表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/87

見上げた視線の先に映るものは その4

 本屋さんに入るやいなや山田っちはマンガコーナーに向かい、お目当てのブツを探し出しはじめたので僕は言った。

 店員さんに尋ねればいいのではと。

 それに対しての返答は「お宝探しをしたい」


「購入する本が決まっているのにお宝探し?」

「ちょっと違うぜお。上手く説明できないけど、本棚を縦横無尽に探すことで偶然巡り合える逸品が、あるかもしれない。それこそトレジャーハンターぜお」

「なるほど、よくわからないけど新分野の開拓?」

「それに近いぜお」

「ちなみに、いまはどんなのにはまっているの?」

「いまは……。むらやんを信じて言うけど……、奴隷モノっていいよね――」

「――ですか。もちろん誰にも言わないから安心して」

「おおぅ」


 周囲に誰もいないせいか山田っちはつらつらと語りはじめた。


『現実世界で奴隷モノ』だとリアル過ぎて合わず、やっぱり『奴隷と言ったら異世界モノ』

 猫耳の獣奴隷や人種奴隷(エルフや精霊、亜人、魔族)もいいけどやっぱりシンプルに人族の奴隷が最高と、拳を握りしめ力説するその姿勢に僕はちょっと感動!?


「むらやん、目を瞑って想像してごらん。薄汚れたボロ服を羽織り、髪の毛はボサボサで首筋には鈍色に光る首輪がはめられ、震えるばかりの少女。君はそっと手を差し伸べこう伝える『安心して、君を汚す輩から守ってみせる』しかし少女はいままで置かれた境遇からか他人を信じることができず君を拒否する。そしてこう言う『貴方様は、私の新しいご主人様。私を、お好きなようにお使いください』拒否したにも関わらず彼女はそう告げる。身体を好き勝手に(なぶ)り慰み者にしてもかまわない。しかし、心だけは支配されないという、彼女なりの小さな抵抗。そんな態度の少女を見て君はこう告げる『なにか勘違いをしているようだね。髪の毛一本、指の爪、下腹部に生えた毛させ、僕のモノになったんだよ。それにはもちろん心、感情でさえ、僕のモノ。君はこれから僕のすべて、そう……すべてを受け入れる義務がある。それを反故(ほご)にすることは許されない。もし反抗でもしたのなら、きっと後悔するであろう罰を、身体と心に受けてもらう』眼光鋭く君は伝えるとベッドに腰掛け衣服をはらりと脱ぎ去った――」

「イヤイヤイヤイヤ、前半はやさしく接しているのに中盤から鬼畜になっているのはおかしいよっっっ」

「おっと、ついうっかり妄想が混在してしまったぜお」

「どこがついうっかりヤネンッ」


 ドッと突っ込みを入れたら本棚の先、店員さんと目が合い、口元に人指し指を当て(静かにするように)とジェスチャーを投げかけてきた。

 慌ててペコペコと首を縦に振る僕たち。


 山田っちは僕の耳元、小声で言った。

 妄想や空想でなく、本当に実体験として経験したら君はどうするのか? そしていかように接していくのか――と。


 その言葉に僕はハッとして、二の次が出なかった。


 僕は――こちらの元の世界に戻って来て以来、ずっと彼女のことを思い出さなかった……。


 短い間だったけどとても濃い時間を一緒に過ごした。

 にも関わらず、なぜ思い出さなかったのか……自分でもわからない。

 自分の心、感情なのに、自分で自分の心が信用できない!?

 なにを信じていいのか、なにを考えているのか、なにが良いのか悪いのか……。

 もしかしたら僕にとって彼女、ツゥルペティアーノさんはどうでもいい存在で、それはついさっき山田っちが想像した絵空事の登場人物そのもので、僕は彼女に欲情しただけ!?

 キュッと胸が締めつけられ心臓が悲鳴を上げてぐわんぐわんと世界が回ってきて目眩(めまい)が襲ってきて意識が飛んだ。


 冷たい床の感触を感じつつ薄れゆく意識のなか、山田っちの叫び声を耳に入れながら僕は――――。



 ◆◇◆◇◆



「主を失った奴隷にいかほどの価値があろうか」


 窓から射す月灯りのなか、眼下に広がる街並みを見下しながら男は告げるとツゥルペティアーノさんの口の中に詰められた布切れに手をかけグイグイとさらに押し込み、そのまま床に転がした。


「もう一度問う。おまえの主の名を言え。言えぬのか!!」


 言えるはずもない。


「なら、この顔に見覚えはあるか!」


 男は彼女の髪の毛を無造作に掴むと強引に自分のほうに顔を向けさせ、テーブルに置いてあるランプの灯りに自分の顔を照らした。


 ゆらゆらと鈍く光るランプの灯りの下、歪んだ醜い顔の男、それは自分。


 !っと目を開けると目の前に心配そうに覗き込む山田っちの顔があって、僕は戻した。


「先生、起きました!」


 甲高い声を響かせ部屋を後にする山田っち。

 ツンと鼻に付く消毒液の臭いを感じつつ周りを見渡すと、どうも簡易的な医務室のよう。

 固いベッドが腰に響く。


 小走りに走ってくる靴音を耳に入れながら僕はのそのそと起き上がり、異常がないか自分なりに確認した。


「無茶はせずに寝ておれ!」

「だっ大丈夫だよ。それよりも、運んでくれたんだね。ありがと」

「大したことじゃない。それよりも、調子悪いところはない?」

「とくにないよ。ちょっと気分が悪くなって倒れただけだから――」

「そうか……。先生、彼を診てやってください」


 山田っちの背後に立つ白い衣服の男性、看護師!?


「急に倒れたと聞きました。とりあえず血圧と脈拍、心臓の鼓動を聴かせてもらえるかな?」

「このビルの三階にある内科の先生に来てもらったんや」


 若い男の先生はそう言って手際よく僕のシャツのボタンに手をかけ脱がし、持参してきたと思われる小型血圧測定機のバンドを僕の右腕に装着して、機器のスイッチを入れた。

 プイィーンと空気圧を押し込む音が室内に響いた。


 それから10分後、僕たちは部屋を後にした。


 ◆◇◆◇◆


「ごめん……。いきなり倒れちゃって……」

「気にするな。それより大事に至らなくて良かった」

「マンガの新刊、買いそびれちゃったね……」

「読むのが数日遅れるだけや。それに楽しみも伸びていいぜお」


 夕暮れの街並みを背景に、二人して駅に向かう。

 山田っちは僕を気遣い、荷物を持ってくれたり自分の失敗談を話してくれたりして、この場を和やかなものにしてくれた。

 ただただ、感謝しかない。


 十分も歩くと最寄り駅の改札口、心配だから家まで送ろうと言ってくれたけど「大丈夫!」と伝えそのまま別れた。

 いつまでも手を振ってくれる山田っち、僕も見えなくなるまで手を振り続けた。


 人の波に押されるようにホームに向かうとなにかトラブルのようで、遅延を伝えるアナウンスがあった。

 偶然一席だけ空いていたホームに設置されているベンチに座り、僕は目を瞑った。


 彼女の置かれた立場と境遇を考えると明らかに自分のことで精一杯。

 なのに、こんな僕を信頼して心を開いてくれた。

 そして身の回りの世話もしてくれた。


 それなのに僕はこちらの世界に戻って来て以来、まったく思い出さなかった。

 その一点だけに心がモヤモヤして歯痒くて腹立たしくて、心と感情がギリギリとヤスリにかけられているかのように痛みが走る。

「最低だ……。最低の人間だ、僕って……」


 独り言が漏れる。


 なぜ思い出そうとしなかったのか、なにか魔法の呪文!? それとも薬!?でも飲まされたから――。

 そんな都合のいい話はないとわかっているし、ただの言い訳だって……。

 けど、そんなものでもいいから、しがみ付きたいと願う弱い心の、自分がいる。


『――のトラブルにより遅れていました十両編成の下り方面――列車が間もなく到着致します。黄色い線の内側まで下がってお待ち下さい』


 ふいに耳に入るアナウンス。


 目を開け電光掲示板を見ると三十分くらい遅れたみたい。

 あと二分で遅れていた電車が到着。


 僕の視線は自然と目の前の違う路線のホームにいった。


 混み合うホームのなか、目に留まったのはバックパックを背負い、紺のジーンズに薄茶の長いシャツ、深々と帽子を被り佇む一人の少年。

 とても華奢な子。

 まん丸メガネを掛けていて雰囲気がなんとなく似ている。

 水野さんに。


 って、水――野さん!?

 の、ように見えなくもなくて立ち上がりホームの先まで行こうとしたら、電車が進入してきて次の瞬間、ガバッと手を捕まれ振り返ると見知らぬおばちゃんが「あかんよ! なにがあったか知らんけど人生をあきらめちゃダメ!!」と言ってそのまま近くにいる駅員さんに渡された。


 誤解が解け、開放されたのはそれから一時間後だった。


 見知らぬおばちゃん曰く『目を瞑り微動だにせず、苦悩の表情を浮かべ深く考え事をしていたから心配になって様子を(うかが)っていた』とのこと。


 僕は熱く、とても熱く、お礼を伝えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ