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古都 オラディアの空は露草色 その5

「エリーヌ、村上様のお口のまわりにバターが跳ねたようです。拭いて差し上げなさい」

「えーと、だいしょうぷれふよ。自分て拭きますくぁら……」

「なにをおっしゃいますか、言葉を発するのにもままならない状況、私どもにおまかせ下さいましな」

「ぁう、すこし口のなかを切ったくらいれふからあんしんしてくたさい」


 朝の食卓、僕の右隣にフランチェスカさん、左隣にはエリーヌさんが座り、にこやかな笑顔を見せてくれている。


「これは私たちのお役目にございます。ささっ遠慮なさらず、お顔を隣のエリーヌのほうにお向けになって」

「村上さま、あたしのほうへ少しお身体をお向けに」

「エリーヌ、村上様のお口元にナプキンを運びなさい」

「あい」


 僕より頭二つ背の低いエリーヌさんはうるうるした上目づかいの視線を投げかけてきて、そっとナプキンを僕のほっぺたとくちびるに当てやさしく拭いた。


「キャッ、すっすみません!」


 姿勢が良くなかったのか僕にもたれかかるエリーヌさん。


「だいしょうぷれすかエリーヌたん」

「申し訳ございません、つい……」


 パキッ!


 テーブルの反対側でなにか折れる音がしてそれはなにかと目を凝らして見てみると、桃乃さんが手に持っている木製のスプーンが真っ二つになっていた。


「あら、すぐに替えの物をご用意致しますね」


 そう言ってフランチェスカさんは椅子を引き立ち上がると、壁側にある食品棚に向かった。


「でしたら、私の分もお願いできるかしら? こちらのスプーンにも亀裂があるみたいでグラグラしていますの」

「あら~、申し訳ございません水野様~。どうやら、質の良くない物が混じっていたようですね」

「品質にバラツキがあるのは仕方のないことですわ。オホホッ……ホ」

「そう言って頂けますとこちらとしても助かりますわ~。ではでは、お二人様には数本ずつ、ご用意致しますね」

「数本ずつって……クッ」


 えっと……………………。


 エリーヌさんは僕の耳元で「両手にも少し痛みがあって食べづらいでしょうから、あたしが食べさせてあげますわぁ。はぁい、アーンしてくださいませぇ」


 パキッ!


 水野さんの手に持っている木製のスプーンも真っ二つ。


 僕は長テーブルの左端に座る真淵さんとマーテルさんに熱い視線を送るもあっさりスルーされ、しかも二人とも顔を左右に振って(こっちに助けを求めるな!)みたいなジェスチャーをしてきた。


「旦那様、いかがされましたかぁ?」

「んん!?、なんでもないぞーフランチェスカ。うん、なんでもないぞ」

「そうですか。それと――村上様は、お身体のほうに痛みがあるようなので朝食後、軽いマッサージを施して差し上げてもよろしいでしょうか?」

「ん~、君たちに任せるよ」


 パキッ!

 パキッ!


 今度は二人の木製のフォークも真っ二つに……。


「フランチンコさんとペリーヌさんでしたっけ? この人はぁ~自分の粗末なモノを押し付けてくる変態ちっくなところがあるからぁ気をつけたほうがいいよぉ~」


 ブッ!と紅茶を吹き出す真淵さんとマーテルさんと僕。


「あら大変! すぐに拭くものをご用意致しますね!」


 そう言ってフランチェスカさんとエリーヌさんは二手に分かれ準備に走る。

てか、名前ミス!? をされても動じない二人。


「村上君、君にそんな趣味があったなんて知らなかったよ」

「ちっちかいますよ、まぷちさん!」

「人の趣味趣向は様々、そういったのがあっても私は君を軽蔑しないよっ! お、ありがとうフランチェスカ君」

「ちかいますよっっ」

「ふっ、若いっていいなあー」


 フェイスタオルをもらい顔を拭き拭きする真淵さん、遠い目でなにかに想いを馳せているよう。


 マーテルさんと僕はエリーヌさんからフェイスタオルをもらい顔を拭き拭き。

 その間、フランチェスカさんはお二人さんの前にスプーンとフォークを数本ずつナプキンに包み、そっとテーブルに置いた。


「ありがとうですフランオチンコさん。とぉ~プリーヌ――さんでしたっけぇ、変態さんから粗末なモノを押し付けられて大変だったでしょ?」

「いえ、お粗末なモノではないように思いましたよぅ。温かくてふんわりしていてなにかこう、歯がゆいといいますか、くすぐったいといいますか、女性にはない感覚に少し興味といいますか……さわってみたい……なんて、キャッ」

「フンッ!!」


 床に覇気を二度三度、打ち込む桃乃さん。


 ああ、なんとなくわかった。

 桃乃さんとエリーヌさん、同族嫌悪っぽい。

 背格好に話し方もどこか似ている。

 そういうことか。


「村上さまぁ、身体の節々がお痛いでしょうし、あたしにもマッサージをさせてくださいっ」

「えっと……」

「村上さまはなにもわるいことをしていないのに、おかわいそう……」


 バキッ!


 桃乃さんの手のなか、もらったばかりのスプーンとフォークがナプキンに包まれたまま真っ二つに……。


「ずるい……」ぽつりと水野さん。

「どうされましたか水野様?」と、フランチェスカさん。

「私まだ……」


 ?


「まだ、当ててもらっていなぃ……」


 へっ?


「粗末なモノ……」


 全員、ブッ! と息を吐いた。


 ◆◇◆◇◆◇


「村上様、痛かったら言ってくださいね」

「ありかとうてす、フランチェスカさん」


 目を瞑り、ゆったりと椅子に座り肩をモミモミしてもらっている僕、幸せです。

 数十分前の喧騒が嘘のよう。


「もうしばらくお待ちください、エリーヌがなにかお持ちいたしますので」

「そこまで気を使わなくてだいしょうぷてすよ」


 朝食後、桃乃さんはたくさん食べ「寝る!」と言って部屋に戻り、水野さんはマーテルさんの工房で制作途中の絵画を見てみたいと、宿屋さんから数軒離れた所にある建物に向かった。


「本当に、これでよろしいのですか?」

「ええ、これで、十分てす」


 フランチェスカさんは少しシュンとした雰囲気でそう言い、気が変わったらいつでも言ってくださいと伝えてきた。

 本当はベッドにうつ伏せになり、背中越しにマッサージを受けるはずだったけど僕は断った。

 全身マッサージをしてもらうのは助かるけど、そこまではというのもあるし、いろいろとね……。

 鼻先に甘い香りがしたので目を開けて見ると、テーブルに焼きたてのパンと温められたミルクが並べてあった。


「村上さまぁ、準備が整いましたょ」

「ありがとうてす、エリーヌさん」


 みんなで食べた朝食のうち、僕の分の朝食はほぼほぼ桃乃さんの胃の中に消えていて、いまこうして新たに用意してくれた。


「……。」

「村上さまぁ、どうされましたぁ?」

「んん、なんでもないですよ」


 いろいろと考えごとをしていたら気がつかなかった。

 そう、新しい朝食が準備されていたことと、メイド服姿の二人のことも。


 二人とも金色の長そうな髪の毛をくるっと丸め結い上げ、頭にちょこんと白いカチューシャを挟み、長いスカートをヒラヒラさせて僕のために片膝を付くその姿勢、なぜ世の男がメイド喫茶に行くのかわかった気がする。


 ひと言で表現すれば『アイドル級のメイド服姿のお二人さんに下賜(かし)付かれる僕ってもしかしたら世界一幸せかも』と、なにわけのわからないことを考えているんだと自分の心のアホッぷりに落胆しつつ、興味津々な自分。

 いろいろとだめかもしれない、自分……。


 で、そんな二人は昨日の夜……。

 そして朝……。


 18禁ソフトにこんな感じのシナリオのゲームがあったなと思い出すも、たしか最後は『刺されて死ぬ』というバッドエンドが売りのゲームだったことを鮮明に思い出した。


 うん、ここは自重したほうがいいですね。


「ささ、村上様。食べ損なった朝食、いただきましょうね」


 フランチェスカさんはそう言うとミルクの入ったカップを手に取り「少し、お熱いようです」と言ってカップに顔を近づけ、フゥフゥ~と息を吹きかけ冷ましはじめた。


 こっこれは、やばいです。


「どうされました?」

「いっいえなんでもないですよ」

「そうですか……」

「あっと、フランチェスカさん、ありがとうです」


 僕はそう言いながらミルクの入ったカップを強引に奪い、口に付けた。

 ちょっと、いやかなり熱いけど我慢して一気に飲み干す。


「まだお熱いですよ! 口元にミルクが垂れてしまいましたわ。エリーヌ、拭いて差し上げなさい」

「あぃ」


 すばやく僕の口元に布ナプキンがあてがわれ、そっとやさしく拭いてくれ、僕はお礼を言った。

 それに対してエリーヌさんとフランチェスカさんは顔を互いに見合せ、なにか思い詰めたように、なにも言わずただ黙っていた。


 はい?


 なにか気分を害することを?


 沈黙が流れる。


 わからない。


「……村上様、お願いがございます」

「なっなんでしょう、フランチェスカさん……」

「私共のことは、呼び捨てでかまいませんので。それに、もっと横柄な態度で接してくださいまし……」

「えっ?」

「私共はマーテル旦那様に仕える小間使い。なら、旦那様の大切なお客様であらせまする貴方様は、私共に『こうしてほしい』と好きなように言える立場にございます」


 二人は下賜(かし)付きさらに言った。


 本来なら、私共は反論、助言、願いをする立場にはなく、ただ主人の命に従うだけ。

 もちろん主人の大切なお客様を粗相に扱うのはもってのほか。

 それがこの世界のルール。

 しかし旦那様、マーテルさんは違うと。


「本来であれば村上様と対等にお話することなど、ありえません。ですがマーテル旦那様はあちらの世界での感覚を大切にされております。ゆえに『あちら風』的な接し方をするよう私共は言われております」

「それって、いままでの対応はこちらでは異端!? なのでしょうか?」

「そうなります。しかし旦那様はそれを、気さくな雰囲気を、望んでおられます」

「なるほど……」

「こちらの流儀に『すべてを合わせる』とはいかないまでも、もう少し横柄な態度で私共に接していただけますと、助かります」


 この世界の基準に照らし合わせるなら、僕は二人を呼び捨てにして、頼みたいことがあるなら命令口調で伝えなければならない。

 それがこの世界の普通ならそれは仕方のないこと。


 でも、僕の心がそれを許さない。


 だから伝えた。


 出会って少ししか経っていないけど、いままでと同じように君たちに接すると。


 それに対して二人はどこか納得のいかないところもあるみたいで、三人で話し合った結果、この宿の中ではいままで通り。

 しかし一歩外に出たらこの世界のルールに従ってもらうと。


「では、外出したときの予行演習です。私共を呼び捨てにして、どのようなことでも良いのでなにか命令をしてください」

「命令ですか……フランチェスカさん」

「フランチェスカ、エリーヌとお呼びください」

「……では、フランチェスカ。紅茶を一杯いただけるかな?」

「かしこまりましたわ」


 にこやかな笑みを見せてくれるフランチェスカさん。


「むぅ~ずるいー。あたしにも~」

「えーと……。エリーヌ、ほっぺたにちゅーして」

「はいな!!」

「じょっ冗談ですよっ!」


 ハッとフランチェスカさんと目が合い「私が先ですっ!」と言って迫ってきた。


 バンッ!


「フランチェスカ、隠者の箱船に行きなさいっ!」


 勢い良く開いたドアの向こう側、恰幅(かっぷく)のいい女中さんはそれだけ伝えるとドアを閉めた。


「村上様、私の後についてきてください!」

「えっ」

「時間がありません、詳しい説明はのちほど!」


 五分後、庭の片隅に隠れる僕たちの耳に、宿屋の室内が荒らされていく音が聞こえた。

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