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とある子爵の時祷書 その11

呪詛(じゅそ)(たぐい)ですか……。でしたらこれ以上の詮索はやめておいたほうがいいですな」


 ヨハンさんの言葉にうなずく水野さん。


「真淵さん、いっぱい聞きたいことがありますが、ひとつ教えてください。この三枚の紙に書かれた縦書き文章が起点となると仰りましたが、それはなんでしょうか?」


 ぐいぐいくる水野さん。


 真淵さんは言った「起点には、七つの大罪が関係してくる」

「「七つの大罪!?」」


 ハモる僕と桃乃さん。


「聖書に七つの大罪という言葉は出てこないが、教会では七つの罪源と言われ、それぞれ警告する意味として、

 傲慢

 強欲

 嫉妬

 憤怒

 暴食

 淫蕩

 怠惰

 があり、時祷書に隠されたメッセージを読み解くと、このうちの三つ『強欲、暴食、淫蕩』を満たすことができる」


 一息付くとさらに説明してくれた。


 この時祷書の表向きは、人々を神の元へ導く代弁者としての存在、日々の祈りを補佐する役割を担っている。

 が、裏の顔は、人々が欲してやまない欲望の一片を叶えることができる、魔導書としての性格を持っている――。


「真淵様、私は書かれている内容に驚かされているのはもちろんのこと、それと同等、いや、それ以上に驚いております。記述された一部を縦に読むことで文章が浮かび上がることに」


 真淵さんは言った。

 ヨハンさんが驚く理由がわかると。

 日本語は縦、横どちらでも読み書きができるから違和感ないけど、この言語ではそうはいかないと。


 たしかにその通りだと思う。

 英語圏はアルファベットの組み合わせによって音が決まるから、縦読みにすると発音や読み方がわかりづらくなってしまう。


「時祷書の作成を依頼した人物は、相当柔軟な物事の考え方ができる人物だ。この時代、凡人には絶対に思いつかないだろうし、仮に思いついても有言実行はできるものではない」

「真淵様の仰ること、理解できます。優秀な書記官、修道士を何十人と集め考えさせても誰も思いつかないでしょうな」


「話しを本筋に戻そう。みんなにわかりやすく説明すれば、目次だ」

「目次!?」

「そうだ目次」


 水野さんの聞き返しにさらっと答え真淵さんは説明してくれた。

 1)三枚の紙に書かれた縦読みメッセージは呪詛の類。

 2)呪詛のなかにさらに、もう一つの隠されたメッセージがある。

 3)その隠されたメッセージとは、七つの大罪のうちの、暴食、強欲、淫蕩を叶え満たすことができるやもしれないもの。

 4)つまり、この三枚の紙に書かれた縦読みメッセージの真の目的は、三つの大罪を成し遂げるための目次。


「呪詛に抵触しないように伝えよう」


 そう言って時祷書のとあるページを開いた。

 ニページに渡ってラテン語の文章と挿絵一点が描かれ、とくに変わったところはないように見える。


「三枚の縦読み文章を読み解くと、このページに行き着く。左下にお腹を空かせた一匹のキツネが描かれ、視線と前足がとある一文を指している。その一文を読み解くと『春の芽吹き、汝は夜な夜な西の城壁に立ち、オリオン座に庇護を求め~』とある。

 この時祷書に星々を描いた挿絵は全部で八ヶ所。その内オリオン座が描かれているのは三ヶ所あり、そのうちの一枚に『汝は夜な夜な西の城砦に立ち~』を表現した挿絵のページがある」


「「「おぉー」」」


 驚きの声が僕たちからあがった。


「あ、これは『暴食』ルートだ。つまり、呪詛の書かれた縦読みメッセージのなかに隠されたメッセージとは、三ルートを選択する目次の役割をはたしている。

『貴金属(宝石含む)をいっぱい集めたい。有益な土地を抑えて金儲けしたい』なら、ヘビの描かれた挿絵を頼りに進み、強欲ルート。

『様々な食べ物を食い散らかしたい』なら、キツネの挿絵を進んで暴食ルート。

『意中の女性をモノにしたい。見目麗しい女性たちに囲まれたい』なら、小羊の挿絵を頼りに進み、淫蕩ルート。

 こうやって挿絵と一文を探り当て、ページ間の移動を繰り返す」


 なるほど。

 シンプルにいうと、

 縦読み文章に隠されたメッセージを解読→

 解読内容に従いページ移動→

 移動先の挿絵に描かれた動物に注目→

 描かれた動物の視線と前足、尾っぽの指す一文に注目→

 その一文に書かれた内容に近い挿絵を見つける→

 ページにジャンプ→

 以下繰り返し。


「そして無事に最後までルートを完遂させると、とある一小節の詩が完成する」

「真淵殿、そこから先は言わないでくださいまし! どうか、この世界の住人である私めに、自力で解読させて頂きたく願うばかりにございます!」

「そうだね、それがいい。ひとつ追加で言えば、暴食ルートを完遂させて浮かびあがる詩のはじまりは『春の芽吹き』つまり、三月を指している。芽吹きの続きは、さらに進んだ一文の最初に書かれている言葉。そうやって言葉を一つ一つつなぎ合わせていくと、最後にとある詩が完成する」


 真淵さんの言葉を聞き漏らさないよう、じっと聞き入るヨハンさん。


「もう一つ追加で言えば、途中でブラフが発生し、偽の情報を掴ませようとしてくるから気をつけてほしい。以上!」


 その言葉を最後に真淵さんは、模写した紙を一束にしてヨハンさんに手渡した。

 深々と頭を下げ、お礼の言葉を言うと足早に部屋を後にした。


 僕の隣にいる水野さん、なにかを思い出したみたいで右手を上げて、質問してもいいですかと言った。


「なんだね、水野君?」

「この時祷書には名がなく、真淵さんが名付けた『千歳緑の時祷書』の名があります。なぜ、呼び名がなかったのでしょうか?」

「ああ、ざっくり言ってしまえば、書の最後のページに記述されているのだよ『この書に名を付けてよいのは、城壁の外に住まう者、深き森の先に息する者、彼方の裏側を歩く者……』だったかな? ようは、名付け親はこの世界の住人でないなら誰でもいいよー、ということだ」

「それって、私たち限定!? ということでしょうか?」

「いや違う。これから先は私の推測になるが、記述されている『者』と呼ばれる存在はおそらく、この世界の住人ではない――つまり、死者または、それに準じるもの、そしてさらに……」


 僕と水野さんの視線は無意識のうちに桃乃さんへ向かった。


「ええっ、あたし?」

「ああ、そうか。すっかり忘れていた。桃乃ちゃんも、書の名付け親になる資格を有していたね……。忘れていたよ」

「えー、あたしが名付け親!? だったらとても素敵な名前を送るよ!」

「どんなネーミング?」


 僕の問いに両手を腰に当て「エヘンッ!」と声を大にして言うと「森の熊たん三号!」


「ええっ……」


 水野さんと真淵さんは首を傾げ、どんな意味があるのかと僕に説明を求めてきた。


「……一号は、いつも寝床に置いて抱き枕にしている熊のぬいぐるみで、その延長線上で三号ということかと――」

「そうなのね。なら、二号はなにかな村上君」


 言いたくない、です。


「水野お姉ちゃんっ、二号はこれ!」って言って僕に抱きついてきて「んもー、あたしがちゃんとギューッとしてあげないと、眠れないって言うんだよー。この人はー」

 眉間に皺をよせプルプルと震える水野さんはキッと僕を睨みつけ「児童相談所に連絡、とったほうがいいのかなぁ?」


 えっと、ぶっちゃけ、ジョークのなかにちょっとだけ真実が混じっているので弁明がし難くそれでも「そんなことはないよ! 一人で寝ているよっ」と言ってみる。


「ふーん……」


 ジトーと疑いの眼差しで見つめてきた。


「とと、真淵さんの言っていた続きはなんです?」


 あからさまに、無理やりに、話題を変えてみる。


「村上君。その強引さ、嫌いじゃないよ。乗りかかった船だ、説明しよう。名付け親になれる資格は、死者または、それに準じるもの、そしてさらに言えば……神、または神に準じるもの。そして、召還されしものたち――と、私は踏んでいる。まとめて言ってしまえば『この世の者でない存在ならオッケー』ということ」


 ふいに疑問に思ったことが浮かび聞いた。

 もし、名付け親の資格がない者が名前を付けたなら、どうなるのか。


「それは、わからない。資格がない者が名付けたら呪われるとか書いていないし、隠されたメッセージも読み取れない。でもまぁ、この書の性質上、やっちゃいけないと書いてあることはやらないほうが懸命だ」


 たしかに。


「補足としてこの時代、城壁の外、深き森とは、人の支配の及ばぬ未知の世界なんだ。狼や熊が徘徊していて野生の鹿でさえ、脅威の存在でもある。この世界でキャンプをしたり、高い山に登山することは命懸けの行為であり、人々の営みから外れた行為なんだ。もちろん手軽に旅もできない。そしてなにより一番恐ろしい存在は盗賊」


 映画や小説、マンガに出てくる旅路のワンシーンだと隣街まで野宿しながら旅を楽しむけど、実際はそうもいかない現実があるみたい。


「横道に逸れるが江戸時代、農民や一部の人たちの日々の営みそして生涯は、半径十キロ圏内で事が足りそして、人生が終わる。私たちの時代なら、ちょっと自転車で遠出する気になれば十キロなんてあっという間。しかし時代が違えば人生での移動距離さえ変わってしまうのだよ」


 ウンウンとうなずく桃乃さん。


「現代社会は、お金さえ積めばどこにでも行ける。しかしそれはほんの百年程度の話。それ以前の世界で見聞を広めようと旅ができたのは、ほんの一握りの人たちだけなんだ。それも命をかけてね」


 真淵さんの話しの内容を整理すると『異世界は夢がない』ですっ。


「ん~、夢がないお話だね」


 桃乃さんもそう思いますか。


「違う世界に来たのにぃ~、現実社会の続きみたい。だから、なにか持って帰ろうね~」


 なかなかぶっ飛びなご意見。


「桃乃ちゃんもそう思う? 私もそう思うわ。だってほら、二人は昨晩いろいろと楽しんだみたいで、さらに村上君は女の子一人所有しちゃうし、私たち二人だけなにもないのは不公平すぎると思うわ」

「」

「」


 いやいや、話しが誇張されていますよっ。

 と、声を大にして言いたい。

 水野さん、冷静沈着で大人しい反面、なにかのスイッチで熱くなることがあって、一緒にいて楽しいっちゃ楽しいです。


「村上君~。私も、一人所有したいなぁー。チラッチラッ……」

「だったらいい人、紹介するよー。まだ隠し財産が見つかっていないイケメン享年29才とか、元軍人で元帥の一歩手前までいった人とか、元アイドルでファンに刺されて即死したBさんとか、選び放題で紹介するよー」


 また濃いメンツで……。

 なんとなくみんな、この世に名残惜しいなにかがあって成仏できていない感がするのは、気のせいでしょうか。


 水野さん、ギューッって桃乃さんのほっぺたをつねりながら「んもー、可愛い桃乃ちゃん。私、霊魂を天上界へ送る方法、知っているんだよー。きもーちよく、逝ってみない? あとのことは私に任せてねっ」


「ふぎょょ~。ほっぺ、痛いですっお姉様ー」


 うーん、どっちがトラでライオンか、わからない。


「ははっ、若人の乳繰り――」


 ギンッと女子二人の鋭い眼差しに萎縮した真淵さん、言葉を途中で切った。

 僕は学習したのです。

 こういうときはそう、沈黙が答え。

 嵐が過ぎ去るのを待つ。

 ただひたすら、待つ。

 じっと、待つ。

 はむ。


「むーん、ちょっとカップって、していい?」


 なにをいきなり。


「なら、私もいいよねっ、村上君っ」


 いやいや、そうじゃない――。

 真淵さんにヘルプの視線を送るも親指を立て「グッジョブ、村上君」とエールを送ってきた。


「村上君が起きたら美術館に行こうか」


 僕が気を失う前提で話しが進んでいく……。


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