぺたをパチンと叩き気合いを入れ、真淵さんからの指示の書かれた手紙通りに進める。
とくに重要視する何点かが、注意事項として書いてありそれは、
・ノイズを拾うな。
・ノイズをノイズと知った上で拾え。
・ノイズをアクセントとして活用しろ。
一見すると矛盾していて意味不明にも思える。
しかしノイズについて詳しく書かれた内容を読んで、現代社会の恐ろしさを垣間見た気がした。
要約すればこう、ノイズ(嘘、欺瞞、ミスリード、勘違い、思い違い)を拾うな。
しかし、それらをきちんと把握した上で拾い上げろ。
そして、拾い上げたノイズを『真実』に変換してうまく活用しろ。
なんでもこれは現代社会の、とくにSNS上や報道機関、人々に伝える表現方法のひとつのツールとして使われている手法!?
なんとも恐ろしい。
ステップ1、情報の整理。
1)膨大に集まった情報を紙に書き出し、それを細かく切ってしおりサイズにして分別。
2)A男爵、B議長、C子爵、D議員、ほか、と、こんな感じに大きく分類し、情報の書かれたしおりサイズを割り振る。
3)さらに月日と時間で並べる。
4)さらに細かくゴシップネタ(不倫、娼館通い、金銭トラブル、ほか)、業務、訪れてきた貴族、商人名、過去の実績、ほか、と細分化。
5)それ以外にも集まった情報の傾向を分布図に起こし分類。
これは難しくなく、ただ並べるだけ。
ステップ2、ここからが本番。
分類された情報を元に、ノイズなのか真実なのかの見極め。
とある男爵の直近の近況がそのいい例。
A男爵の屋敷にK女性大使が赴いたとある。
しかし同じ時間帯にB議長の屋敷に行ったというのもある。
これではどちらが正しいのかわからない。
真淵さんの指示書によると、こういったときはまず、時間軸を基準に、情報元の信頼性(酒場での話しなのか、街角での噂、小間使い、ほか、情報源の優劣)を吟味、そして多方面からの仮説と、検証。
そして僕なりに出た答えは、
結論として、K女性大使はB議長の屋敷に出入り。
A男爵の屋敷に出入りしていたとの情報は『酒場噂』と『小間使い』からもたらされたもの。
A男爵宅に勤める小間使いからの情報なら信憑性が高く、酒場での噂も酒の席でポロッとの可能性がかなり高い。
しかし深く追求していくと以外なことが判明した。
A男爵に勤める小間使いは、数ヶ月前まで違う貴族の元で働いていて、その貴族はA男爵寄りではなく、B議長寄りということが判明。
さらに酒場はB議長の屋敷に近くにあり懇意にしているとの情報がある。
簡単に言ってしまえば、A男爵とK女性大使は懇意にしていると、世間にアピールしたいB議長の風説の流布。
さらに裏付けとして、B議長の執事と小間使いが一緒に歩いているのを複数の貧民街の老婆が目撃していてこれが決定打。
この件に関して世間ではA男爵とK女性大使は繋がりがあると思っている節があり、世間はまんまとB議長の策に乗せられている状態。
真淵さんの指示書に従えば、このノイズを拾い上げ活用すること。
つまり『真実となったノイズ』の有効活用。
幸いにもA男爵、B議長ともアルテミット伯爵寄りのため、わかりやすい。
『勝ち馬に乗っているんだからまわりの連中より一歩前へ』で、内紛と考えていい。
ので、二人に関しての情報を元に、内紛絡めでいくつかのシナリオ(案)を作成。
これが分岐路。
内紛で分裂しやすそうな別の貴族なり商人を、集まった情報からピックアップして揉め事になりそうに絡めてみる。
絡め方、至ってシンプル。
『B議長はA男爵の寝首を狙っている』
これは強烈。
だって真実なんだもの。
ほかにもA男爵にこっそり情報漏らしもありかな。
あくまで『こっそり』がキモ。
「ふう、こんな感じかな……」
パチッ!
ふいに暖炉のなかで木炭がはじけたようでパチパチと周囲に飛び跳ね、白い煙が部屋中を覆い僕は急いで扉を開け外の空気を取り入れた。
小風がフサッと入ってきて書き上げた紙を宙に舞い上げ数枚、暖炉のなかに吸い込まれ、あっという間に燃え尽きた。
慌てて扉を閉め燃えてしまった分を確認したところ、A男爵とB議長関係の部分で、僕が考えたシナリオ以降。
「う~ん、書き直しかぁ……」
焼けてしまったシナリオ部分、都の将来を左右する話しなのに、どこかシュミレーションゲームみたいに思えてしまい、それって感覚!?が麻痺しているからなのか、それともこの世界の住人じゃないから他人行儀なのか、複雑な気分で自分でもよくわからない。
って、自分で考えておきながらなにを考えているのか、わからない……。
PCの美少女ゲームをしている感覚……それは酷いぞ自分。
暖炉のなかで小さく揺れる火を見つめながら、燃え尽きた部分の書き直しをやめることにした。
ヨーゼルト子爵には事実のみを伝えよう。
冷めた紅茶に口を付けてみると以外にも美味しく一気に飲み干した。
◆◇◆◇◆◇
時計がないからどのくらい経過したのかわからないけど四~五時間くらいは過ぎたような気がする。
「もう少し頑張ってみるかぁ」
それから数時間頑張り、気がついたら朝になっていてテーブルに頭を擦り付け爆睡していて、小麦粉を焼く匂いに釣られて起きた。
「おはようユウリお兄ちゃん」
「くはぁ~おはよう」
やり切った感とフルールの甘い声と、焼けるいい匂いに、小さな幸せを見つけた気がした。