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古都 オラディアの空は露草色 その4

 朝、ドアをノックする音で僕は目覚めた。


「どちら様でしょうか?」

「俺だ、マーテルだ」

「鍵は掛けていませんので、お入りください」


 真淵さんが帰ってきても入れるように鍵をかけておかなかった。


「この宿は安全だが明日からは一応、施錠をしておいてくれ」


 そう言いながらマーテルさんは入って来て、昨日の酒場での雰囲気とガラリと変わっていて白いシャツに紺色のズボンがよく似合っていた。

 おかっぱ頭の似合う、芸人さんのボケ担当オーラがあって細身でいい感じ。


「というかこの部屋、かなり臭いな」


 そう言われ僕もハッと気づいた。

 プンッとすえた臭いが鼻に付く。

 東京の新橋駅前に広がる飲み街の朝方と同じ臭いだ。

 で、部屋中に蔓延する臭いの元は、部屋の片隅の床、毛布に包まり寝ている真淵さんから。

 なぜにそこで?


「まぁ~ぶ~ちぃ、あんた飲み過ぎ」


 毛布ごと左右に揺らし真淵さんを起こそうとするマーテルさん、ハッとなにかに気づいた。


「こっこいつ、吐いたのか!?」

「えっ」

「どんだけ飲んだんだ……」


 ベッドから降り真淵さんの近くに寄ってみると、少量だけど床に液体の乾いた跡があって食べ物のカスみたいなものも溜まっていた。

 僕は無言のまま反対側の壁に向かい、三ヶ所あるすべての窓を全開に開けた。

 冷たく心地よい風が室内に入ってきて室内の空気を攪拌(かくはん)しはじめた。


「ふぁ~気持ちいいです~」

「村上君、よくこんな環境のなかで目を覚まさず寝ていたね」

「きっと疲れていたので気がつかなかっただけですね」

「だろうね」


 本当、自分で自分が信じられない。

 この臭いのなか、よくも起きずにスヤスヤ寝ていたものだ。


「ウウッ、頭が痛い……。水をくれ……」

「余程美味い酒を飲んだようだな。というかお前にしては珍しいな」

「水ぅ~、水をくれ……」

「村上君、悪いが厨房に行って水をもらってきてくれ。いや、少し温めたお湯がいい」


 僕はどのくらい必要かと尋ねたら真淵さんが「いっぱいだ。お湯より冷えた水がいい」と言い、それに対してマーテルさんは「いや、お湯だ。小さな水壺一つで十分だ」と言ったので僕はマーテルさんの指示に従うと言った。

 部屋をあとにする寸前、マーテルさんは女中も呼んできてくれと付け加えた。


 階段を降りる最中、僕は思った。

 二日目の朝はプチイベント発生ではじまり今日も一日、退屈せずに濃い日になるなと確信した。


 ◆◇◆◇◆◇


「あらまぁ~やりましたねー」

「臭いの元はコレだ。すまんが着替えと身体をきれいにするのを手伝ってやってほしい」

「はいですわ、旦那様。ですがその前に、臭いの元様にこれを服用してもらいましょうかね」


 そう言って紺色のメイド服姿の恰幅のいい女中さんは、小さな曇りガラス瓶をテーブルの上に置いた。


「ゲゲッ……それは、勘弁してほしいな……」

「体調不良と二日酔いにはこれが良く効く。とくに酒の飲み過ぎにはこれが一番!」

「苦いし臭いし後味最悪だし第一、人が口にしていいものじゃないだろうに」

「ただの薬草だぞ。ちょいとばかり渋みとえぐ味が強くて鼻が馬鹿になって、一日中臭いが取れないがこの世界で最高の効能を発揮するんだぞ」


「いや、それは知っているよ。でも……」

「ん? お前、これを服用したこと、あったか?」

「なに言ってる。口に入れたから知っているんだろう?」

「それもそうだな。でもいつだろう……」

「いつでもいい。もう頂くから、お湯に溶かしてくれ」


 女中さんはガラス瓶のフタを開け、細切れになった葉っぱを数枚取り出し、手際よく指で磨り潰し陶器製のコップに入れてお湯を注いだ。


「どうぞ、臭いの元様」


 蔓延の笑みで手渡す女中さん。

 横からどんなものかと鼻先を近づけたら、以外にも臭いは薄い。

 服用しないとわからないのかも。


 グッと堪えて一気に飲み込む真淵さん、かっこいいですよ。

 アニメ表現で言うところの、顔からサァッと血の気が引いていく演出風になっていく真淵さん、素敵です。

 飲み込んだお湯を吐き出さないよう両手で口元を抑え、グッと堪える真淵さん、かっこよくて素敵ですよ。

 まさに『他人事だから言える感想』


「あらあら、こちらのお坊ちゃんもこれに興味がお有りで?」

「イヤイヤ、止めておきます。僕は二日酔いではないので」

「あらそうですか、残念。でも身体にいいのですよ、試しに頂きましょうね!」

「イヤイヤイヤイヤイヤ、遠慮しておきます。僕、身体が弱いもので……」

「なら、尚更(なおさら)服用しましょうかね」

「グッ」


 ベッドに腰掛けながら全力で拒否する僕。


 この恰幅いい女中さん、見た目とは裏腹に絶対Sだ。


「旦那様、こちらの方の身支度を整えに席を外しますね」

「頼む。朝食は軽めの物を準備しておいてくれ」

「かしこまりました」

 女中さんは真淵さんに肩を貸しつつ部屋を後にし、入れ代わるように二人の女中さんがドア前に現れ、手には布切れとバケツ、タオル、水差し壺などを小脇に抱え立っていた。


「旦那様、すぐに清掃を致します」

「頼む。それとこの子のために着替えをひとつお願いできるかな。サイズは、わかるだろう?」

「サイズは――。かしこまりました」

「俺はヤツの様子を見てくるからあとは頼んだ」


 マーテルさんはそれだけ伝えると二人の後を追うように部屋を出た。


 さっきまで慌ただしかった室内に静寂が訪れ、ほっとひと息する僕。


 髪の毛を後ろで束ねた若い女中さん二人は僕に一礼をすると、なにも言わず真淵さんのやらかしたブツの処理をはじめた。

 背の高い女中さんは腰を折り床に両手を付いて、汚物を布切れに吸わせバケツの中、素手で洗っていく。

 もう一人の背の低い女中さんは、汚れている他の箇所に雑巾掛けと汚れた毛布を回収。

 テキパキ働く二人を僕は、ベッドに腰掛け見ていた。


「きれいにしていただき、ありがとうございます……」

「……」


 返事はない。


「えっと、なにか僕に手伝えることはありますか」

「……」


 黙々と手を動かす二人。


「あの人が汚してしまってすみません……。ちょっと昨日の夜、飲みすぎたみたいで……」

「これは私どもの仕事ですので、お気遣いなさらぬよう」

「そうですか……」


 手慣れているせいか数分もしないうちに汚れていたところはきれいになり、臭いもほとんど感じない程度までになっていた。

 背の高い女中さんは濡れた両手をタオルで拭きながら立ち上がると言った。

 服のサイズはいかほどに、と。


「サイズですか、Mサイズと言っても伝わらないし……さっきマーテルさんは僕のサイズはわかっている!?と言ったのですが、あれは……」

「……では、サイズを測りますのであちらを向いて立っていただけますでしょうか?」

「はい……」


 僕は立ち上がり窓のほうに顔を向けた。


「あたしが測りますっ」

「いえ、私が測りますわ」

「あたしですっ」


 ?

 背中越しのため二人を見ることはできない。


「んも、わかりました。あなたが計測しない」

「あぃ」


 ???


 次の瞬間、抱きつかれ「動かないでくださいっ」と言われ僕はフリーズ。

 時間にして十秒程度。


「測り終えました。ありがとぅございました」


 くるりと振り向くと僕より少し背の低い女中さんはニコリと笑顔を見せ、その前に割り込んできた背の高い女中さんは両手をお腹の前で揃え、深々とお辞儀をした。


「このような形での採寸になり、申し訳ございません。本来なら――昨晩のうちに測り終えていたものと思います。その辺りはどうかご了承願いたく存じあげます」

「えっ」

「なにか?」

「ええっ!」


 あきらかに作り笑顔で対応してきて僕は一瞬戸惑うも、すべてを理解した。


「昨晩のうちにって……、寝る間際に来た二人の……」

「本当に申し訳ございません。質の悪いモノを送りつけてしまい、言い訳はいたしませんので」

「質の悪いモノだなんてそんなこと思っていないし、それに……」

「本当のことにございますから、お気にせず――」

「違うよ!」

「なにが違うというのでしょう?」

「えっと、だから……」

「もし、仮にもし、本当に質の良いモノでしたら、ドアを開けたと思いますわ」

「その、そういうのじゃなくて……」

「『そういうのじゃない』とはなんでしょう?」


「……」

「差し出がましいかと思いますが、たしかもうお一人の方はすでに寝に入っていると――お聞きいたしましたが、あれは、私の聞き違いのようでしたね」

「ぁぅぁぅ……」


 容赦なくキッと睨み付けてきて、僕はヘビに睨まれたカエルになった。


「もぅ、そのくらいにしてあげなよ。フランチェスカも大人げないよ」

「貴女は黙っていて」

「んもー。すみません、うちのフランチェスカが言い過ぎて。これでもいつもはやさしい人なんですよ」

「なにひとりで勝手にまとめようとしているの!?」

「だって……話しが全然進まないんだもの」

「ウッ……」


 まったく気づかなかった。

 昨晩の二人がいまここに……。

 じっと二人をよく見ると紺色のメイド服が似合う、かわいらしい女性と、女の子。

 僕は気づかなかった非礼を詫びた。

 そして素直に言った。

 そういったことに慣れていない――というかそういうのにも疎いのですと。


「謝らないくださいまし。私もつい言い過ぎてしまい……」

「フフン。冷静でいられたのはあたしだけね」

「クッ。あっと、紹介が遅れました。私はフランチェスカ、こちらはエリーヌ。以後お見知りおきを」


 スカートの先をつまみ、片膝を軽く曲げ丁寧に挨拶をする二人に圧倒されてしまい慌てながら自分を紹介。

 真淵さんたちと一緒にこの世界に昨日来たばかりで、マーテルさんと真淵さんは知り合いで、その縁で僕がここにいると。


「村上様、存じておりますゆえ大丈夫にございます。御紹介、ありがとうございます」


 少し前までとは違いにこやかな笑みを見せてくれるも、僕の心はここにあらず。


 昨晩の二人は肌が透けるほどの薄い服を羽織っていて、どこか艶かしい雰囲気があって、とても甘くいい匂いがしていた。

 いまは長袖のメイド服でがっちり守られていてあんな感じは微塵も見られないけど、服の下は……。


 もし、あのままドアを開けていたなら僕は二人を相手に……。

 いや、正確には二人に(なぶ)られたと思う。

 それはいままで生きてきた人生、絵画の中、すべてにおいて経験したことのない瞬間になっていて、それに溺れていたかもしれない自分の姿を想像するつもりはなかったのに妄想癖がある僕は、脳裏に妄想がどんどん膨らんでいって止めることができなかった。


「どうかされましたか? 体調がよろしくないのでしょうか?」

「いえ、なんでもありませんよ」

「ですが腰を折り、少し前かがみになってどこか息苦しいような……」


 ちょっと、ちょっと元気になって――なんて言えない。


「なにか不手際でも……。あっ」

「どうしたのフランチェスカ?」

「エリーヌ、村上様は体調がすぐれないご様子。(ねや)にお誘いしてあげなさい」

(ねや)、こんな朝から!?」

「ええ、そうよ。きっと、昨晩の私たちのことを思い出して、悔恨の念に囚われたのでしょう」

「村上様、朝からお元気でびっくりしました……。でもあたしでよければ……」


 エリーヌさんは僕の手を取るとベッドに誘い自らベッドに横たわり、釣られて僕もシーツの上に倒れ込んだ。

 正確にはエリーヌさんの幼い身体の上に。


「村上様、男の方は初めてなのです……。やさしくしてください……」

「ごっごめん、こっこれは!」


 背中から両手で押される感触がして振り向こうとしたら、フランチェスカさんに制止されてそのままエリーヌさんの身体を押しつぶす形になってしまった。


「村上様……当たってますぅ……」

「ちっ違うのこれは!!」


 ハッと殺気を感じドアに視線を向けると――。


「あーさぁーかーらぁーなにぃをーやって、いるのぉーよぉぉぉぉぉぉー」

「ちっちちちがうんだよ、桃乃さん!!」


 隣、まさしく汚物を見る視線で僕を見つめる水野さん――。


「村上君、賽の河原で石積み、してみる?」


 なにごとかと駆けつけたマーテルさんと真淵さんが来るまで僕はベッドの上、プロレス技をかけられ瀕死の重傷で黄泉の淵を彷徨っていた。


●『第66部分 古都 オラディアの空は露草色 その3』最後を一部修正しました。

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