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古都 オラディアの空は露草色 その2

 とある国のとある町の外れ、とても信仰深くまじめな二人の若い男が住んでいました。


 二人はヴァイオンリ弾き。


 二人はとてもとても貧しく、その日の食べ物にも困るくらい貧乏。

 二人の家は隣同士で、町から数里離れたところにあり、祝いの席や教会などで弾いては少しの路銀をもらい生活をしていました。


 そんなある日の夕方、自宅に帰ろうと草原のなかの一本道を歩いていると、道の脇に立つ大きな(かし)の木の下から二人を呼ぶ声がしました。

 声の主は切り株に腰掛けていて黒い布で全身を覆い、顔をフードで隠し、脇には鈍く光る三日月形の刃の大きな(かま)があり「私は死神、おまえさんたちを迎えに来た」


 二人は声を荒らげ驚きましたが、疑いの眼差しを向け「本当に死神ですか?」と尋ねました。


「もちろんだとも、嘘は言わない。なにしろ嘘がつけないのだから」

「え? なぜ嘘がつけないのですか?」と、一人のヴァイオンリ弾きが尋ねました。

「死を司る神だからだ」

「なるほど、だから死神と呼ばれるのですね」と、もう一人のヴァイオンリ弾きは言いました。


 さらに「さりとて、なにか証明できるものがないと、あなたが嘘を言っているとしか……」

「嘘だと?」

「はい。神の名を語る以上、それ相応の覚悟が必要ですよ」


 男はその言葉に小さくうなずくと、やおら立ち上がり顔を隠しているフードを後ろにまわし、髪の毛も肉もない頭蓋骨の頭をさらけ出しました。

 ぽっかり開いた両目の丸い穴はなにもかも吸い込みそうな勢いで、奥から鋭い眼光が刺してくるように二人は感じ、そのまま地面に尻餅をつきズリズリと後ずさり。


 そんな二人にかまわず死神はこう言いました。


 今宵、私に美しいヴァイオンリの音色を聴かせて欲しい。

 もし、満足のいくものなら、いくらばかりか寿命を伸ばしてもかまわない。


 そう言いました。


 二人は地面に両手と腰を付き震えていましたが、頭蓋骨頭を目の当たりにして逆に覚悟が決まったのかすぐに冷静になり「わかりました」と返事をしました。

 そしてそのまま一目散に家に帰り、ヴァイオンを手に取ると死神のいる木の下まで走って戻ってきました。


 そして二人は自分たちの得意な曲を交互に弾き合い、そのあいだ死神はじっとヴァイオンの音色に空洞になっているだけの耳を傾け、ひと言も声を漏らさずただ黙って聴いていました。


 時はすでに夜。


 涼しい風が草原を吹き抜け、無数の星々がキラキラと輝くなか、燃えるような激しい曲調から、赤ん坊を寝かしつけるようなゆるやかな曲まで、共にヴァイオリンの弦が切れ演奏できなくなるまで弾き続けました。


「もう、弾けません……」


 疲れ果て倒れ込む二人。


 死神は無言のまま立ち上がると二人の頭を掴み「美しい音色を有り難う。約束通り、お前たちに五十九の猶予を与えよう。お前たちが望む世界も約束しよう。そして約束の時、必ずこの場所に来るのだぞ」


 そう告げると死神の左目の奥が微かに青白く光り、そして切り株に吸い込まれるように沈んでいき、それはあっという間のできごと。


 ヴァイオリン片手に二人はそのまま深い眠りに落ち、お互い目を覚ましたのは次の日の夕方。

 どうやら半日以上、寝ていたよう。


 眠い目をこすりながらあたりを見回すと、二人の周りには大勢の人たちが取り囲み、食い入るように見ていました。

 そのなかの一人の男が起きたばかりの二人に向かってこう尋ねました。

 なぜひと晩中、ヴァイオリンを弾いていたのか?


 二人は互いに目を合わせ少し会話をすると、とつとつと昨晩起きた出来事を口にしました。

 取り囲む人たちから驚きの声が上りましたがそれよりも、二人ともお腹が空いていたのですぐに家に帰りました。


 死神と二人のヴァイオンリ弾きの話しはすぐに町中に広がり、さらに隣町や村々、果ては王都まで広がりました。


 死神との出来事から六日目、二人の元に兵士が数人尋ねてきて「王様がお呼びだ。楽器を持って付いてこい」と言われ王様が住まう王都に連行されました。


 お城の大広間、貴族や衛兵、裕福な商人たちが左右に整然と並び恭しくする視線の先、白い髭を蓄え頭には王冠を被り、年齢は七十くらいの王様が玉座に座っていました。

 大広間の中央、膝を床に付き、(こうべ)()れる二人のヴァイオリン弾きの姿がありました。


 王様の斜め前に立つ一人の黒く長いローブを羽織った男が告げました。

 真実を話せと。


 二人は顔を見合わせうなずき、事前に準備していた事の顛末を話しました。


「その内容は、噂で聞いているものと同じだ。ほかになにかないのか?」

「なにかと言いますと……」

「なんでもよい」

「とくには……」

「ハッ、なんでも良いと言っておろうに!」


 怒鳴り口調で男は言うとさらに「どうせ取り入ろうと噂を流しただけだ!」と言い放ち、くるりと王様のほうへ身体を向け胸に手を当てお辞儀をしながら「お時間の無駄にございます。風説(ふうせつ)流布罪(るふざい)で牢に入れるのが最善かと進言致します」


 二人は慌ててこれは『真実ですっ』と言うも男は聞く耳を持ちませんでした。


「では、ワシが直々に尋ねよう。死神とやらはどのような風貌であったか?」


 王様直々の問いかけに萎縮する二人。

 それでも心を奮い立たせ「そっそれはさきほどお話した通りに、ございます」

「ふむ」


 ふと一人のヴァイオンリ弾きは思い出したように「切り株に沈む直前、頭蓋骨の目の奥が光ったように見えました」


「それは右目か?」

「いえ、左目でした」

「ふむ、ではそれはルビー色か?」

「いえ、青白く――宝石に例えるなら、エメラルド色に近いかと――」


 その言葉に一番驚いたのは黒いローブの男で、王様は告げました。

 お前には失望したと。


「こっこれは、些細な意志のすれ違いによるものでっ、その……」

「ワシに二の次を言わせるな、下がれ」

「あぁ……」


 黒いローブの男はその言葉を最後に大広間から退場しました。


 王様はゆったりとした口調で告げました。

 死神に聴かせた曲とやらを、この場で弾くように。


 その言葉に二人は深々とお辞儀すると立ち上がり、死神に聴かせた音色を交互に弾きました。


  ◆◇◆◇◆


 それから一年後、二人は有名なヴァイオリン演奏者になっていました。

『死神をも魅了し虜にする音色』と評され、次々と演奏会や舞踏会に呼ばれ、はたまた貴族からは息子たちの音楽教師にと声もかかりそれから三年後、二人とも美しく気立ての良い女と結婚をして子供にも恵まれました。


 さらに七年後には平民から貴族へと身分が変わりました。


 時が立つにつれ、二人は変わりました。


 真面目で信仰深いあの頃の面影は、いまや見る影もありません。

 傲慢で、わがままで、けちで、神をも恐れぬ人間になっていました。

 二人ともとうの昔にヴァイオリン弾きをやめ、いまや王様の脇に立つ宮廷貴族になっていました。


 それから数年後、二人はただの宮廷貴族ではなく、国事を左右する事柄から、民衆、宗教、商業、あらゆることに意見、考えを述べられる地位になっていました。


 さらに変わったことと言えば、白髪混じりの腰の曲がった老人になっていたこと。


 そしていくつもの四季がはじまってはおわり、死神との約束をすっかり忘れ去りました。


 そんなある日、二人は執務室の棚に飾られたヴァイオリンを見て約束のことを思い出しました。

 付き人に計算させました。


 約束の日がいつなのかを。


「約束の日は、本日にございます……」


 太陽は西の山々に半分隠れもうすぐ夜がきます。


 死神との約束だと、もう太陽を見ることはできません。


 二人は考えました。


 そして出た答えは、一人は約束した通り、暗い夜道をランプ片手に死神が待っているであろう、あの樫の木の下に向かいました。

 家族や友人に別れを告げて。

 きっと、心の奥底に残っていた信仰深くまじめなものによるものでしょう。


 それとは反対にもう一人は邸宅にて、魔方陣や悪魔除け、さらに数人の神父に囲まれその時を待つことにしました。


 樫の木の下、老人となった男はあの時と変わらぬ切り株に腰を下ろし、周囲を見回すと、あの頃と同じ荒涼とした草原の風景が広がり、心地好いそよぐ風に光り輝く星空。

 そう、すべて昔のまま。


 ふいに後ろに気配を感じ振り向くと、死神がいました。


「約束の時だ」


 そういうと大きな鎌で足元をすくい、老人となったヴァイオリン弾きは声を上げる間もなく倒れました。


 それと時を同じくして邸宅で待つ男の元にも死神は現れ「約束の時だ」そう言い足元を鎌ですくい、こちらも声を上げることなく倒れました。


 次の瞬間、辺り一面の風景はがらりと変わり老人は樫の木の下にいました。


 そこには、腰の曲がった白髪頭の姿ではなく、若い頃のあのヴァイオリンを弾いていた頃の自分がいました。


 横では目をつぶる若い男が一人、地面に寝ているように死んでいて、それは紛れもなくもう一人のヴァイオリンを弾き合ったあの男であり、自分の手のなかにヴァイオリンがあって男はなにもかも察したように目をまん丸く見開きながら「あぁ、夢だったのか」そうつぶやきながら視線を前に向けると死神が立っていて「片方の男は約束を守ったが、お前は約束を破った。だから真実を教えた」と告げました。


 頭蓋骨頭の目の奥、なにか光ったように思え「美しい音色への報酬、心地好いひとときはいかがだったかな?」


 死神が言い終わるを待たずに男は振り返ることなく、一目散に逃げ出しました。


 悲鳴を上げながら。


 叫ぶ男の足元にまたも鈍く光る三日月形の刃がかすめました。


「死せる日を、変えることはできないのだよ。私として」


 おわり


◆◇◆◇◆


 僕たちとテーブルを囲む一人の男の人は物語を話し終えるとグイッとエールを飲み干し、真淵さんに向かって言った。


「久しぶり。あれから何年過ぎ去ったのだろうか――」

「そうだな…………七~九年にはなろうか」

「そんなに立つか……この世界にいると、時間を忘れるよ」

「だろうね」

「毎日が新鮮で楽しいよ」

「だろうね」

「真淵、どうだい。決心は付いたか?」

「いや」

「焦ることはない。ゆっくり考えるといい」


 男の人は店員さんを呼び三杯目のエールを注文。


「真淵さんこの人はどんな人です?」


 僕の投げかけに真淵さんもグイッとエールを飲み干し、店員さんを呼びエールを注文。


「マーテル、元の名をマサル。元日本人さ」


 すっと立ち上がると両手を左右に大きく広げ言った。


「ようこそ眠らない古都、オラディアへ。そして、あちらの世界よりの来訪者たち。歓迎するよ!!」


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