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古都 オラディアの空は露草色 その8

「ねぇ、ペットに()かせるってなにをするの?」


 夕食後の紅茶に口をつけながら、汚れ無き瞳でそう質問してきたフルールに僕とフランチェスカさんは、なにも答えられなかった。

 気まずい雰囲気というか、ものすごくどんよりした沈んだ空気が部屋中を包んでいた。


「そういえば兵舎にいけばお金になるって、なんとなくわかるよ。だから変に気をつかわないでね」

「えっと……」

「添い寝とかハグとか、そのぉーちょっとエッチなことも――するんでしょ、キャッ」と言って顔を赤らめるフルール。


 ちょっとじゃなくて、かなりがっつりびっくりどん引きするくらい危険と容易に推測できる。

 体力系の女兵士が寝泊まりする兵舎、相当危険なところだと容易に推測できる。

 いったら最後、精も根も尽き果てると容易に推測できる。

 兵舎から開放されたなら、女性が嫌悪の対象となることも容易に推測できる。


「ほっほほほんとうに申し訳ございませんっっっ村上様。あの時は苦肉の策として……」

「それはもういいですよ。終わったことですしそれに、事の発端は僕がうっかり名前を呼んでしまったのが原因ですから」

「申し訳ございません……」


 椅子に座らず立ったまま何度も謝るフランチェスカさん、あれはまったく僕が悪い。

 つい発してしまった言葉が原因だから。


 コンコン。


 裏口の扉をノックする音。


 フルールは扉に駆け寄り「隠者の――」と唱えた。


 かすれた声で「箱船」と聞こえフルールは扉の鍵を外した。


「おかえりなさい、エリーヌ様」

「ただいまですぉ。いろんな情報収穫できたよぉ~」

「すぐにエリーヌ様の分の夕食もご用意しますね」

「外で食べてきたから大丈夫だぉ。~ん、なんか、変な空気、流れてない? どうしたの?」


 するどいエリーヌさん。


「なっなんでもないですわ」

「そうなのぉ? そういえば館の前で一悶着あったみたいってヨーゼフ様から聞いたけど、大丈夫だった?」

「ええ、無事に解決しましたし、とくに問題はないですわ」

「なら安心した」


 エリーヌさんはそう口にすると黒色の外套(がいとう)を壁にかけ、鞄の中から紙とボールペンを取り出しテーブルに置きながら椅子に座った。

 フランチェスカさん、白昼の出来事を正確に伝えていない辺り、やっぱり相当気にしているよう。

 これ以上あの話しをするのは無しの方向で。

 フルールに視線を送り(あの話しはこれで終わり)みたいに何度かうなづいてみせたら、どうやらわかってくれたようでフルールの口からはなにもでなかった。


「いまの状況を紙に書くから少しお待ちを~」


 エリーヌさんはそう告げると黙々とボールペンを走らせはじめ、どうも白い紙とボールペンがよほど珍しかったのか身を乗り出して見つめるフルール。


 紙に視線を落とす三人を遠巻きに眺める僕。


 僕より数コ年上っぽくて、凛としてスラッとしたフランチェスカさん。

 僕より数コ年下っぽくて、元気印でどこか桃乃さんに似ているエリーヌさん。

 エリーヌさんよりさらに数コ年下っぽくて、幼さ全開のフルール。


 みんな金色の髪がとても似合う『西洋可愛い』的なところがあって、身を潜めるお二人さんとは違う雰囲気を持っていて一人一人個性があって、高校生活では出会えない女性たち。


「村上様、どうされました?」

「んん、なんでもないですよフランチェスカさん」

「そうですか……」

「?」


 フランチェスカさんの横、エリーヌさんは「できましたぉ!」と言って立ち上がった。

 どんな感じかとフルールの頭越しにテーブル上に広がる紙に視線を落とすと、文字と矢印がいくつも交差していてどうも相関図みたい。


 が、問題がひとつ。

 僕には読めない……。


 僕は素直に「読めません」と言い、それを聞いたフルールも読めないと言い、それならばとエリーヌさんは一行一行、声に出して伝えてくれた。


(1)古都オラディアの西側に屋敷を構えるアルテミット伯爵。

 年齢は六十代後半で小太り。

 都の約五~六割りの貴族の支持を受け、既存態勢の絶対主義者。

 主に金融、軍備、工業製品関係に強い。


(2)東側に残りの派閥があって執事のヨーゼフさんの遠縁の貴族で、ヨーゼルト子爵。

 ヨーゼフさんより年下で五十代後半、痩せていて髪も薄め。

 約三割の支持を持ち、穏健派。

 また、真淵さんがお土産としてウイスキーと薬を持参して向かった相手でもある。

 音楽や芸術、医療福祉、飲食関係に支持層が多い。


(3)残りの約二割はどちらにも組せず日和(ひより)を決めている貴族たち。

 食料品、農産物関係者に圧倒的な支持を受けている。

 理由は、食料の上げ下げに口を出してもらいたくないから。


(4)一般市民は自分たちの利益になるほうへ絶えず流動。


(5)貧民街は圧倒的にヨーゼルト子爵を支持しているも表立ってそれを言う者はいない。

 また、貧しい人たちに支持されたところでなんの恩恵もないため、逆に支持されることを嫌う貴族がほとんど。


(結論)今回の争い、単純に言ってしまえばアルテミット伯爵vsヨーゼルト子爵。

 アルテミット伯爵はさらなる支持を得て最高位の地位の公爵を目指しており、その過程で一つ下の下位のヨーゼルト子爵が邪魔。

 そのため、難癖を付けてケンカを吹っ掛けてきたと。


 エリーヌさんが言うには、アルテミット伯爵が地位の次に欲しているはマーテルさんとの関係。


「それって、マーテルさんと親しくなりたいってこと?」

「その通りにございます。理由は様々ありますが、やはり『この世界にはない知識』を欲しているのかと――」とフランチェスカさん。


「この世界にない知識ってなんです?」と、首を傾け困惑するフルール。


「フルールもご存じでしょう、マーテル旦那様はこの辺りの出身ではありません。遠い異国の生まれ。ゆえにこの国にはない知識や技術をお持ちなのです」

「なら、ユウリお兄ちゃんも同族なの?」


 フランチェスカさんは目を細め「だいぶ好かれましたね」と、どこか棘のある言い方をしてきてエリーヌさんにいたっては、自分の粗末なモノを押し当ててくる変な趣味があるから気をつけてと言い、フルールはなんの疑いもなく「粗末なモノってなあに?」って聞き返してエリーヌさんを詰まらせた。


 で、みんなの視線がガバッと集まり、僕の発する言葉を待っていた。


「えっと……。粗末なモノは、粗末なモノだと、思います……」


 ブッと吹き出すエリーヌさんとフランチェスカさん。


 失敗したっていいと思う、人間だもの――。


  ◆◇◆◇◆◇


 真夜中、なにやら息苦しくて目を開けると、ソファで寝ていたフルールが僕の寝床に入っていて、その重みで僕は目覚めた。


 薄い毛布のなか、僕の腕を枕にスゥスゥと寝息をたて寝ている。

 ついっと僕の鼻先にフルールの髪の毛がかすめ、お風呂に入れないせいか少しツンとした臭いを鼻先に感じ、それは自分とは違う他人の体臭であり、桃乃さんや水野さんからは感じられないもの。

 きっと、毎日お風呂に入って清潔にしているため体臭を感じづらいのではと思う。


 フルールの臭い、ちょっと不衛生だけど嫌いじゃない。


 僕はいま一度鼻先に髪の毛を当て、クンクンしてみる。


 これは、きっと、メスの臭いというやつかな?

 あきらかに男とは違う。


 室内が少し蒸れているせいか僕たちは汗ばみ、その臭いも入り交じり、心に抑えられない感情も込み上げてきて、さらに何度かクンクンしているうちにトイレに行きたくなったけどガマンした。


 あぁ、館で心細くしている二人のことを思い出すと、こんなことしている場合じゃないと我に返り、酷く自分が気持ち悪く醜く思え、最低な自分に嫌気が差す。


「最低だ、自分」


 誰に投げかけるわけでもなく、ぽつりと独り言。


 いつだったか真淵さんは言っていた。


『なぜ、彼の世界の者たちは閨を共に過ごしたがるのか、わかるかね?』

『なぜ、自ら閨に誘おうとするのか、理解できるかね?』

『なぜ、結ばれ楽しもうとするのか――』


 そのとき、僕は答えられなかった。

 そう、真淵さんの問いに対し、なにも考えが思いつかなかった。


 でも、いまはなんとなく、なんとなくだけど問いに答えられるような気がする。


 人って結局、誰かと仲よくなりたい、繋がりたい、一緒に過ごしたい、もっとも単純なことなんだけど、それらは現代社会では忘れられた感があって、それと真逆なこの世界では重要で大切でみな自然とそれらを求めている――かな。


 それになんといっても娯楽が少ないこの世界。

 だからこそ、人と人の繋がりは生活の一部であり、生きる意味、楽しむ時間、そして特別なものじゃない感じ。

 それの延長線上に、娼館ユリディアーナがあるような気もする。


 僕は無意識の内にフルールを抱きしめた。


「むぐぅ……」

「ごめん、起こしちゃったね」


 僕はあやまりベッドの端に移動。


「そのまま、またしてギュッと」

「ギュッと?」

「うん」

「じゃあギュッとするね」


 薄い毛布をかけ直しいま一度ギュッと抱きしめた。


「温かい……」

「そう?」

「いつも、一人だから……」

「ああ……」

「もっと、甘えていい?」

「……いいよ」


 これ以上、係わっちゃいけないって、わかっている。

 でも、フルールのいままでの境遇を知ってしまったら、拒否はできないし抵抗もできない。


「ぅっ……」

「?」

「ってる……」

「?」

「当たってるよぅ……」

「ごっごめん!」


 ついうっかり……。

 ガバッと起きてフルールから身体を離すもそれは阻止され、簡素なベッドに倒れ込んだ。


 僕に抱き付きながらフルールは言った。


「このまま、当てて……」

「いや、あのそのぉ……」

「温かくて変な感じがしてお腹がくすぐったいよぅ」

「くすぐったいですか……」

「うん、コチョコチョして不思議な感じがするぅ」


 僕はゆっくり腰を後ろにずらす。

 だって、身がもたないから――。


「なんで逃げるのよぅ」

「いろいろと事情があるの!」

「事情?」

「そう、事情。だからこれで終わりね!」

「いや、もう少し」

「えぇ……」

「さわっても……いい……よね」

「だめです」

「モミモミしても、いいよね!」

「だ、め、で、すっ!」

「ケチ」

「ケチで十分ですっ」

「それじゃもう少し、もう少しこのままでいいよね……。もう、わがままは言わないから……」

「うっ……」


 それはフルールが眠くなるまで続き、僕はその後トイレに駆け込んだ。

 健全な男子ですもの。


  ◆◇◆◇◆◇


 朝、目覚めるとフルールはベッドの上で胡座(あぐら)をかいてと要望してきて言われた通りにしたら、僕を椅子のようにして身体を預けちょこんと座り「お尻に当たってるぅー」とキャッキャッしながらグリグリしてきて、僕は朝から死んだ。

■こんにちは。

『第7回カクヨムWeb小説コンテスト読者選考期間』に、応募してみました。

こういったコンテストは初めてで、かなり緊張しています。

1月1日に応募をはじめたので期間が2月7日までと、一ヶ月しかなくあたふたしています。


ブックマークが増えればいいなと思い投稿してみました。

正月休みで書いた分が2話程度ありますが、2月7日まで更新がもっさりすると思います。

すみません。

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