初夏の香りと僕たち その2
曇り空のなか、校門をくぐると後ろから僕を呼ぶ声。
振り向くとオタク仲間の山田っち。
「村上っち、どうした?」
「いや、なんでもない……」
「誰かと間違えた?」
「間違えるもなにも男の声なんだから山田っちしかいないじゃん」
「それもそうだ。それよりも連休中に公開したスタヂオ東南映の最新作『ふたりは異世界魔法少女・チュルペチアーニョ』はもう観たかえ?」
「ぐぐっ……」
「?」
「いやなんでもない」
うん、なんとなくねぇ、名前がねぇ……。
来週にでも映画館に行こうか検討中と言ったら隣々街の映画館がいいって進められて理由を聞いたら、駅近くの映画館に行ったら他の映画を観に来た同級生とニアミスをしそうになったと。
それはキケンすぎる。
映画『二人は異世界魔法少女・チュルペチアーニョ』ざっくり説明すると異世界に転移した二人の少女が異世界で頑張って生きていくお話。
悪徳貴族と対峙したり魔法を使って魔物を退治、そして二人はやがて友達以上の仲になる。
とても人気があって小~中校生が対象年齢なんだけど実施、大きい子供向け。
登場するキャラはみな魅力的で、ポンッと桃、水、ツゥルさんたちの三人の顔が浮かんで、朝から妄想全開のところにいきなりパッと目の前に水野さんが現れ、首を可愛く傾け満面の笑みで挨拶をしてきたものだから心の準備がまったくできていなくて、シドロモドロで挨拶を返した。
絵画の中の世界ではずっとコンタクトレンズだったせいか、まん丸メガネをかけた水野さん、すっごい新鮮で可愛いです。
「村上っち、緊張しすぎ」
プッと笑う山田っち。
「いきなり声をかけるんだもん、びっくりしただけ」
「やさしい山田さんとしては、そういうことにしといてあげるわ!」
「ぐぬぬっ」
言い返せない苦し紛れの返答に水野さんもプッと笑い「二人は仲良しだね。なんの話しをしていたの?」と聞いてきて僕と山田っちは顔を見合せ、緊迫した世界情勢と今後の日本経済の将来性について熱い議論をぶつけていたところだよと説明したら水野さん、どうすれば日本が良くなるのか訪ねてきたため僕は『情報共有を押し進めることによって、回りとの連携を図ることが第一優先事項、その土壌を作り上げた上で議論に入るべき――』と言ったら山田っちは「さらっとすごいこと言うな」と真顔をで口にするもんだからついドヤ顔をしたら、水野さんに呆れられた。
まぁ、そうなるよね……。
◆◇◆◇◆
お昼休み、黙々と惣菜パンとコーヒー牛乳を飲んでいたらスマホのSNSアプリに水野さんから連絡が入った。
『村上くん、昨日はお疲れさまだぉ(`・ω・´)
様々なことがたくさんあって楽しかったね。
この世界では絶対に食べられない料理も美味しかったね(*´ω`*)
次は絶対に美術館に行こう(館名、聞くの忘れちゃった)
貴重なお土産も手に入って私はとても満足よー。
またみんなで行こうね。
んでね、朝の七時頃、真淵さんから連絡が入ったの。業務連絡を伝えるぞー(`・ω・´)
絵画の中の世界から手紙が届いたそうよ。
今度の日曜日空いてる?
美術館前の彫刻像、地獄の門の前で待ち合わせなりよ。
んじゃね(〃ω〃)』
おおっ。
つい声が漏れた。
まわりに気づかれないよう、もう一度こっそり読み直す僕。
手紙、マジですかー。
どんなことが書いてあるのだろう。
いまから楽しみ。
てか、上野に行くこと決定なのね。
ん?
んん?
なにかひっかかる。
えっと、このスマホのSNSアプリの友達登録した記憶、あるようなないような……。
でもまぁ、こうしてメッセージが届くわけだから、どこかで連絡登録をしたんだろう。
う~ん、いつだったかなぁー。
◆◇◆◇◆
「ということで次の日曜日は上野に行きますぜ旦那」
「おおう、旦那は了解しましたぜ」
「付き合ってくれてありがとー」
「いえいえ、これくらい紳士淑女のたしなみよー。手紙にはなんて書いてあるんだろうね、今からワクワクするね」
僕は二度三度うなずき、同じ考えと伝えた。
手紙、もっと時間のかかるものだと思っていた。
ん?
でも待てよ。
絵画の中の世界と、こっちの世界の時間差を考えると、絵画時間内でたぶん半日~一日くらいしか時間がすぎていないのでは?
ということは、たいした内容でないとも推測しそのことを桃乃さんに伝えたら、僕の推測通りではとうなずいた。
「そうだよねー。早すぎるものね。あまり期待しないほうがいいかもね」
「だね」
「それより夕食にしよー。今日はトコトコ煮込んだカレーだよー」
キッチンに近づいたとき、すでにカレーの匂いを嗅いだからわかっていたけど話しを合わせるように「カレー、楽しみ。半月ぶりくらいかな?」と笑顔で回答。
「おぉぅ……」
「はむ!? どうしました?」
「トコトコ煮込んだカレーだよー……」
桃乃さん、突っ込んでほしかったのね。
ごめん。
◆◇◆◇◆◇
火、水、木、金と久しぶりの学校はちょっと新鮮さがあって一日一日が充実していた。
山田っちおすすめの映画はまた今度。
放課後、帰ろうとしたら如月先生に捕まり生徒指導室で肩揉み二十分の刑。
「本日、金曜提出の課題、すっかり忘れていました」
「そそ、忘れたねぇ。うーんもうちょい左下……。ソコ、ソコをもっと強く……」
自分でいうのもなんだけど、だいぶ上達したみたいで如月先生は気持ち良さそうに目を閉じ、身体を僕に預けた。
なぜ上達したかは、桃乃さんの肩をよく揉んでいる成果によるもの。
それに背格好がほぼ同じなんですもの。
疑似的幼女先生、可愛いです。
課題提出忘れ。
これはしかたない。
だっていろいろあったからね。
肩をモミモミ中、如月先生は言った。
数日間だけどなんか大人の階段を登ったみたいに落ち着きがあると。
「落ち着きがあると言ってもちょっとだけだぞ」
「ちょっとだけなんですね」
「そうだ。人間そんな簡単に変わるものじゃない。少しずつ成長していくもの。おっと、来週の課題も忘れていいぞ」
「えっ?」
「ここしばらく肩凝る雑務が多くてね」
「冴えわたるジョーク素敵です。如月先生」
「……」
「えっと、ジョーク――ですよね?」
「むらかみぃー、空気の読める男子はモテるぞー」
肩が軽くなったのか右腕をグワングワンと回し、帰っていいと手を振った。
課題忘れ、まさか本心から忘れていいと思っているわけないよね。
でもでも、如月先生ならありうるかも。
うーん、どっちなんだ。
先生に一礼をして廊下に出てドアを閉める。
「おわった?」
背中越しに水野さんの声。
なんの約束もしていないのに待っていてくれたんだ。
「駅まで一緒に帰ろ」
「うっうん」
生徒はほとんど帰り、静まり返る構内を抜け学校の門をくぐるとビルの街並みに沈む太陽があって、目に映る景色すべてをオレンジ色に染め上げていた。
僕たちは無言のまま足を進めた。
緊張とか話す話題がないとかそんなんじゃなくて、ただ、このひとときを静かに過ごしたいと思った。
それは水野さんも同じのようで彼女からもなにも話しかけてこなかった。
通り歩く人たちはみな帰りを急いでいるようで歩く速度早く、人の流れに乗れない僕たちは近くの公園に寄ることにした。
西日射す夕暮れのせいも相まって寂れた公園は輪をかけて人もまばら。
大きな木の下のベンチに座ると水野さんは、絵画の中の世界はどうだったかと聞いてきた。
そういえばこっちの世界に戻ってきてから、向こうの話をするのは初めて。
「僕の率直な感想は、怒濤の数日間かな?」
「わかるよ、私もそんな感じ」
「だよね」
「うん」
二言三言を口にすると無言になった。
ここまで歩いてくる途中の無言には、心地良いものがあった。
でもいまは、心苦しいものに変化してしまい間がもたない。
本当、本当はいろんなことを聞きたい。
ベッドの上でギュッと抱きしめたこととか、ツゥルペティアーノさんとなにを共有!?しているのか、そして、別れ際の二人の会話の内容とか、ほかにもたくさんある。
てかなんで聞きたいことが、またまた桃色ばかりなんだ自分……。
もっとこう、あるでしょ。
街並みの雰囲気とか料理とかヨハンさんたち絵画の中の住人について、ほか、いっぱいあるはずなのに、真っ先に欲にまみれた事柄が頭に浮かぶ自分に凹む。
情けない。
だからこそ、僕は自分から口を開く。
絵画の中の世界の山々や草木、川や天候はこっちの世界とまったく同じもので、街並みを歩いた感想、現代社会では食べられない料理の数々、そして出会った人たちについて、水野さんは口をはさむことなく聞いてくれた。
「――以上が僕の感じたものかなー。オオサカタマシイ焼きのソースが甘辛くて美味しかったからいつか本場、大阪で食べたいと思っているよ」
「うん、あれは美味しかったね。今度食べに行こっ」
「いいねー」
「そういえは村上君~。ツゥルペティアーノさんのこと、どう思っている?」
「どう思っているって……。うーん、以前話した通り、幸せになってくれればいいね」
「それだけ?」
まん丸メガネに髪の毛がかかったみたいで髪を払いながら首を傾け、覗き込んでくる水野さん。
「そうだね、平民の身分になって普通に働いて賃金をもらって、普通な生活に幸せを感じてほしい」
「ちょっと、もったいなかった――なんて思ったりする?」
ドキッとする質問。
いや、(ドキッ)より、(グサッ)のほうかな。
うん、あんな可愛い子を手放したんだからもったいないに決まっている。
彼女は嫌がっていなかったように感じたし、そしてなによりも、あの世界の中でなら僕の所有物。
それも絶対隷属してくれる存在の。
「ツゥルペティアーノさんの置かれていた状況を考えると、なんとももったいないというのは……」
「たしかに……やさしいね、村上君は。と、身体のほう大丈夫だった? 私は休みの間ずっと寝て過ごしていた」
「疲れたね。自転車も電車もない世界だから歩き詰めで疲れたよ」
「やっばり。そうだ!」
水野さんはポンと手を叩きなにかを思い出したようにバックの中の小物ポーチから、小さな瓶を取り出した。
「この前テレビで偶然観た通り作った、疲れをとる香りなの。嗅いでみる?」
ん?
んん?
んんん?
「んー、帰ってきたのは土曜で、今日は金曜日。もう大丈夫かなーって」
「もしかしたら気づかないところで身体に疲れが残っているかもよー。少しだけでもどう? いい匂いだよ」
水野さんはそう言って自ら鼻先にもっていき、ひと呼吸。
「とてもいい匂い。ほら村上君も」
なんとなく、なんとなく身体が拒否。
なぜかよくわからない。
ただどうしても受け付けない、心と身体が。
僕は立ち上がり、元気に身体を左右に動かし飛び跳ねてみた。
「ほら、調子いいでしょ?」
「そうね……」
「だから大丈夫。それよりもあまり遅くなると親御さんも心配するし帰ろうか」
「それじゃ、駅まで一緒に」
水野さんは手に持っていた小瓶を小物ポーチにしまうと立ち上がった。
そしてそのまま僕たちは駅に向かった。
夕暮れ色に染まる街並みを歩く僕たち。
テレビやネットで見た面白かった話しや学校であった出来事、駅前にオープンしたピザ屋さんが美味しいとか、たわいもない話しをしながら歩き、端から見ると僕たち、カップルに見えるのかな?
だとしたら、どんなカップルに見えるのかな?
そんなこと考えていたらあっという間に駅前。
「それじゃ村上君、日曜日。楽しみだね」
僕の目の前、バックを小脇に挟みくるりと回りおどけて見せると、それだけ言って小走りで駅構内に消えていった。
別れの挨拶を掛けそこなってしまい、これじゃあカップルなんて呼べないなー。
駅の電光掲示板で時間を確認すると,僕の乗る電車は30分後。
駅構内すぐにあるスイーツ売り場でお土産でも買って帰ろう。
苺のショートケーキとレアチーズケーキ、どっちが喜ぶか考える。
どっちだろうなー。
以外に難しい難問だぞー。
うーん。
「すみませんー、この二種類を二つずつください。あと、ドライアイスもお願いします」