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初夏の香りと僕たち その5

 さくっと帰りたいという女子二人のご要望で、どこも寄らず上野駅に到着したと同時に雨が振り出し、スマホで天気予報を確認したら予想外に天気が崩れていた。

 そしてそのまま地元の駅で水野さんと別れいまにいたる。


「やっぱり我が家はいいね~」

「だね。と、雨で濡れちゃったから先にお風呂、入っていいよ」

「んー、ちょっとやることがあるから先にどうぞぅ♪」

「そうなのね。なら、先に入っちゃうね」

「おぅ♪」


 桃乃さんは手を振り振りしながら階段を駆け上がっていった。

 二階は僕と姉の部屋が二室と、広いクローゼットルームがあって桃乃さんが向かったのはきっと僕の部屋。

 その部屋の押し入れのなか全面が桃乃さんの住居となっていて、母親がいたときはこのなかでこそっり生活をしていた。


 いまは一階のリビングの一角に衣類や私物を置いているけど、持ち物の半分くらいはいまも押し入れのなかにある。

 その中に僕が以前使っていたノートパソコンがあって、きっといまごろ電源スイッチを押していると思う。

 そして、キャラの名前を変更していると推測。

 以前から『小説家に、にゃろう』のサイトを覗いていたのは知っていたけど、まさか投稿していたとは。

 雨の降りしきる帰り道、桃乃さんは言った。


「見たい?」


 その言葉に僕は「どんなのを書いているのか興味はある。けど、プライバシーは守らないとね」


 いくら親しい間柄でも、隠しておきたいことや、第三者に見られると困ること、自分だけの世界、秘め事、それらを覗くのはどうかと思うし、お互いに嫌な気分になってしまう。

 そんなことをざっくり話したら以外にも「そうなんだ……」と、なにか言いたそうな雰囲気。

 僕はそれ以上、詮索するのを止め、この話しはそこで終わった。

 それが約三十分前の僕たち。


 で、夏とはいえ、雨に濡れて少し肌寒い。

 サクサクとお風呂に入り桃乃さんにバトンタッチしよう。

 夏風邪は長引いてつらいからね。


 脱衣所の扉を開けると、棚に卵サイズの見慣れない黄色い物があって近くに寄って見たら、アヒルのおもちゃ。

 たしか以前、上野アメ横で購入した物で、輸入貿易雑貨のお店で気に入って購入したもの。

 桃乃さん、どこかにしまい忘れずっと探していた。

 幽霊って物欲とかないように思えるけど、桃乃さんはそうじゃない。


 基本、物を捨てない。

 料理皿やお茶碗、グラス類など、少し傷がついたくらいでは捨てないし、折り目のない紙バックや綺麗な箱も大切にとっておく。

 とくに衣類は穴が空いても針と糸で直して着る。

 きっと、物が不足気味だった生前の時代背景からくるものと僕は思う。

 この黄色いアヒルちゃんは初めて上野アメ横に行ったときに買ったもの。

 桃乃さん、見つかってよかったね。


「んもー、まだお風呂に入っていなかったの?」


 ふいに後ろから桃乃さんの声。


「おっとごめん。先に入っていいよ~」

「二人して風邪、引いちゃうし、一緒に入ろう!」

「お風呂が狭いからそれは無理ですよ」

「ん~、お風呂が広かったら一緒に入ってくれるの?」

「そっそれは……」


 僕はシドロモドロになりながら、そういう意味ではないと告げ順番を譲った。

 そしてそのまま桃乃さんを脱衣所に押し込みドアを閉め「アヒルちゃんと仲良く湯船でまったりしてね♪」と言い「おぅ、アヒルちゃんと湯船に浸かるぞぅ♪」とドア越し、桃乃さんの明るい声を耳に入れながらその場を後にした。


 僕は時々感じる――。

 いや、時々じゃない。

 いつもかも……。

 なんの警戒もなく無邪気に戯れ合ってくる桃乃さんに接していると、胸の奥のほうがキュッと締めつけられる感覚が襲ってきて、それがなにかを僕は知っている。

 幽霊のせいか年齢不詳なところがあるけど身体は幼い。


 そう、悪戯――してみたいと思ってしまうときが、ある。

 もちろんそれを行動に移す気はない。

 そんなことをしたら、いまの関係は崩れてしまいなくってしまうから。

 僕はいまの日々の生活と桃乃さんとの関係、嫌いじゃない。

 ほんわかしていて温かくて、幸せを実感できるから。


 でも、たまーになんというか、アニメや漫画のような妄想、欲望に心が包まれるときがあって心が苦しくなる。

 だってしょうがない。

 健全な男子なんだもの。

 頭の中での妄想なら問題ないよねっ。

 おっと、雨のなか歩いてきたせいか肌寒くトイレが近い。

 とりあえず、スッキリしたいなと。

 いろいろとね――。



 ◆◇◆◇◆



 それから一週間後の日曜日の午後、真淵さんから僕と水野さんへメールが入った。


『タイトル:彼の地よりローズマリーの香りと共に』


 リビングの一角、僕の寝床に二人して座り本文を開いた。


『ヘビィーな話しになるが最後まで読んでほしい』


 それが最初の一文で、僕はゆっくりとノートパソコンの画面をスクロールした。


『現在、F、K男爵は貴族用監獄へ幽閉』


 出だしで僕たちは目を丸くした。

 D伯爵と側仕(そばづか)え殺害の容疑にて。

 D伯爵らは悪魔と取り引き中に失敗し死んだと影で噂があり、それを広めていたのがF、Kの両男爵であることを突き止めたと。

 ヨハンさんは以前からその噂の出所を探っていて理由は『なぜD伯爵がその行為(湖畔の廃城での行い)が世間に広まっていたのか疑問に思っていて、まるで事の内情を知っているかのようで不審に思っていた。


 そのため、二人を極秘裏に監視し情報を集めたところ、F、Kの両男爵はD伯爵が有していた権利欲しさから事に及んだことがほぼ確実と判明。

 しかしだからと言って憶測で告発することはもちろんできず、事情聴取すら不可能。

 ので、一計を立て実践したところ、三日もしないうちに両男爵を貴族用監獄へ幽閉することに成功。


 内容はごく単純で、両男爵がD伯爵の持っていた権利欲しさに(あや)めたと領内の酒場や領民が集まる市場、貴族サロンで噂を広めたところあっという間に広がり、二人は『噂は真実ではない!!』と公言するも焼け石に水状態。

 なぜあっという間に広がり、焼け石に水状態だったのか。

 それは、事実だったから。


 D伯爵が有していた権利を両男爵で均等に分けた時点で怪しいと思っていた人々が多くいたため、噂に拍車がかかり、さらに『D伯爵が湖畔でやっていたことをなんで両男爵が知っていて、その噂の出所もなぜ両男爵なの?』ということも噂で流したら、二人が領主から呼び出しを受けるのにさほど時間はかからなかったと――。


 僕は画面の文字の羅列から目を離し、天井を仰いだ。


「桃乃さん、ここまで読んでどう思う?」

「どう思うって……。単純に書いてあるけど、これって裏ですごーくいろいろな人たちが動いたように思う」


 トレードマークのお団子頭を左右に揺らし苦悩する桃乃さん。

 僕も頭を左右に揺らし苦悩。

 なんというか、噂一つでここまで話しが進むことに恐怖を覚える。


「ん~、一つ疑問に思うんだけど、二人の男爵は噂を聞いたとき『デタラメだ!!』しか言わなくて、なにか策を考えなかったのかな?」

「それは僕も疑問に思うところ。ただ、一つ言えることは、文面にも書いてあるとおり、事実だったため『嘘の事実』を作るのが難しかったのでは?」

「あーなるほど、やっちゃったことを『やってない!!』って言うのはそれなりに大変だものね」

「そうだね。それに、短い時間の間にドンドコ話しが進んでいったから両男爵は対応が追いつかなかったのかも」

「なるほどー」


 さらに文面は続き、僕たち二人を次の一文がさらにさらに驚かせた。


『裏で糸を引いていたのは、Z子爵』


「え~、Z子爵ってあの街角で会ったあの人だよね……」

「そうだね、街角の屋台の裏で休憩中に、偶然を装って僕たちグループに近づいてきたあの人」

「うわー……。緊張してきてトイレに行きたくなった」


 桃乃さんはそう言ってトイレに慌てて向かった。

 僕は続きが読みたく一人で画面をスクロール。


『ここまで読んで驚いていると思うが先に結論を告げると、すべての裏で暗躍していたのはZ子爵。そして子爵はいま現在、野放し状態――』


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