古都 オラディアの空は露草色 その9
足元を隙間風が通りすぎるなか、ヨーゼフさんは口を開いた。
「旦那様と真淵様は現在、屋敷にて情報収集と対策を練っている最中にございます」
「対策、なにか良い案はあるのですか?」
「これといってないのが現状になります。やはり貴族、とくに門閥貴族の支持をアルテミット伯爵が押さえている状況化、表立って行動に出られないのが大きいかと……」
ヨーゼフさんはテーブルに肘を付き悩むばかり。
現在、都は表面では平穏を保っているけど、裏では交渉事や謀が頻繁におこなわれていると。
事の発端は、ヨーゼルト子爵の経営する飲食店で、貴族が恥をかかされたのがはじまりと言われている。
それが偶発的なのか意図的に仕組まれたものかは不明とのこと。
裏で互いに罵詈雑言の応酬と、浮ついている貴族の囲い込みが盛んで、お飾り議会で相手方の政策に難癖を付けてあわよくば潰そうとし、そしてマーテルさんの経営する宿への乱入と、情勢が慌ただしく動いている。
「村上様、こちらは真淵様からにございます」
フランチェスカさんは胸元に忍ばせていた封筒を取り出し封を切り、テーブルに置いた。
文庫本サイズくらいの茶色い封筒のなかには折り畳まれたA4サイズのコピー用紙が数枚入っていた。
内容を読もうと顔の近くに持ってきたらふんわり甘い匂いがしてしかもほんのり温かい。
くっ、こんなところに気付く僕、やっぱりむっつりスケベってやつですっ。
ちょっとクンカクンカしてみる。
むふぅ。
ハッと顔をあげたら、フランチェスカさんがにっこり微笑んでいて(気付かれた!)って思うも、もう遅い……。
「村上様は……甘い物はお好きですか?」
「え、まぁ好きですね……」
「では、この件が落ち着きましたら、こちらの世界の甘いお菓子をお持ち、致しますね。きれいに召し上がって、くださいますね?」
「っと、まぁ……」
「くださいますね?」
「考えておきます……」
「後腐れなく、お好きなようにお召し上がりくださいませ」
「決定事項、ですか?」
「はぁい」
フランチェスカさんの隣でヨーゼフさんは首を傾げ、問題が収束した後のことをいま話さなくてもいいだろうと告げ、いまの季節なら果実も美味しいと付け加えた。
僕は咳払いをひとつして手紙に目を落とした。
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★村上君へ★
ヨーゼフさんたちにも内容を伝えているが、こちらの世界の感覚では伝えきれない部分、理解の範疇を超えた事柄が多く、文面に起こした。
【主題】オラディア事変への対応
【目的】アルテミット伯爵をこの都から追い出す算段
【方法】私たち部外者ならではの方法、奇策を用いて
【頼み】集まった情報の精査を相関図や散布図、特性要因図、グラフなどを用い可視化してほしい
【ほか】なぜ君で、この世界の住人にはできないのか。それは、棒グラフ一つをとってもこの世界では受け入れられない、理解しがたいものなんだ。
我々がなにげなく見ている、読んでいる表現方法は現代社会が生み出したひとつのツールであり、それらは識字率の低いこの世界では有効活用できないのだよ。
従って集まった情報を、可視化(ヨーゼフさんたちでも理解できるように)してほしい。
そして、まとまった書類をヨーゼルト子爵に送り、影から支えることが我々にできること。
【作業】注意点として以下のことを――
(1)――
(2)――
(9)――
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僕は内容を一つ一つ何度も確認。
全体的に見れば難しいことはない。
でも、それは現代社会を生きている僕だから言えることなんだろう。
テレビで見かける情報番組での解説方法ひとつとっても、この世界ではかなり進んだ手法と言えよう。
ネットでいえば動画投稿サイトでの『ゆっくり解説』動画がそれに当たる。
ただ、いくつか危険を伴うようなものがあってヨーゼフさんに尋ねたところ、その程度は危険な部類に入らないと。
「村上様、手紙の内容はいかがでしょうか?」
「確認ですが、みなさんも同じ内容を伝えられているのですよね?」
「はい、お伺いしました。ただ、私共では『グラフ』とらや、一つとってもなんとなくは理解できるのですが、それらを要因解析に使うなどと、理解の範疇を超えております……」
「初めて見るとよくわかりませんよね」
「その通りにございます……」
ヨーゼフさんとフランチェスカさんは深々と頭を下げ、この局面に協力してほしいと告げた。
「手紙の最後の文面なら、私共でも理解できます。先立ってエリーヌ、フルールの両名は情報収集に向かっております」
「そうですか」
「真淵様が記された最後の文面、
『今回の事変への対応として以下を最も重要視する』
【行動目標】
(1)時間は無限ではなく、有限である
(2)速さが命
(3)小さなミスや修正はリカバリーできると思え
(4)一本道ではなく、分岐路のあるストーリーを考えよ
(5)現状把握、要因分析、対策検討の三つを重点的に考慮せよ
以上。
など――かような考え方、長年この国の発展に従事してきた私でさえ思い付きもいたしません。どうか、この古都をお救いくださいまし」
ヨーゼフさん、フランチェスカさんはスッと立ち上がると胸に手を当て、深々とお辞儀をしてきた。
「僕にできること、がんばってみます」
僕も立ち上がり二人にお辞儀。
フランチェスカさん、どこか妖艶な笑みを見せ、それって……後腐れなく、お好きなようにお召し上がりください――まし…………キャンセルしなくちゃいけないってわかっているけど、せっかくのものだし、カプッてしたいなーと思うも憤慨するお二人さんの表情がチラチラ脳裏に浮かんで、だめですよねー。
バレなきゃ……。
無理、ですよねー。