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初夏の香りと僕たち その4

「ふぅ、あのホテルのパンは美味しいね」と、もちゃもちゃとプレーンピザを食べる桃乃さん、口元に溶けたチーズが付いていたので僕は紙ナプキンで拭いてあげる。


「んふぅー、ありがとー」と言ってさらに「水野お姉ちゃん、口元にケチャップでも付ければぁー」と言い、水野さんは空になったパックジュースをギュッと潰しながら下を向いて固まった。


「くっ……」

「君たちー、さっきの私との約束、忘れていないよね?」

「真淵ちゃん、もちろんよー。だって美味しいパンが食べれるのですものー」

「だったら静かに話しを聴くように」

「はぁ~い」


 どこかぬけた返事の桃乃さん。

 話しが一向に進まないため真淵さんは一計を案じた。

 少し早いけど昼食を取りながらなら、会話も少なく話題の脱線も起きないだろうと。

 うん、はい、さっきよりはだいぶ改善された感がある。


「話しを簡潔にまとめ、再確認するよ」


 真淵さんは机の上に広げた二枚の羊皮紙に視線を落としながら言った。

 1)二枚の羊皮紙は、あの世界からの物。

 2)文章が書いてあるほうは、この便りがどういったものなのかを()す。

 3)☆や○、△▽が描かれた魔術陣のみのほうは、返信用の切手と封筒のようなもの。

 4)本日中に返信をしなくてはいけない。

 一気に話し終えるとコーヒーを一杯クイッと飲みさらに続けた。


「手紙の内容、それは迷わず、誤配達、そして横取りされず無事に届いたかを知らせてほしいというもの」

「誤配達とか横取りとかあるんですね」


 僕の問いに水野さんが答えた。


「桃乃ちゃんの魔力!? 霊力!?に反応して、横槍や誘因、引き寄せの法則があってもおかしくないし、もしかしたらそれらがあるほうが自然なのかもしれないと、私は考えるの」


「水野君の説明通り、真っ直ぐな道を歩いていると、脇道からスゥッと手が伸びてきて掴んでくるような輩がいると思っていたほうがいいだろう。しかし、この蝋で封印された羊皮紙の手紙は無事に私たちの元に届いた。なぜか、これまた簡単なこと。桃乃ちゃんの魔力!? 霊力!?が強く、配達人が住所を間違えなかった。おっと、配達人や住所というのはあくまで例えだよ」


 僕は訪ねた。

 桃乃さんの魔力!? 霊力!?を見ることはできるのかと。

 その問いに対し真淵さんは言った。

 以前見たアレだよと。

 アレ?


「絵画の中の世界の帰宅時、地下室で見た桃乃ちゃんのアレだよ」


 ハテナマークがポポポンと頭上に浮かぶ僕。

 水野さんは胸元で両手を上下に動かしジェスチャー。


「村上君、瓶に向かって桃乃ちゃんがケロケロしたアレのことよ」


 ケロケロ!?

 あー。

 アレね。


「水野君はすでに気づいていると思うが、この二枚の羊皮紙の表面には桃乃ちゃんの吐瀉物(としゃぶつ)が塗られている」

「ええっ……」


 吐瀉物と言われるとちょっと引く。


「吐瀉物じゃないもん! あっちの世界の人はみんな崇めていたもん!」

「そっそうだね。ごめんね桃乃ちゃん」


 素直に謝る真淵さんは『ケロケロ』が良い表現だねと言い、桃乃さんはその表現だったらいいよと言った。

 僕は再度訪ねた。

 あのケロケロが魔力!? 霊力!?であり、強弱があり、いまここに手紙が存在できる力なんだねと。


「そういうことだ。今頃、桃乃ちゃん特製ケロケロ液体は厳重な管理の元、ごく限られた人物しかその存在を知り得ない、国宝級なものになっているだろう」

「ということは、桃乃ちゃんを狭い部屋に閉じ込めてひたすら吐かせたら、爵位付きの大金持ちになれるね」

「うわー、水野お姉ちゃんこわーい」

「冗談に決まっているでしょ」

「本当に冗談?」

「きみぃーたちぃー、すぐに話しが脱線する」


 シュンと頭を下げる女子二人。

 二人を横目に僕は以前から思っていたことを質問をした。

『魔力!?』『霊力!?』と二つ名で呼んでいて、結局のところなんなのかと。

 それに対して真淵さんはスパッと「わからん」


「わかっていたら、二つ名では呼んでいない」


 僕は再度尋ねた。

 これからも二つ名で呼び続けるのですかと。


「そうなるね。どちらか一方にしようか考えてみたが、どちらも結局のところ怪しく、他に適した呼び名も見つからず、まぁひとつ言えることは、それだけ未知の存在であるからこそ、これほどの大業を成し遂げることができるわけでもある」


「なるほど、わかったようでわかりません……」

「普通はそうだね。私だって自分で言っていて理解に苦しむことが多くてね。ちなみに、桃乃ちゃんはどっちだと思う?」


 全員の視線が集まるなか、当の本人はリラックスしていて「んー、家に帰って寝たい。あ、どっちでもないと思う『特製ケロケロ崇めなさいっ』でいいんでない?」


 ズッコケる僕と真淵さん。

 とりあえず、家に帰って寝たいのはわかりましたよ。

 個人的には『特製ケロケロ崇めなさいっ』はナイスネーミング。

「桃乃ちゃんには勝てないよ」そう言って真淵さんは空になったグラスにオレンジジュースを注ぎ、桃乃さんに手渡した。


「なんだかんだで話しが長くなってしまったが、早速返信をしようと思う」


(それがいいですね、話しがドンドコ変な方向へ行ってしまうので――)と声に出して言いたく思うも、ここは心の中に閉じ込めておくのが大人というもの。

 ちょっとは成長したかな、自分。


「返信用の文面はすでに決まっている『無事届く。問題なし。その後の事変の状況送りたし。次回、羊皮紙の枚数増量可能と判断。こちらはいたってトラブル無し』以上だ」


 水野さんは手を上げて質問。


「文字数の制約があるのですね」

「返信用魔術陣羊皮紙の都合上、そうなる。あくまで推測だが特製ケロケロの使用量によっては、書籍一冊程度はいけると思う」

「それは――あの千歳緑の時祷書一冊分と思って、いいのですか?」


 なにも言わず、ただ黙ってうなずく真淵さん。

 で、水野さん、桃乃さんにキラキラした視線を送るも『フンッ』と一蹴される。

 まぁ、そうなるわね。

 でもまぁ、桃乃さん特製ケロケロ液体を使えばこちらの世界でもお金持ちになれそうな予感。


「あちらの世界に返信なんだけど、このあと来客があり、夕方頃になってしまう。それまで待てるかね?」


 僕は終日用事がないから問題ないと伝えるも、桃乃さんと水野さんはどうも家に帰りたがっていて、なら上野アメ横で観光して帰ろうと提案するもなぜかお二人さんは家に帰りたがっていた。

 理由はよくわからない。

 でもまぁ、お二人さんの意見を尊重して帰宅することにした。


 で、帰宅する前に少しだけ時間が欲しいと水野さん。

 なんでも美術館一階のロビーにある書店で本を買いたいと。

 それならと桃乃さんは美術館敷地すぐ横の売店でどら焼を買ってくると言い、僕はトイレに行きたいと伝え、十分後、美術館正面で待ち合わせをすることにして別れた。

 そそくさと足早にトイレに向かう僕。

 おっきいほうなので少しお時間が欲しい。


「……さん、村上さん?」


 後ろから僕を呼ぶ女の人の声。

 振り向くと少し古風な淡いブルーのブラウスを着た髪の長い女性が立っていた。

 僕より頭ひとつ背が高く、百七十センチ以上は有にある。

 髪が長く腰あたりまで伸びていて、色白で細めな目が特徴の、物静かそうな雰囲気の人。


「えっと、どこかでお会い、しましたでしょうか?」

「いえ、初めてになりますね」

「では、なぜ僕の名前を?」

「知り合いに聞きましたの」

「そうですか。と、すみません、少し先を急ぐので……」

「それは失礼致しました。では改めて(うかが)いますね」


 きれいな女の人。

 ちょっと緊張してしまった。

 そんなことを考えているよりもいま一番の優先すべきことは、トイレに駆け込むこと。

 ちょっとお尻がホットになってきたぞー。


 トイレが空いていないとまずいので利用が少ないトイレ室に向かって早歩きで進み案の定、誰も利用していなくてちゃっちゃと洋式トイレに駆け込み鍵をかけ、ズボンとパンツを下ろし便座に座る。

 ふぅ。

 一件落着。

 ヒーター付き便座は気持ちいい。

 もうなにも心配ない。

 ん?


 お尻を拭き拭きしていたら心に余裕ができ、さっきの女性との会話を反芻(はんすう)

 知り合いに僕の名前を聞いた?

 また改めて伺う?

 いったい誰に聞いたのだろう。

 そしてまた会おうと。

 すごく謎の多い女性。

 年齢は二十代半ばくらい?


 そんなこんな考えていたら約束の時間になりそうなので、テキパキと用を終わらす。

 手を洗いトイレ室を出ると目の前に真淵さんが立っていた。

 真淵さんもここのトイレを利用していたみたい。


「スッキリしたかね?」

「はい、スッキリしました」

「それはよかった。そういえば村上君、女子二人が別々に独り言みたいなことを言っていたんだが、なにか知っているかね?」


 それはどんな内容なのか聞いたところ、桃乃さんは『キャラの名前変えなくちゃ』と言っていて、水野さんは『検索されないうちに手を打たないと』と言っていて、お二人さん、確定のようです。

 投稿してたのね。

 真淵さんに詳しく説明すると二人のプライバシーを侵害してしまうので、なんとなく伝えた。

 ネット小説みたいなものではと。

 親しい仲にも礼儀あり。

 大切かとー。


「村上君? どうしたのかね?」

「あっと、すみません。ちょっと考えごとを」

「?」


 僕は話題を逸らすように、さっき出会った女性のことを()(つま)んで伝えた。

 真淵さんに説明している途中で僕は気づいた。


 女の人は僕の名前を呼んでいた。

 それは、僕が『村上』と知っているからこそ声をかけれた。

 つまり女の人は、僕のことをどこかで見ていて『知り合いに聞いた』というのは、なにか腑に落ちない。


「村上君、もう一度聞くが、返答はしなかったのだね?」

「返答?」

「そうだ、返答。『伺う』に承諾の言葉を告げなかったのだね」

「よくわかりませんが、トイレに少しでも早く行きたかったのでなにも言わず立ち去りました」

「そうか……」

「女の人はたしか『改めて伺う』と言いました。後日、会うのでしょうか?」


 真淵さんは首を横に振り『改めて伺う』というのは、先を急いでいた所用が終わったなら、また声をかける算段だったはず。

 僕は聞き直した。

『いいですよ』と言っていたら、男子トイレの前でまた女の人に出会ったのかと。


「そういうことだ」

「話しがよく見えません……」

「彼女はとある絵画の住人。もしあの時『わかりました』『いいですよ』と言っていたら、ここに村上君はいない」

「それって、桃乃さんの力ではなく――あの人の力で!?」

「そうだ。それも一人だけで」


 頭の整理がつかない僕に向かって真淵さんはさらに言った。

 彼女の住む絵画の世界それは、冥府魔道の入り口――。


「あの絵はやはり飾るべきではないな……」

「遅―い。もう約束の時間は過ぎたぞー」


 廊下の先のほうから桃乃さんの声。


「村上君、帰ろうー」


 僕を呼ぶ水野さんの声。


 頭の整理がつかない僕に向かって真淵さんはさらに言った。


「なんというか、イベント発生が多い。なにかに取り憑かれていない?」


 ええ、取り憑かれてます。

 桃乃さんに。

「転生悪役追放復讐モフモフ逃避行令嬢なんて女性モノだから――」と敬遠していたのですが、ふと読んだところドハマリしてしまい、更新が遅れ気味に……。

ので、当分の間、更新遅れ気味になります。

スミマセン。


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