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とある子爵の時祷書その3

「真淵様と初めてお会いしたときもこのテラス。私はなにか、運命的なものを感じます」

「運命的なもの……、フフッ」

「どうされましたか?」

「いや、なんでもないですよ、ヨハン殿」


 灰色のローブに身を包み、髭を(たくわ)えたジョルジュ・ヨハンさんが口にした『運命的なものを──』を耳にした僕もちょっと苦笑い。

 街の中心に建つ、この地域一帯を治める子爵邸のテラスに僕たちとヨハンさんの五人でテーブルを囲み、優雅に午後のアフタヌーンティーと洒落こんでいた。


「時にヨハン殿、あれから幾月の月日が流れましたか?」

「そうですね……。十年と少々でしょうか」

「十年か……。いつの間にか私のほうが先に、年老いてしまったな」

「真淵様、年老いたのではありません。深みが増したのでございますよ」


 苦笑いをしながら真淵さんは温かい紅茶を口にしながら「ヨハン殿、少し私の話しに付き合って頂きたい」そう言ってとつとつと話しはじめた。


 最初にこの地に足を付けたのは、中学二年の夏休み。

 そのときはわけもわからず必死になって半月程度さまよい、その時に命を救ってくれたのが若かりし頃のヨハン殿で、それがきっかけとなり縁ができた。


 二回目は大学二年のこれまた夏休み。

 そのときはいろいろあった。

 三回目は外務省で中堅になろうとしていた三十五のとき。

 そして四回目が今日、五十二才の私。

 以上だ。


「真淵様、初めてお会いしましたとき、たしか十三とおっしゃっていたと記憶しております。そしていまは五十二才。そうなりますと、そちらの年数で約四十年の歳月が流れたことになります。間違いないでしょうか?」

「ああ、そうなるな。最初の出会いの時、ヨハン殿は二十台半ば。お互い、年をとったものだな」


 真淵さんは僕たちにわかりやすいように説明してくれた。


 事実その1、共に端数切りして、こちらで十年の年月が流れ、向こうの世界では四十年の年月が流れた。現在ヨハンさん三十代半ば。真淵さん五十二才。


 事実その2、とすると『こちらの世界の一年』は、『向こうの世界では四年分』に相当することになる──とはならない。


 事実その3、例えるなら川の流れのように、流れの早い急流、淀んで遅い怠慢な遅流、または、せき止められて流れていない水流があるように、たえず一定には流れていない。

 それと同じように時間軸も変化にとんだ進み方をしている。


 事実その4、なぜか、それはわからない。

 ただ現実が、そうなっているだけ。


 僕は聞いた。

 それならこちらで十日間過ごすと、元の世界ではどのくらいの時間が過ぎるのかと。


「いままでの実績と感覚からすると、数時間から長くて一日程度。どうも長く滞在すればするほど時間の進みが遅くなるようだ。十日滞在で一日分と仮定し、百日滞在なら十日分とはならず、元の世界に戻ると四~七日程度になる」

「なんとも不思議な現象ですね」


「そうなんだ。なにか呼び名はないかと思い勝手に『加速する時間の鈍化現象』と私は呼んでいる。つまり、滞在時間が長ければ長いほど『時間の鈍化現象が加速していく』と、私は考える」


「加速する時間の鈍化現象……、僕の勝手な推測になりますがもし、こちらに百年いたら逆転する可能性もあるかもしれませんね」


「それについては考えたことがある。こちらで八十年滞在して、元の世界へ帰ると旅立ったときより時間が巻き戻ってしまう可能性について。しかしそれは、神をも恐れぬ大罪的な発想だろう」


 神をも恐れぬ大罪的な発想──たしかにそうだ。

 もし、この会話を神様が聞いていたなら、晴れ渡った空に一片の黒い雲が突如出現し雷鳴(らいめい)ともに、一筋の雷が落ちてここにいる全員、亡骸すら跡形も無くなり塵と化すだろう。


 水野さんは、身を乗り出し言った。

 それは可能ですかと。


「可能かと言われれば可能と答える。しかし、医療も食料事情も政治情勢、価値観すらまったく違うこの世界で八十年生きることのほうが難しいだろう。なにせ風邪一つで死んでしまうこの世界では」


 たしかにそうだ。


「あたしはやだなー。だって、プリンも苺大福もなければ、ハンバーグもない。テレビもインターネットも無いんだよー。ゲームだってできないぢゃん。それに三日後の天気もわからないぢゃんぢゃん」


 桃乃さんなんです最後の『ぢゃんぢゃん』って。

 まぁ、可愛いからいいですよ。


「なんと、三日後の天候もわかるのですか? いったいどうやって」


 ヨハンさん、いままでの会話を全部聞いていて、突っ込むところはそこですか。


「うん、わかるよー。ほかにも、いまどこで雨や雪が降っているとかもわかるんだよー。あ、苺大福はとても美味しいよ」

「そうだね、桃乃ちゃん。コンビニのレジ横に置いてある苺大福はトラップ以外何者でもないね」


 あ、うん。真淵さんまで。


「真淵さん、話を整理していいでしょうか?」


 いつになく真剣な眼差しの水野さん。


「仮にもし、二十歳の年齢の時に『こちらの世界』に来て、八十歳の年齢で『元の世界』に戻ると出発地点の二十歳ではなく、それ以前の自分、つまり十五歳になるやもしれない、と」

「そういうことだ」

「そうしますと『時間の鈍化現象』はただの過程で、結果は『一方通行のタイムスリップ』または『若返り』の可能性があって、しかしその結果すら……」

「そういうことだ。というか水野君、君はすでに気づいているのだろう?」

「はい……」


 鈍感な僕でも気づいた。


『一方通行のタイムスリップ』『若返り』すらただのおまけで、一番恐ろしいことは『()()()()()()()()()()()()()()()』ができること。


 水野さんは僕のほうを見て言った。


「これってある意味、マンガや小説、アニメに登場する、異世界転生……だよね……」

「そうなるね……。異世界への水先案内人、トラック昇天からーの、純正統派異世界転生ではないけど、記憶を持ったまま人生をリスタートできる時点でチートと言っていいと思うしある意味、ジャンル的にもトラック転生と言っていいと思う」


「若い子たちの感性はまた違うものがあり、面白いものだ。トラック転生なるものは私にはわからない。私なんて単純に、永久に時間の中を彷徨(さまよ)う、時の旅人になれるやもしれないと思った程度だ」

「時の旅人──、ロマンがありますね」


 水野さんはそう付け加えさらに「この話、ちょっと無理がありません? 恋愛小説を読んでいたらなぜか途中から、類似型トラック転生モノになってしまって、いっきに読む気が失せてしまいますよ」


「うーん、そうなるかもしれないけど書き手の人が『これは断じてトラック転生モノではありませんっ』って言えば、転生モノにはならないと思うよ」


 僕たちの話を聞いていたヨハンさんがスッと手をあげ、質問をしてきた。


『トラック』なるものは、なにか神秘のベールに包まれた孤高の存在なのかそれとも、死神の使い魔かなにかなのかと。

 どちらかというと、使い魔のほうが正解かもしれないけど、それは言わずに「虚無(きょむ)概念(がいねん)といいますか、存在自体があってないようなものですから……」と伝えた。

 それを聞いたヨハンさんと真淵さんは首を(かし)げ、水野さんは小声で「ぁぁ、わかるよー村上君っ、中二……病」


 そんな中、桃乃さん曰く。


「あたしが生きていたころだったら、牛馬の引く荷馬車だったよぅ」と。


 時代が変わると転生方法も変わるのですねー。

3月12日(金)底辺作者のスレに晒してみました。※活動報告にて書き込み済

鋭いご指摘をたくさん頂き、誤字脱字や読みやすいよう、見直しをすることにしました。

遅い更新がさらに遅くなってしまい、申し訳なく思うばかりです。

すみません。

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