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古都 オラディアの空は露草色 その3

「~という感じだ」


 真淵さんはひと通り僕たちのことを説明。

 そのあいだ僕は酒場の雰囲気を楽しむ。

 学校の教室より少し広い程度で、お店の人とお客さんを含め十人くらい。

 天井低く一面木造で、時折暖炉から燻り立つ煙が天井を灰色に汚していき、そのせいかツンと焦げた煙の臭いが時折、鼻をかすめる。

 ほかのお客さんからすると僕たちは、酒場の端っこで農民たちが集まってなにか話しているように見えていると思う。


 テーブルには肉を焼いた料理やパスタのようなもの、茹でた塩味の野菜に、大人たちは陶器の容器でお酒、僕たちはうっすい紅茶のようなもの。

 見た目はアレだけど、以外に悪くない。

 表現するなら『野生の味が濃い』そんな感じ。


「なるほど、真淵の幼なじみ!?が桃乃ちゃんでしかも幽霊でその栄養分となっているのが村上君でその同級生が水野――さんだったかな?」

「そうだ」


 うーん、当たっているだけに否定できない。


「失礼ですがマサルさんはおいくつなんですか?」と水野さん。

「二十六才。元の世界だと二十代半ばは若い部類だけど、こっちだとおっさんの仲間入りさ」


 マサルさん、おかっぱ頭にほっそりした体型、背は僕より少し高いくらい。

 少しぼんやりした雰囲気があって例えるなら、冴えない芸人さんのボケ担当という感じ。


 水野さんはさらに「やはり、元の世界との平均寿命の違いによるものでしょうか?」

「そういうことだ」

「二十半ばでダンディーな枠に入るということは、五十前後が寿命でしょうか?」

「階級によって違うところが大きいかな。第一次産業の人はそれよりマイナス十才くらい。第二次なら五十手前。貴族なら六十、七十がごろごろいる。あ、ここのところ戦争がないから騎士や兵士も五十は生きれるね」


「そのあたりは絵画の中でも同じなのですね」

「それに関しては俺もびっくりだよ。もっとこう、夢のある世界かと思っていたら、元の現実社会に引っ張られてるところがあって、どこの世も世知辛いものなんだなーてっ実感したよ」

「どこの世も世知辛い――。夢のない話しですね」

「本当だよ。この世界でも通貨とコネと階級がものをいう。夢も希望もないよ」

「夢と希望、千葉の海沿いのチューランドになら三百六十五日ありますわ」

「海沿いのチューランド? よくわからんが行ってみたいものだ。夢の国」

「はい?」


 首をかしげる水野さん。

 僕も首をかしげ、隣に座る桃乃さんも首をかしげた。


「彼、マサルはチューランドがオープンする前にこの世界に来たのだよ」

「「「えっ!」」」

「いろいろあってね。まさに『人に歴史あり』な感じなんだ」


 そう言うと真淵さんは、空になった容器を指差しながらお店の人に三杯目のエールをアイコンタクト。


「もう、真淵ちゃん。飲み過ぎだょ」

「まだ大丈夫。なにせ技術の発達の違いでこちらの酒は度数が高くないんだ。だいたい半分以下くらいかな」

「それでも飲み過ぎー。きっとトイレが近いぞ」

「ああ、トイレは近いかも。だけど大丈夫、この世界にも清潔なトイレがあるから野外でする習慣はない」


 その言葉にピクリと反応する水野さん。

 えっと、気にしすぎです。

 誰も気にしていませんて。

 僕を除いては。


「真淵先生~。質問なりよ~」

「なんでしょう桃乃君」

「あたしたちの秘密を明かして問題ないの?」

「大丈夫、問題ない」

「ほんと?」

「第一、漏れたところでこの世界にいるのだから、なにも起こらない」

「あぁ、そうだよね~」

「そうだよ~」

「でも、元の世界にマサルさんが帰りたいっていったら、どうするの?」


 みんなの視線がマサルさんに集まる。


「マサルは――もういない。死んだ。その代わり、マーテルがいる。それが答だ」

「それってもう、元の世界に未練はない――と捉えていいのですね?」

「そうだ、水野さん。君は、聡明で、美人で、可愛いね」

「あっありがとう……ござい……ます……」

「今日の水野君は饒舌。そんなにこの世界に興味があるのかね?」

「興味といいますか、日々の生活にはないハラハラドキドキがあって貴重な体験ができるのですもの、誰だってそうだと思いますよ」

「たしかにそう言われればそうかもしれないな」

「そうですよ。とと、話しは変わりますがマサ――、マーテルさんは工房にお勤めですか?」


 その問いに対し真淵さんが、なぜそう思うのか尋ねた。


「襟元と左腕の衣服のところに絵の具が跳ねていて、それに爪に若干、絵の具が付着しているのでそう思いました」

「それで工房で働いているのではと?」

「はい」


 マサル――マーテルさんは短く「正解でもあり間違いでもある」と口にした。


「彼、マーテルの『正解で間違い』というのは、彼は画家で絵を描き生業としている。しかし工房勤めではないということ」

「マーテルさんは工房で絵を作らず、独立しているということなのですね」

「そうだ」

「すごいですね」


 三人の会話についていけず僕と桃乃さんの頭上にハテナマークがポンポン浮かんだようで、真淵さんはやさしく説明してくれた。

 単純に言ってしまえば工房とは、注文を受けた絵を親方と弟子たちとで流れ作業で描くようなもの。

 マーテルさんは独立しているので注文から絵の制作まで全部、一人でおこなっていると。

 なんでもこれはすごいことだとも付け加えた。

 水野さんはウンウンとうなずきながら真淵さんの説明を聞き、追加で『歴史、美術の教科書に載るレベル』とも言った。


「この都市の規模がどのくらいかわかりませんが、独立して作品を仕上げるとなると、ほんの一握りでは?」

「そうだね。水野さんの言う通り、俺を含め五人と聞いている。ちなみに俺は末席の五人目さ」

「またまた御謙遜を」

「御謙遜……。なんとも日本の語彙(ごい)というものは不思議。そして懐かしくもあるよ。しかし末席というのは事実。理由、それは君たちが運んできてくれたおかげで末席にいられるというのが、正解かな」

「衣服に付着した絵の具を見て、運んできた物をお渡しする相手はもしやと……」

「そういうことだ」


 僕たち四人が革布の袋に入れてこちらの世界に持ち込んだ物品のなかに絵の具一式があって、それは僕が背負ってきた袋の中身全部が絵の具。


「そう、俺は……この世界で、異世界無双をしているチンケな男だ」


 シンと静まり返る僕たちのテーブル。

 僕はかける言葉が見つからずただ黙るばかり。

 そんななか、真淵さんはなにごともなかったように「絵の具ひとつで無双できるわけないだろう、お前の腕がいいからだ」と言い、さらに「お迎えが来たぞ」と短くつぶやいた。


 ふいにマーテルさんの斜め後ろに背広姿の男性が立ち、(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。


「お迎えに上がりました。――お呼びにございます」

「お呼び? 誰です?」

「この場でお伝えするわけには……」

「この席にいる方々は問題ない。海向こうの、遠方よりの来客だから」

「そっそうですか、失礼致しました。遠路遥々よりの来訪、この世界の住人を代表しまして歓迎致します。さて、歓談盛り上がるなか、誠に申し訳ございませんが早急の件になります。アルテミット伯爵夫人がお呼びにございます」

「げっ、また修正の注文か。今年に入ってこれで二度目。もう勘弁してほしいよ」

「旦那様、一部修正致します。三度目になります」

「ああ……。すまんがみんな、これにていったんお開き」


 肩をすくめ、両手を左右にふらふらさせて困った仕草をするマーテルさんはすっと立ち上がると「話しの続きはまた今度、ブツの回収に小間使いを向かわせるから」と言って二人して早歩きで酒場を後にした。


「絵を直してほしいの?」と、ぽそっと桃乃さん。


「直すのは難しいことじゃない。他の画家でもできる。ただ」

「ただ?」

「直すことはできても無理なんだ、マーテル以外には」

「なんで?」


 キョトンとする桃乃さん。

 僕も同じ意見。


「真淵さんの伝えたいことそれは、この世界で彼しかできないこと、絵の具の調達ですね」

「その通りだ、水野君」


 それを聞いて僕は、あらためて実感した。

 この世界が、異世界であることを。


 ◆◇◆◇◆◇


 酒場での夕食後、僕たちはマーテルさんが用意してくれた宿先に向かいそのまま寝床に付いた。

 真淵さんを除いては。


 女子二人は別室で就寝。

 そこそこ疲れていたみたいですぐに寝ると言っていた。

 真淵さんはこの古都、オラディアに来たら会わなくてはならない人物に会いに行くといって、迎えにきた馬車に乗って宿を後にした。

 なんでもマーテルさんを擁護している貴族の人で、お土産にウイスキーを二本と数種類の薬を持っていった。


 部屋に残された僕はベッドに入るもなんだか寝つけず、窓のそばに立ち外の景色に視線を向けた。

 三階建ての角部屋から見える街並みは薄暗く、かろうじて月や星々の明かりでなんとか見える程度。

 時折、近くの酒場から声が漏れたり、犬猫の鳴き声、どこからか楽器を弾く音がしたくらいでいたって静か。

 開け放たれた窓から少し寒いくらいの風が入ってきて、部屋の空気を換気してくれる。


 熱くて飲めなかった紅茶のようなものは徐々に冷えて飲み頃。

 陶器のカップに少量入れ頂く。


「美味し……。てか、まだ眠れそうにもないなぁ」


 つい独り言が漏れる。

 そして眠れない僕。

 だって時刻にしてたぶん七~八時くらい。

 現代社会と違って日の出とともに日々の営みが始まり、日の沈みにより一日が終わる世界ではこれが普通なのだろう。


 そう考えると、あの物語の二人は、いまごろから死神を目の前にしてヴァイオリンを弾き始めたのかな?

 あの物語を単純に言ってしまえば、死ぬときは死神でも変えられなくて、まじめに生きることの大切さを、説いた説教的物語!?

 それともなにか寓意に満ちた隠されたメッセージ性がある寓話!?


 わからない。


 それによくわからない点がいくつかある。


 二人に『ヴァイオンリの音色を聴かせて欲しい。満足のいくものなら、いくらばかりか寿命を延ばしてもかまわない』と、言った。

 でも最後で『死せる日を、変えることはできないのだよ。私として』とも言った。

 それってあきらかに矛盾している。


 じゃあ、死神が嘘を言ったのか?

 でもそれはない。

 だって死神は二人に言った。

『嘘を付けない』と。


 もしかしたら『嘘を付けない』というのも嘘で、本当は嘘を付けて二人をからかっただけ!?

 でも、それはないような気がする。

『死を司る神』自分も神の一人だから『嘘を付けない』というのは、なんとなく本当な気がする。

 第一、嘘がぽんぽん付けたら物語が破綻してしまうし、面白くない。

 それにそんな物語を面白いとは誰も思わない。


 なら、死神も神様の一人で、嘘を付けないというのはやっぱり真実で、でもそうするとヴァイオリンの演奏を聴かせてくれたら寿命を延ばすと言いつつ最後で『やっぱ無理!』の矛盾が説明できない。


 考えれば考えるほど混乱していく。

 知恵熱ってやつがぽわ~んとモクモクとも出ているような気がする。


 で――いろいろ考えて出た僕なりの結論は、

『人は環境によって変わっていくもの』

 しかし、

『その環境が変わったからといって傲慢になってはならない』

 そして、

『終末、死は誰にでも平等に訪れ、それを変えることはできない』

 そう、

『神とて』


 を、言おうとしているのかなーって。


 ――ッ。

 ?

 ふいにドアをノックする音。


「夜分遅くに申し訳ございません。まだ、起きていますでしょうか?」


 囁くような女の人の声。

 椅子から立ち上がりドア手前にこっそり向かう。


「すでに、寝に伏せておいででしょうか……」

「えっと、起きています……。どういったご用件でしょうか?」

「あぁ起きていますか。今宵は、季節外れの寒さがあり、人肌恋しいのではと存じ上げます」

「えっ?」

「もしよろしければ――ドアを開けて頂けないでしょうか?」

「えっと……えっと…………」

「お二人様とお聞きしております」

「はい、まぁ…………」

「こちらも二人、夜は長くも短きもの。ひとときの歓談でもいかがでしょうか」


 歓談って……。


「えっと、こちらとしては……間に合っていますので、どうかお引き取り願いたく……」

「……。あなた様のお考えもあるかと存じ上げますが、せめて私どもを拝見してからお決めになってもよろしいかと――」


 これは、開けたら確実に押し切られる自信がある。


「一人はすでに寝ていて、私も寝ようかと思っていまして……」

「でしたら、あなた様に寄り添いひとときの暖を差し上げたく思います」


 いきなり現れてしかも男が二人いることも知っている。

 どうみても誰かが寄こしたものに違いない。


「貴女方を寄こした方にお伝えください。二人ともすでに寝ていたと。あとでなにか言われても寝ていて気づかなかったと、口裏を合わせますから安心してお帰りください」

「……そうですか。こちらには数日滞在しているとお聞きしております。もし必要とあらば、お呼びくださいまし……」

「はい……」


 ドア越し、二人が遠のいていくのが聞こえたのでこっそりドアを開けて見てみると、僕より少し背の低い女の子と、すらっとしたスレンダーな女性がいてどちらも肌が透き通って見える薄着を身に付けていて、静々と歩いていた。

 ふいに女の子は立ち止まり、振り向こうとしたので慌てて静かにドアを閉めた。


 こういったのはこれで二回目……。

 余裕!?を持って対応できたと、自分を褒めたい。

 はい、ちぉ~っともったいない気もするのが本音。

 でも『一人はもう寝ている』と言ってしまった手前、入れるわけにはいかないし第一、二人を相手にするわけにもいかないし、そんなマンガ的ハーレムが目の前にコロンと転がったのは惜しい気もするし、そんなこんなで僕は元気です。

 トイレに行って寝よう。


 で、二人を向かわせた依頼者、だいたい検討はつく。

 というか一人しかいない。


 が、僕の相手にと来た女の子、ちょっと若くないですか?

 僕、がっつり犯罪者になってしまいますよ、マーテルさん。

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