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五月下旬の日曜日 その1

 ロンドン引っ越し回避を無事に成し遂げ、怒濤の一週間が終わり、ほっとしたのも束の間、大型スーツケース二つを荷物で一杯にして母は急遽ロンドンへ飛んだ。


 イギリスの首相が病気治療のため辞任し来月、選挙が行われることとなり、予定していた六月の渡航では間に合わなくなる案件がいくつか発生したためとか。

 政治のトップが代わると国の方針が変わるのは、どこの国も同じのよう。


「佑凛さん、無事に乗り切れたから、遊びに行きましょー」

「いいですねー」

「えーと、パンツ。買って欲しいのですよ」

「はい……」


 下着を身に付けていないことを知らされた次の日、近くのデパートに買いにいくも、女児用の下着をこっそり物色しようとしたら、店員さんに話しかけられ奥の事務所で話しを聞かせてくれないかと告げられダッシュで逃げてきた。

 彼女にそのことを話したら、笑って許してくれた。


  ◆◇◆◇◆◇


 日曜日の午前中、家を出てきっかり三時間が過ぎた。


「佑凛さん、ちょっと横になりますね」


 そう言って彼女は僕の太股を枕にしてベンチの上、横になってそのまま寝てしまった。

 すでに十分くらいが経過したけど、いっこうに起きる気配はない。


 さっきまでケーキ屋さんでチーズケーキを堪能し、お店の人から「かわいい妹さんね。狸キャラの髪留めクリップもかわいいわよ」と言われ、微妙な表情を浮かべていた。

 たしかに狸に見えるけど、一応、子猫なんですよお姉さん。

 幽霊少女、桃乃作の紙粘土で作った子猫キャラなんだけど、どこか狸風味があるワンポイント髪留めクリップ。


 僕はちゃんと子猫に見えますよ。

 一昨日出来上がって初めて見たとき「狸って、日本を含め極東の数ヶ国にしか生息していないらしいよ」って言ったら、就寝するまで人間ソファーにされ、朝起きたら体の節々がちょっと痛かった。


 お店の人に、狸じゃなくて子猫なんですと告げようか迷ったけど『かわいい』って言われたことに、どこかうれしそうな彼女を見て、なにも言わずその場を収めた。

 チーズケーキにプリン、フルーツジュースも美味しく、二人して大満足で、なんだかんだで一時間くらい居すわってしまった。


 その後、近くのゲームセンターに寄るもゲーム機や店内に流れる大音量の音楽が合わなかったようで、数分いただけで退散。


 人混みが苦手と言っていた彼女のために、寂れた公園を事前に調べておいて正解。

 ケーキ屋さんから歩いて十分程度にある寂れた公園同様、ここは寂れた地方都市B。

 郊外に広がった新興住宅地と大型ショッピングモールにお客を奪われた駅前は、斜陽という言葉がまさにぴったりの物静かな町並み。

 公園の木陰下のベンチに座り、数分で横になった彼女。


 相当疲れていたのだろう。


 初めての電車移動に、初めての都会。

 土曜日とはいえ通勤時間を避けて、六時半頃の電車のためか少し眠いようで、車内では僕に寄り掛かりずっと下を向いたままだった。

 僕からしたら、いつもと変わりない日々の日常だけど、彼女からしたら初めての冒険であり、今日という日をとても楽しみにしていた。


 昨日の夜の、はしゃぎっぷりを見ているだけに、なんとかしてあげたい。

 夜遅くまでネットで駅周辺の情報や、デパートの店内情報、いってみたい雑貨屋など、時間を忘れ見入っていた。

 彼女にとって、忘れられない一日にしてあげられるのは僕にしかできない。


 そう、僕には解決策のようなものが一つある。

 成功するか、やってみないとわからない。

 彼女を起こさないように、ブラウスの襟元から安全ピンを一つ引き抜いてみる。


 自宅の近くにあるファッションセンターしまぬらで僕が一揃えした彼女の衣服は、ワンサイズも大きい紺のジーンズに、白い長袖のTシャツ、これもサイズ違いの淡いピンクのブラウスと、ファッションセンスゼロのなんとも申し訳ない身なり。

 すまぬ桃乃さん。


 元気になったらデパートで好きな服を買ってあげるよ。

 ブラウスのサイズ違いを誤魔化すため、襟元に数本の安全ピンを仕込ませ、まさかこんな形で使うことになろうとは。

 僕は意を決して、安全ピンの針先を左手人指し指先に数ミリ刺した。


「うっ……」


 思わず声が漏れてしまう。

 彼女は起きない。

 よし。

 指先に赤く丸い血の溜まりができる。


 血の溜まりにティッシュを当て吸収させながら、ゆっくり彼女の口元に持っていき、ちょっと強引だけど指だけを口の中に入れた。

 ぬめっとして温かい彼女の口のなか、ものすごーく背徳感が僕を襲う。

 しかし僕はその感情を、逆に利用する。


 彼女を起こさないように、そして気づかれないよう人指し指をゆっくり出したり、入れたり、はたまた小さくてやわらかい唇をツンツンしたり、舌先に指先を当て撫でてみる。

 フニフニしていてやわらかい舌触りは、僕の脳までフニフニにして溶かしそう。

 指先が彼女の唾液でぬるぬるになる。


 童貞の妄想かもしれないけど世間のカップルはこんなことを、いつもしているのかと思うと、複雑な気持ちになる。

 はい、いろいろと元気になる僕。

 さらになにか、いたずらしようかと思った矢先、すぐにきた。


「ぬおぉっー!」


 指先の傷口から吸われていく『ナニカ』


「おぉっ! 吸われていくっ」


 僕の声に目を覚ます彼女。


「桃乃さん、そのままいっちゃってください!」

「ゆぅりぃしゃん!」


 モゴモゴとなにか言うも僕の指が邪魔して言葉にならない。


「大丈夫だよ、そのまま吸って!」


 僕はギュッと抱きしめ、やさしい言葉を何度もかけた。

 ちょっと強引な僕の態度に観念したのか両目を閉じ、指先から少しずつ『ナニカ』を吸い出した。


「いつもありがちょ……」

「元気になってね、桃乃さん」


 コクンと小さくうなずく彼女。

 まるで赤ちゃんのよう。

 ああ、これが母親の感覚というものなのか。


 守ってあげたくなる愛しい思いが、僕の汚れた心を浄化していく。

 元気になった欲望が吸われていくから浄化されていくのだろうけど、それ以上に、僕の太股の上で目を閉じ安心しきった彼女を見ているだけで、心が洗われていく。


 って、そろそろ終わりにしてほしいなーと。


「桃乃さん、もう大丈夫?」

「こんなにゅも……ちゅってだいひょうぷなの……ゆぅりぃしゃん」


 なんとなく意味がわかる。

 もう終わりにしましょうね。

 って、一気に立ち眩みが、くる。


 意識が……遠のいて行く……。


 起きたら牛丼特盛り、サラダセットを食べよう……。

メモ書き20210209修正

メモ書き20210212修正

メモ書き20210314修正

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