古都 オラディアの空は露草色 その10
昼間、娼館ユリディアーナを見に行きすったもんだあってその後、預かってきた真淵さんの手紙を読み、その夜には僕の元へ少しずつ情報が集まり、一夜明け、次の日の夕方にはそこそこなボリュームになった。
まさに時間は有限、そして速さが命。
「まさかこのような形でヨーゼルト子爵の評判とお人柄が、形になって表れるとは思いもしませんでした」
ヨーゼフさんはそう言うと冷めた紅茶を一気に飲み干し、器に入ったナッツを掴み口に入れた。
「こっこれは失礼しました」
「だいぶお疲れのご様子。ここでは気を抜いて過ごしてください」
執事としてあるまじき行為だったのかハンカチで手を拭き、飲み終えたカップを壁際の流し台に運び洗いはじめた。
ヨーゼフさんの言うところの子爵の評判と人柄とは、貧民街で圧倒的な支持を集めていたため、すぐに協力者を募ることができ、集まった人たちはそのまますぐに街中へ散らばった。
フルールによると十人中、九人が子爵を支持し、残りの一人は都に流れてきたばかりの右も左もわからない人たちとのこと。
それって『圧倒的』というより『すべて』じゃん。
集まってきた情報はフルールとエリーヌさんの元にいったん集められその後、僕の元へ運ばれる仕組みになり、僕と貧民街の人たちの接点は極力ない形にもなっていた。
貧民街の人たちは普段通りの生活のなか、路上や作業場、人々が集まるところで噂話しに聞き耳を立てたり、貴族に仕える小間使いのグチを聞いたりして様々な情報を集めてくれた。
ほかにも年老いた老婆たちは自ら、貴族や裕福な商人たちの屋敷が見える路上の片隅にこっそり座り、出入りする馬車の監視にあたってくれた。
また、飲食店関係にも支持者が多いのも功を奏し、酒場や食事処で休憩する兵士や、貴族邸に出入りする業者たちの話している内容を集めてくれた。
「村上様、こちらをどうぞ」
そう言ってヨーゼフさんは一杯の紅茶と、薄くスライスした干し肉をテーブルに置いた。
ありがとうと伝え紅茶に口をつけたら驚くほど甘くて、僕はカップを指さしながら「この世界で砂糖は貴重なはず、大丈夫ですか?」と尋ねたところ「いまはこれくらいしか貴殿の努力に報いることができず、子爵として大いに恥じていると、おっしゃっておりました。ほんのひとつまみの報奨とお考えください」
僕への報奨、なら好きなように使っていいのか尋ねたところ、もちろんと返ってきて、ならみんなで一緒に頂いちゃいましょうと伝えた。
「村上様、あなた様はやはりマーテル旦那様と同じ、あちらの世界の住人にございます――」
「ままっ堅苦しいことは抜きにして、いまは問題解決に尽力しましょう~」
ヨーゼフさんは詳しく伝えようとはしなかったけど、なにを伝えたかったのか、わかる。
僕もヨーゼフさんもそれ以上はなにも言わなかった。
「私めはそろそろお屋敷に。今宵、フランチェスカとエリーヌの両名はこちらに顔を出さず屋敷に戻るよう伝えております」
「了解です」
「今後、私たちはこちらへ伺う頻度が下がるかと。出入りが多いとアチラに勘づかれるやもしれませんので……」
「僕のほうは大丈夫ですので安心してください。フルールがご飯も用意してくれますし、一日中部屋に引きこもっての作業は得意なほうなので」
「そう仰っていただきますと助かるばかりにございます。と、あちらのほうは――いかがいたしましょう? ご希望に添えるよう尽力いたしますゆえ」
「はい?」
「夜は長き、また短きもの――。あの二人以外で器量の良いものを、差し向けますゆえ、ご期待してくださいまし」
「っと! 大丈夫ですよ、間に合っていますので……」
「そうですか、残念にございます……」
ヨーゼフさん、かなり残念そうに語尾を伸ばしながら言うと一礼をしてそのまま裏口の扉を開けスッといなくなった。
「残念にございます……かぁ……。僕も本心はちょっと思うところがないわけじゃないけど、問題解決途中だし……。だけど良かった、二人が無事で」
ヨーゼフさんによると娼館に身を潜めている二人とも無事で健全でいたって元気とのこと。
屋敷内を自由に歩けてお客さんをとらされてもいないし、ご飯もちゃんと食べていて、逆に僕のことを心配しているとも言った。
ただ、ちょっと気になることをヨーゼフさんは言っていた。
少し、すこ~しばかり、夕方から明け方にかけて徘徊があると……。
たしか、閨を求めるお客さんも夕方から訪れると言っていた……。
なにしてんねん、お二人さん。
まぁまぁぁぁ興味がないってお年頃でもないし、同じ屋敷内でそんなことがあちらこちらであったら気になるのは当然だろうし、どうなんでしょう……。
どんな感じなんだろう、女性専用娼館って。
たぶん、僕が想像しているのよりも数倍すごいんだろうなーと考えちゃう。
きっと、ねちっこくて甘ったるい匂いがプンプンして男みたいに果てることがなくて、取っかえ引っかえ相手を替えたり――もしかしたらお二人さんも混ざってたりして、それはそれで無事に再会したとき『違う人』になっていたら確定――かな……。
「むふっ、どうしたのユウリお兄ちゃん。気分でもわるいの?」
グィンと振り向くとあどけない瞳で見つめるフルールの姿があって、そのまま僕の太股の上に乗ろうとしてきたから全力で阻止した。
「なんでよー、昨日の夜はいいのになんでぇ?」
「いまはダメッ、いまちょうど大切なことを考えていたから、集中したいの!」
「もう、ケチ」
「はい、ケチで十分ですっ。それより夕食にしましょっ」
「うん!」
おかっぱ頭の髪を揺らしながら、にぱぁと微笑む彼女を見て僕は、妄想癖を治そうと心に誓った。
危うく彼女に、かわいくないものを当てちゃうところ――だった。