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とある子爵の時祷書 その9

 みんなより遅れて朝食が並べられたテーブルにつくと「かなり激しい一夜のようだったね」真淵さんはニヤニヤしながらそれだけ言うとカップを手にとり紅茶を一気に飲み干した。

 事の顛末は二人から聞いたみたいでそれ以上はなにも口にしなかった。


「おはよう、村上君……」

「佑凛お兄ちゃん、おはようでござるよ……」


 水野さんと桃乃さん、あきらかに作り笑顔で挨拶。


「おはようございます、みんなさん……」


 きっ気まずいで、ござるよ……。

 二人の顔をまともにみれない。


「村上君、大丈夫。君が無実なことは二人とも理解している。それに昨夜のことは、まぁ、オトコたるもの堂々と構えるべしっ、てっね」


 キッと真淵さんを睨む女子二人。


「ととっ、まぁ、あれだな。まだ十六才だし焦ることはないよ」


 さらにきつく睨む女子二人。

 フォローになっていませんよ真淵さん。

 でも、助けようとしてくれるその姿勢、ありがとうです。


「もぅ、あたしと水野お姉ちゃんが気づかなかったら、あの後どうなっていたんだろうねー。どう思うお姉ちゃん?」

「んー、そうねー。きっと村上君のことだからー『この世界でなら、僕は犯罪者にならないっ。それに彼女とも同意の上のことだ。さぁ、股を開くんだー!』とか言って襲っていたと思うわっ」

「キャー、水野お姉ちゃんのエッチ。最低ね、お兄ちゃん」

「うん、最低ね」


 ジトーとした目で見つめてくるお二人さん。

 はい、声がでません、僕。

 脇下が一気に汗で湿って、背中も冷や汗で濡れ濡れになりながら『水野さんってもしやエスパーですか?』と言いたいけど、言ったら確実に死亡遊戯コースなので心にとどめておく。


「村上くーん」

「はい、なんでしょうか、水野さん」

「んー、いつもより敬語度合いが高いよ? でね、私が聞きたいのはなぜ、黙っていて反論をしないのかなーって、思っただけ。もしや本心、当てちゃった――のかなーってね」

「そうですねー。水野さんの質問の内容が曖昧でよく分かりませんが、一つ言えることは、あの夜の出来事は彼女、ツルペティアーノさんから聞いたと思います。僕はなにもしていませんし、ただ彼女を助けたいと思っただけで、結果として君たちにカプッて、やられていまも首筋が左右ともに痛くてこうやっているだけでも痛みがジンジンくるのですよー」


 と言って右手で首筋を揉むしぐさをして、痛みをアピール。


「おほほほっ。村上君、前に話さなかったかしら?」

「はい?」

「村上君ってね、嘘を言うとき左の眉が上がるのー。それに饒舌になるのー」

「」

「ねえねえ水野お姉ちゃん。たしか決めセリフは『ギルティー、有罪よっ!』だね!」

「」

「言ってくれれば私なら――」


 真淵さんはコホンと咳払いをしてみんなの注目を集めさせ言った。


「いろいろと言いたいことがあるのは理解できるが、乳繰り合うのはそこまでにして、用意してくれた朝食が冷めないうちに頂こう。それと食べながらでいいから聞いてほしいことがある」

「そうだねー。と、真淵明ちゃんのところにも女の人が行ったのぉ?」

「」


 女子二人は、わかりやすいーと声を揃えて言った。


「ん゛ん゛っ、その話はまた今度。でだ、単刀直入に伝える。彼女のことは心配いらない」


 そして彼女は幸せになれる方向へ人生が進むとも付け加えた。

 僕はたたみかけるように、話の流れを逸らすように、質問をした。

 人身売買されないという下賤奴隷について。

 真淵さんは目を閉じ首を左右に振ってなにかぶつぶつとつぶやいた。

 そして口にした。


「この世界に来た以上、話さないわけにはいかないね。こちらの(ことわり)について」


 未成年者がいるから言葉をやんわりと表現すると付け加えて言った。


 この世界での命は『軽い』か『重い』の二つで両極端。

『人身売買される=人』として認められている存在。

 階級制度は君たちが思っているよりもたいへん重要なものであり、この世界の(ことわり)を支えているものでもある。

 家畜と下賤奴隷、どちらが身分が高いかというと家畜。

 家畜は乳を出し肉となる。

 さらに人の倍以上の力を発揮し、運搬や畑を耕すこともできる。

 下賤奴隷は人と同じことしかできず、肉にもならない。

 それが下賤奴隷の置かれた立場。


「彼女から聞いたよ。私の最初の相手が人であることを感謝していて、それを君に伝えたと――」


 女子二人から押し殺した驚きの声があがるも話を進める真淵さん。


「下賤奴隷の最初の相手になると不幸が訪れると、言われている。だから、人以外のものに奪わせてから使うんだよ」


 言葉を失いドン引きする二人。

 これでやんわり表現……。


「『使う』という表現、その言葉通りなんだ。だから私の本心を吐けば、あの場で村上君、君に彼女の最初を奪って欲しかった。そして、彼女の思い出の人となっても欲しかったと思っている」

「……」

「しかし君はなにもしなかった。でも、それでも良い方向へ向かうだろう。なぜか、それは君が首輪を外したから――」

「……」


「もし、君が下賤奴隷と首輪について知っていたなら、もしかしたら首輪は外れなかったかもしれない。じゃあ、外さなかったほうが良かったのかと言われれば、そうでもない」

「どっどういうことですか?」


「簡単なことだ。私たちは、この世界の人ではなく外の者。だから彼女を置いていくこともできる。心配しないでくれ、ただ置いていくのではない。ヨハン殿の下で給仕として雇ってもらう算段だ」

「首輪、そんなに深い意味があるのですか?」

「ある」


 頬に生えた無精髭をさすりながら、そう短く口にするとさらに言った。


『所有者』と呼ばれる者になると。

 それは『奴隷を持つ』というレベルのものではなく、もっと深い意味での『所有する者』と『所有される者』になり、それは誰でもなれるものではないとも付け加えた。


「そういうことだから昨夜のこと、二人とも村上君をあまり攻めないでやってほしい」

「「……」」

「いま話した内容は、あくまでさわりの部分。続きを話してもいいが、パンが喉を通らなくなるから聞かないほうがいい」


 すでにいまの内容で十分、朝食を食べられない状態です……。


「彼女はいま、主の元で身支度を整えている最中だろう。夕方には合流できると思う。もちろん今宵から村上君の部屋で過ごすことになる。そこは二人とも納得してくれ。彼女のためにも」


 小さくうなずく二人。


「……村上君、私はあなたを――信じているからね……」

「……あたしもょ……」

「と、話題を変えよう。もうすぐヨハン殿が迎えにくる。無理してでもパンと果物、飲み物を胃に入れてくれ。それと向こうの世界から持参した荷物を一度整理し、隠しておくからそのつもりで。長い一日になるぞ」


 真淵さんはそれだけ言うと無言でパンを食べ始め、僕たちもならって黙々と食事をはじめた。

 長い一日、なりそうな予感がします。


 ◆◇◆◇◆


「もうすぐ()(ブツ)が到着致します。しばしお待ちくださいまし」


 ヨハンさんはそれだけ口にすると(うやうや)しく僕たちにお辞儀をした。


「ヨハン殿、慌てる必要はないですよ。慌てる必要は私たちにありますからね」


 そう言って僕たちに視線を向ける真淵さん。


「ほふぁふぁふぁ~、モキャモキャ、フガフガッ、フ~ガ、フ~ガ、フゥガッ」

「えーと、桃乃ちゃんはなんて言っているのかな? 村上君」

「えーと『この添加物一切入っていないソーセージ、無茶苦茶美味しいよぅ』と言ってます……」

「振っといてなんだけど、わかるのかね?」

「ええ、なんとなく」


 桃乃さん、口一杯にソーセージを頬張り、ソースで口の周りが汚れるも気にせず6本目のソーセージを追加注文するところ。

 うん、たしかに美味しい。

 茹でた後、炭火で焼き目を入れて少し焦げているところがまたなんとも癖になるお味。

 それに味わい深いソースも絶品。


「モギュモギュ、ふわぁふわぁ~モチモチッほわわーん」

「で、水野君はなんて言っているのかな? 村上君」

「わかりません」


 水野さんはミルクを一気に流し込み、口の周りをナプキンで拭き拭きして「もう『このパン、モッチリしていてとても美味しいよ、村上君も食べて』って言ったのに私のことは、どうでもいいんだ……」

「なんとなーく、パンが美味しいまでは読み取れたけどそれ以上は……」

「村上君はもう少し、女心を勉強したほうがいいよ」


 そう言って食べかけのパンにバターを塗って「はい、あーんして」と僕の口元に運んできた。


「あっありがとう」


 指で受け取ろうとしたら首を左右に振って「あーんしてね、村上君っ」とにっこりする水野さん、可愛いぞと。


「むーんっ。あたしもー、はいっ」


 そう言って桃乃さんは半分食べかけのソーセージに、赤茶けた辛いマスタードソースてんこ盛りにして僕の口元にグイグイ押しつけてきた。

 プゥ~ンとヤバイ臭いが鼻を付く。

 ああ、これは食べたらアカンやつや。


「村上君は辛口派なんだね」


 水野さんはバターナイフの先にマスタードソースを山盛りにしてパンに塗り塗り、そして僕の口元に。

 うん、食べたら確実に死亡コース。


「ハハッ、朝から若人の乳繰り合い、見ていて楽しいぞ。で、どちらを食するのかね? 村上君?」


 いやいやいやいや、どちらも無理です。


「コホンッ」


 真淵さんの横に立つヨハンさんはひとつ咳払いをして「お二方、真淵様がお伝えしたいこと、理解しておりますかな?」

「「?」」

「真淵様は『私も双方からのご寵愛を頂きたく、思っている――』と、考えておられる。そうですな、真淵様」

「ハイィ~!?」


 変に語尾の上がった声を出してヨハンさんに目を向けるも、時すでに遅し。

 新しいソーセージと丸々一個のパンにマスタードソースがた~んと塗られ、真淵さんの目の前に表れた。


「ごめんね、真淵明ちゃん。除け者にしてぇ~」

「気がつくのが遅れて、すみませんでした」

「イヤイヤイヤ、なに言っているのっ。私はもうお腹が満たされたから、これはヨハン殿に――」

「客人にお出しした料理に、口をつけることはできませぬゆえ、ささっ真淵様、お覚悟、お決めくださいまし」


 ヨハンさん僕は生涯、この日のことを忘れません!

 これからパンとソーセージの組み合わせを見たら心の中で『ヨハンさん、ありがとう』と、つぶやきますっ。

 真淵さん、肩をガックリ落とし観念した模様。


「そっそうだな、男は、決断する勇気が必要と――以前伝えたね。村上佑凛君っ」

「ここでそのセリフ、言うのですね……」


 ◆◇◆◇◆


 五分後、唇を真っ赤に腫らし涙目の僕たち。

 僕たちに背を向け声を押し殺して笑い、プルプルと震えるヨハンさんと女子二人の姿があって、朝の食事は和やかなほんわかした雰囲気となった。


 真淵さんと僕は互いに見つめ合い、小さくうなずいた。

 結果オーライ。

 ですね。

 真淵さん。


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