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とある子爵の時祷書その7

 素肌をさらけ出したツゥルペティアーノさんはそっと立ち上がると両腕を背中にまわし、目を閉じ、天井に顔を向けた。


 僕の視線は彼女の裸体に釘付け。


 ロウソクの(あかり)の下、彼女の身体は橙色(だいだいいろ)に染め上がり、ときおりゆらゆらとロウソクの炎が揺らめき、肌の凹凸を浮き立たせた。

 か細い手足、小さな膨らみの胸、無垢な腹下、痩せ細った身体、そしてなによりも、いたるところに紫色のアザがあって、どのような扱いを受けているかが、否応(いやおう)になくわかってしまう。


 彼女はなにもいわずただ黙って目を閉じ、天井に顔を向ける姿勢を維持する。

 これはきっと、女を知らない僕に配慮した行為。

 本人の視線を気にすることなく、好きなだけ裸体を視姦していいというサインにほかならない。

 女の身体というのはどういうものなのか、そして、紫色のアザは──暗示している。


『使い潰しても、なんら問題ない』ということを。


 彼女のことを思うなら視線を()らすべきなのに、欲が邪魔をする。

 腹部にもアザがあって、その下──無垢な腹下から視線が逸らせなくなって、僕の内に広がっていく黒い欲望に身を委ねちゃいけないとわかっているのに、欲望の声が、妄想の声が、耳元でささやく。

(好きにやっちゃいなよ──)


 僕は犯罪者にならない。

 相手がなにをしてもいいというのだから、まったく問題ない。

 それに彼女は何人もの男に抱かれたのだから、僕がいまさらなにかしてもそれはただの通り雨のようなもの。


 さらに妄想を凝縮するなら、彼女が言っていた同性の幼子ではなく──異性の幼子を……、凌辱することもそれも複数──。

 少し前まで彼女の言葉一つ一つに心を痛め、胸の内がギュッと苦しくなる感情を抱き、彼女をなんとかしてあげたいと慈愛に満ちた!?自分がいた。


「……村上様」


 弱々しい彼女の声が僕を、甘い妄想の夢から覚ましてくれる。


 なにか返事をしなくちゃいけないと思うも、この場を収める適切な言葉がみつからない。


「……」

「……」


 僕は薄々気づいていて、それは彼女がこの部屋を訪れたときから心の内にあることを、見て見ぬふりをしていた。

 なぜか──わかっている。

 わかっているけど、それを表立って考えたくなかった。

 自分が惨めになるから──。

 彼女にあって僕にないもの。


 それは覚悟。


『生きている世界が違うから考え方だって違う』ってことなんだろうけど、それだけじゃない。


 決断する勇気が足りないって自覚しているし、直そうとがんばっている。

 がんばっているんだけど……。


「村上様……、お願いがあります……」


 ふいに彼女の声。

 目を閉じ、天井に顔を向けたまま立ち尽くす姿勢を崩すことなく、ただじっと僕の行動を待っているその姿に、僕は答えを出さないといけない。


 僕は、そう、決心──しなくちゃいけない──。

 彼女に、次の言葉を吐かせちゃいけない。

 僕は無言のまま近づき、彼女の肩まで伸びる髪の毛をかき分け、ほっぺたに手を当てた。

 小さく震える彼女。


「目を開けて、ツゥルペティアーノ……」

「……」


 顔を僕に向け、ゆっくり目を開ける彼女。

 潤んだ青い瞳に涙が見える。

 僕はそっと、指で涙を拭う。


「ぁあっ……」


 小さく声を漏らす彼女。

 僕は彼女をギュッと抱きしめた。

 少し強引に彼女の手を取りベッドに誘う。

 おぼつかない足どりのままベッドに倒し込み、さっきよりも強くギュッと抱きしめた。

 薄暗いため裸体はほぼ見えず、女性を押し倒したのにいたって冷静でいられる。

 僕の身体の下で、またも小さく震える彼女。


 ああ、やっばり。

 僕は確信を得た。

 彼女の耳元で僕は告げる。


 君は、嘘をついたね──と。


 唇を半開きにして、瞳を泳がしわかりやすい表情を見せた。


「なぜ、あんなこと言ったの?」

「……」


 なにも答えない。


「言わないほうが君のためになると思うのだけど……」

「……」

「なにも答えてくれないのなら、君をめちゃくちゃにしちゃうよ……」

「……村上様のなさりたいこと、お受け致します……」

「君の言葉を、僕は信用できない。だからやめます」


 そう言って抱きしめていた両手を離し、彼女に背を向けるようにベッドに腰掛けた。

 口の先まで出そうになった言葉を、僕はグッと飲み込んだ。


(君は、僕を騙そうとしている──)


「鈍感な僕でもわかる。君は、なにか隠している」

「そっそれは……」

「君を信用したいし、君と関係をもってみたいと思う。けど……」


 僕は彼女のほうに身体を向け、いま一度言った。


 君を信用したい──と。


 無言のまま数分が過ぎ、彼女は重い口を開いた。

 僕が満足して朝を迎えないと、処分されてしまうと。

 男と交わったことは一度もない。

 なぜ経験があると言ったのか、それは、生娘だとわかって躊躇されることを恐れたため。

 僕が考えていた通り、客人をもてなすことができなかったことで主に虐待を受ける。


「君のために、なにかしたいと思っている」

「ありがとうございます。でしたら、私をお抱きください……」

「君の身体にアザがこれ以上、増えないようにしたいと思っている……」

「……ありがとうございます。でしたら、私をお好きなようにお使いください。きっと主はやさしくしてくれると思います」

「君のために……僕ができることは、ほかにないかな?」

「……でしたら、私を──犯してください。このベッドにその証拠となる汚れを。そして、私の中に村上様の……」


「……」

「……村上様が私を、救ってくれようとしていること、痛々しいほどに感じます。そして、なにかしたいと苦悩する村上様の想い、たくさん伝わってきます。

 下賤奴隷(げせんどれい)の私のことを、ここまで大切に扱ってくださいました方は、家族以外では初めてです。

 私は感謝をしております。村上様に私をあてがってくださいました、主様に」


 僕はこの世界を舐めていた。

 身体に無数の紫色したアザを付ける主に、感謝の言葉を口にするなんて。


 真淵さんの異世界無双話を聞いて、僕もなにかできるのではと調子に乗っていた。

 彼女、ツゥルペティアーノさんにとって答え、出口、結果、そして未来は──決まっている──。


 固まる僕を横目に彼女は言った。


 私は、幸せ者にございます、と。

 初めての相手の方が、私のことを大切に扱おうとしていることに。


「村上様と交わることを、私は心より望んでいます」


 さらに付け加えた。

 最初の相手が人というだけでも幸せ者なのに、これ以上の幸を求めるのは、ことの摂理(せつり)に反する──と。


 僕は彼女をベッドに押し倒し言った。


 これから君を、めちゃくちゃにするよ──と。


 コクンと小さくうなずく彼女。

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