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古都 オラディアの空は露草色 その6

「旦那様をはじめ、皆様は無事にございます」


 開口一番、年老いた執事のヨーゼフさんはそう言い、ロウソクに火を(とも)した。


「旦那様と真淵様は屋敷に幽閉。お嬢様お二人は、旦那様の経営する館に身を潜めています。命の危険はございません。安心してください」


 ここは貧民街の一角、小さな石造りの家。

 周りの家々はあきらかに見すぼらしく、窓にガラスはなく開閉式の板張り。

 そのせいか街の景観は闇夜に包まれていた。


 ここはマーテルさんのこっそり別宅とかで、外観は貧民街に並ぶ建物そのものだけど、室内は驚くほど充実していて鍋やフライパン、お皿が食器棚に整然と並べられ、暖炉の中には吊るされた鍋がある。

 室内は十畳くらいで、ダイニングキッチンと居間と寝室が合体していてこの一室しかない。


 テーブルを囲む僕と執事のヨーゼフさん、フランチェスカさん。


 以外にも僕は冷静でいられた。

 理由、わからない。

 ただ、みんなが生きていて、酷い目に遭っていないと、なんとなく感じたから。


「村上様、この世界にも法と秩序があります。その場で切り捨てるようなことはございません。もし、あるとするなら盗賊類と対峙(たいじ)したときくらいにございます」

「私からも一つ。エリーヌ共々こういったときの対処方法は準備されておりますゆえ、ご安心ください」

「フランチェスカの言う通りにございます。旦那様と真淵様は本邸に幽閉されているのを、この目で確認してきました。また、お嬢様たちも、この目で確認をしてきました」

「以外かと思いでしょうが実は、村上様の身が一番危うい状況になります……」


 フランチェスカさんはそれだけ言うと口をつぐんだ。


 沈黙が支配するなか、扉を小さくノックする音。


「遅くなりましたが無事に取り戻せました。それと――」


 静かに裏口から入ってきたエリーヌさんの背中には、僕たちがこの世界に持ってきた革製の袋があった。


「よくやりましたよ、エリーヌ。これですべて揃いましたね」

「はいな、皆様方々がお持ちになられた貴重な品々、一つも欠けることなくすべて回収できましたぉ。それと、中に入って」


 そう言ってエリーヌさんは後ろに視線を向け、扉のあいだから一人の少女が現れた。


「名前はフルール。村上様の先生になります」


 そのひと言に僕は混乱し、言葉が出なかった。


 ◆◇◆◇◆◇


「私共は屋敷に戻りますゆえフルール、村上様をよろしく頼みますよ」

「おまかせくださいヨーゼフ様」


 フルールさんはぺこりと三人に挨拶。


 その隣、ヨーゼフさんは一歩前に出ると(うやうや)しく(こうべ)()れ、口を開いた。


「村上様、旦那様に代わり、この都のゴタゴタに巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません。本来なら数日間、ごゆるりと過ごしてもらう予定でした……」

「ヨーゼフさんを含め、みなさんがいっぱい努力していること、端から見てもわかります。きっと良い方向へ向かいますよ」

「そう言ってくださりますと助かります……」

「どうかみなさんもご無事で……」

「ありがとうございます。では、私共は屋敷に戻ります。使用人たちがいないと捜索されるのだけは、どうしても避けるためにも……」

「はい……」


 別宅の前、三人は黒い外套(がいとう)に身を包み、静かに闇夜に溶け込んでいった。


 三人を見送りながらフルールさんは「ここは貧民街ですが、あまり危なくないのです」と言い、僕は近寄り難い、危険な場所と考えていたと言った。


「だって、盗るもの、お金になるものがないのですもの。盗賊だってここには来ません」

「盗賊の人たちが住んでいるとか?」

「賊たちはみんな、街の外にいます。ここにいると捕まってしまいますから」

「そういうものなのですね」

「はい、この貧民街は、貧しい人たちが自然と集まりできた一角。ただそれだけなのです」


 そう言ってフルールさん扉を開け室内に入るよう、うながしてきた。


「なにか食べ物と飲み物をご用意しますね」

「お腹は空いていないのでいいですよ」

「そうですか……」

「あっと、やっぱりなにか食べたいです。それと、君も一緒に食べようか?」

「いえ、あたしは大丈夫です……」


 グゥ。


 フルールさんのお腹の鳴る音。

 身体は正直。


「一緒に、食べよ」

「はい……」


 フルールさん、お世辞にも整った身なりとはいえず、薄汚れた茶色い長スカートに厚めのベージの長袖シャツ、靴は履き潰した焦げ茶色の革靴。

 肩まで伸びた金色の髪の毛に、均整の取れた顔立ちが唯一の救い。

 しかしどこもかしこも汚れていた。


「僕たちの荷物のなかに食べ物があるから、なにか飲み物をお願いできるかな?」

「少しお時間をください。お湯を沸かしますね」


 フルールさんは暖炉の中に蓄積する炭を集めると、その上に木の薄皮を並べ、器用にも火打ち石で火種を作りあっという間に火を起こし、水の入った小鍋を専用の吊るし棒に引っかけた。


 僕は革袋の中からクッキーと板チョコ、餡子の入ったお饅頭を取り出しテーブルに並べながら言った。

 ここで生きていく知識を教えてほしいと。


「知識とか難しいこと、よくわかりません……。エリーヌ様からは、ここで生活するうえでの大切なことを教えてあげてほしいと頼まれました。それと、街の歩き方とか、服を調達してほしいとも言われました」

「……いろいろと頼まれていたんだね。よろしくお願いします」


 フルールさんは火の加減を見ながら様々なことを教えてくれた。

 この古都、オラディアは四つのエリアに分類され、貴族たちの住居が並ぶ専用区の第一分類、商人や一般市民が住む住居群は第二分類、工房や商店が並ぶ商店エリアは第三部類、そして貧民街は第四分類。


 フルールさんから貴族たちの住む専用区以外のことを教えてもらい、マーテルさんの屋敷や宿、工房は第二分類の最上位に位置し、世襲制の貴族を除き、最も成功した者たちだけが住める場所。


 街のこと以外に、お金の種類と計算方法、商店での買い物の仕方、兵士の種類、貧民街の歩き方など、多種多様にわたり教えてもらい、それはお湯が沸騰しても気づかないほどだった。


 僕は熱々になった小鍋に紅茶のパックをひとつ沈め、カップを二つ準備するようお願いした。


「村上様、あの……そのぉ……。あたしに敬語は不要です。それに、フルールでいいです」


 僕はいまのままでいいと言ったけど、それは絶対にダメと強く反対され、理由は、話し方の丁寧さで身分がわかってしまうからと。


「あたしのことはフルールとお呼びください。それと村上様じゃなくて違う呼び名にしたいのですが……」

「ムラカミではだめですか?」

「この辺りでは聞かないお名前ですので、できれば違う名を」

「なら、佑凛。ユウリはどうかな?」

「それなら大丈夫です。ではいまから、ユウリお兄ちゃんでいいですね」

「ウッ……」

「どうされました?」

「いやなんでもないです」

「はい、ではいまから、お互いに敬語はやめましょうね、ユウリお兄ちゃん!」

「はぃ――」


  ◆◇◆◇◆◇


 それから二人して紅茶とお菓子をいただきながらいろんなことを話した。

 僕からは真淵さん、桃乃さん、水野さん、そしてこの世界で係わった人たちの安否を主に。

 フルールは、クッキーや板チョコがとても美味しいと言い、とくに餡子入りのお饅頭は銀貨と等価交換できると言った。


 フルールは自らの境遇を淡々と語った。

 この貧民街で育ちいろいろなところを一人で転々としていて、たまに修道院の工房で寝起きをして少しの仕事をもらっていると。


 僕は疑問に思ったことをいくつか尋ねた。

 一人での生活は不安でないのか?

 それにこの別宅は初めてでない感じがしたのと、マーテルさんの性格なら庇護されてもおかしくないのではと。


「一人での生活が不安といえば不安。でも、ここはそういうところなの……。前にマーテル様は言いました『ここに住んで管理をしてもいい』と。でも……」

「でも?」

「あたし一人だけを助けるということは、覚悟が必要なの」

「覚悟?」

「貧民街で暮らす人たちを助けると、三日もしないうちに噂が広がり、十日もするとマーテル様の屋敷にここで暮らす人たちがたくさん集まっちゃう。ここは、そういうところ……」

「……」


 小さく刻んだチョコレートを味わうように食べるフルールさんに、僕はかける言葉が見つからなかった。


「あたしは、恵まれた貧民街の住人。だって、マーテル様に目をかけてもらっているし、こうやって美味しい物も食べれるのですもの。もちろん、周りの住人に気がつかれないようにこっそりと」


 鈍くユラユラと揺れるロウソクの明かりが僕たちを照らすなか、僕は()たたまれなくなり、話題を変えるように尋ねた。


 ヨーゼフさんが言っていた『僕の身が一番危うい状況にある』その意味について。


「それはきっと、マーテル様の連れでしかも若い男の子だから――」

「?」


 頭にハテナマークがポンポン浮かび首をひねる僕を見てフルールは、言葉を選びながらぽつりぽつりと話しはじめた。


 十年前くらい前に起きた戦争で男手が極端に少なく、さらにマーテル様の同族と思われ、身分も高い若い男の子なら誘拐してでもほしいと思う輩がいると。

 それって、どこかで……見覚えのあるデジャヴュ……。


「マーテルさんも真淵さんもそんなことひと言も、言っていなかった……」

「真淵様という方は知らないけど、マーテル様がどこから来たのか知りたいと思う人はたくさんいる。そんなことマーテル様は気にしていないけど、パッと同族の方たちが現れたら、人々の視線が集まるのは普通だと思う」

「じゃあ、僕を誘拐するためにこんなことに?」

「違う。これはこの都の覇権をかけた争い。ユウリお兄ちゃんたちは運悪く巻き添えになっただけ」

「それじゃ、僕たちがこの都に来ていなくても争いが起きたのかな?」

「その質問はよくわからない。でも結局こうなることは目に見えていたの」


 僕は内心、安心した。

 この絵の中に入ってきた僕たちのせいで争いが起きたものと、思ったから。


 なんとなく全体像は掴めた。

 でも、点と点が繋がらない気がする。


 真淵さんは『たまにはのんびりもいい』と言っていたけど実際は違い、いまの状況。

 そして、若い男に価値があるようなことも言っていなかった……。


 いろんなことを考えてみた結果、なんとなく、あくまで推測だけどたぶん、真淵さんは何度もこの絵の中に来たと言っていたけど、でもそれは若い男ではなく――こちらの世界では年老いた年齢!?だったから、いまの状況に気がつかなかった――。


 真淵さんの予定では『農民の格好をして目立つことなく、のんびり数日間、観光』だった。

 でも、予想外の覇権争いに巻き込まれ、いまにいたる――。


「フルール、貧民街なのにあまり危険はないって言ったの、覚えてる?」

「たしか、この別宅の前でヨーゼフ様たちを見送ったときだね」

「そそ。危険があまりない理由ってなんだろう?」

「多いの」

「多い?」

「多いの、女の人が」

「えっ」

「だから危険はあまりないの」


 僕はふいに聞きたかったことを思い出し、またも話題を変えるように質問した。

 ヨーゼフさんは、マーテルさんの経営する館に連れが身を潜めていると言っていたけど、それはどんなところなのかと。


「マーテル様は専用工房に宿屋さん、酒場も一件、館となると……」

「となると……」

「娼館……」

「!!!」


 立ち上がり僕は言った。

 いますぐ案内してと。


「それはできませんっ」

「なぜ? 危険だから?」

「違うよっ」

「なら案内して!」

「できないものはできないのっ」

「どうして? なぜなの?」

「だってあそこは、男のお客さんダメだから……」

「えっ!?」

「女性専用娼館ユリディアーナ――」


『男の人は初めて――』そんなことを今朝方(けさがた)、エリーヌさんが口にしていたのを思い出し、あの時はいろんなことがありすぎて気が動転していて気にもとめなかった。


玩具(おもちゃ)……玩具(おもちゃ)としてなら入れるよ、館に」

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