六月上旬、雨降りの一週間~ その2
第32部を飛ばして掲載してしまいました。
すみません。
雨降る窓の向こう側、なにか喋っているけど聞こえない。
明らかに不機嫌。
水野さんの視線、僕と桃乃さんを交互に見ている。
トントン……。
「いっいま、開けるよ!」
僕の膝枕からゆっくり桃乃さんの頭を持ち上げ、代わりにクッションを詰める。
カラカラカラ……。
「窓、鍵がかかっていないよ。不用心だよ、村上君」
「そっそうですね。不用心ですね……」
「お邪魔してもいい?」
「どっどうぞ」
傘を壁にかけ、靴が濡れないように軒下の隅っこに置いて「お邪魔しまーす」と小声で挨拶をして室内へ入ってきた。
いつもの後ろで髪を束ねるスタイルではなく、お団子頭。
昨日の如月先生と桃乃ちゃんの二人の、お姉ちゃんみたいな感じにも見える。
最近の流行?
「桃乃ちゃん、気持ちよさそうに寝ているね」
「そっそだね……」
「やっぱり村上君の膝枕が気持ちよかったから、かな?」
「ちっ違うよ!」
水野さんは口元に人指し指を立て小声で「起きちゃうよ。向こうで……」と言って、視線をリビングとつながるキッチンのほうへ向け、二度三度うなずいた。
あちらで話そうというわけですね。
鞄からタオルを取り出し湿った髪にあてながらキッチンへ向かう水野さん。
制服の上着を脱ぐと、白い長袖のシャツも所々濡れていて淡いブルーの下着のラインがうっかりうっすらと見え、ハッと気づくと水野さんは振り向いていて目と目が合った。
「村上君、なにを見ていたの?」
「なっなにも見ていないよっ」
「ふーん」
眼鏡をかけ直しジィーッと見つめてくる水野さん。
「そっそうだ、いま温かい飲み物を用意するね。キッチンテーブルに座っていて」
それだけ言うのが精一杯。
ティフエールに水を二人分入れてスイッチを押し五分待ってと伝える。
背後で椅子を引く音が聞こえ「村上君、体調不良でお休みって聞いたから心配して来てみたの」
振り向く勇気がない。
水野さんとはとくになにもなくて、ただの友達で、桃乃さんのことを知っている唯一の身近な知り合い。
ただそれだけ。
それだけ……。
でも、なぜか心が苦しく怯える!?
なにに怯えるのか正直なところ、自分でもよくわからない。
「私の問いに、答えてくれないんだ……」
沈んだトーンでさらになにかを口にしてるみたい。
聞き取れない。
振り向くと椅子に座り、沈痛な面持ちの水野さん。
「えっとー、なんといいますか、そのー」
「……」
「実はですね、体調は悪くなくて、仮病……デス」
「……」
「お見舞い、来てくれたんだ。ありがとう……」
「……」
なにも言わない水野さん。
「えっとー、そのぉー。ちょっと、ちょっとだけ、学校に行く気分じゃなくて、どうしようかなーと考えて、それじゃあもう『えいっ!』って感じで休みました、はい」
と、言葉と身振り手振りを合わせて表現してみたら「プッ」っと噴き出す水野さん。
「っ、ごめんなさい、以前テレビで観たお笑い芸人さんのコントに似ていて、つい思い出してしまって可笑しくて」
「はい、よろこんで頂けたようでなによりです。ズンドコ笑ってください」
ブッっと僕の顔に唾が飛んできて慌てて口元を抑えるも遅かったようです。
「本当にごめんなさい! 私のばかぁー! いま、顔拭くね!!」
「大丈夫だよ、ティッシュで拭くから。それに水野さんのならきたなくないよっ」
「えぇっ?」
「いや、変な意味じゃなくて! ほら、なんといいますか、そのー、アレですよ、アレ!」
「アレ?」
ぼく、なんかやっちゃいました? ええ、ガッツリやっちゃいましたね……。
どうしよう……。
「村上──君、それはほんと?」
ほんと?、本当かと言われれば『本当ですっ』って言いたいけど、真実を言えるわけもなく答えのみつからない会話がぼくを苦しめる。
てか、自分のうっかり発言がことの発端……。
「えーと、水野さんかわいいし、女の子だし、好意を持っている男子もいるみたいだし(なに言ってるんだ自分!?)それに僕も男だし、性的な目で全然見てないし(違う違う、ド壺にハマッているぞ自分!?)ほら、思春期だけどいまは昼間だし……ねっ」
床を見つめプルプル震える水野さん。
「ごめんなさい、水野さん! 変なこと、言っちゃって」
「……」
足元をモジモジさせ、なにか言いたそうだけど言葉は出てこない。
「水野さん、本当にごめん!」
「……村上──君」
「ハッハイ……」
「なんとなく、なんとなくだけど、私のことを……そういう風な目で見ていたんだ」
「いえ、違いますけど──」
「けど?」
「いえ、そのー」
「私、私って魅力のない女ということ?」
「そんなことないよ、魅力、いっぱいあるよ!」
「なら、そういう風な──性的な目で見ていたのでしょ?」
「違うけど、本当かも!」
「かも?」
終わりました。
完全燃焼で終わりました。
「村上君、本当のこと、教えて」
「本当のこと?」
「そう、村上君の本当の気持ちを──」
「はぁいっ! そこまでぇーーー!!」
僕と水野さんの間に両手を広げグイッと割り込んできた桃乃さんは、そのまま両手をプンプン振って僕たちをポコポコ叩いてきた。
「なに、いい感じになってるのよぅー」
顔をプーッと膨らませブーブー文句を言ってこの場を完全に掌握した。
僕は最大限の感謝の意を込めて(ありがとう!)と心の中で叫ぶ。
「桃乃さーん、いつから起きて……」
「桃乃ちゃん、どの辺りから私と村上君の会話、聞いていたの」
「フーンだ。教えなーい」
ソッポをむいてプイッと天井のほうに顔を向け「もぅ、あたしがちょっと目を離すとこれなんだから」
なにがこれなんでしょう。
でもまぁ、絶好のタイミングであいだに入ってきてくれたのだから、うれしいかぎりです。
「トイレ。トイレに、代わりにいってあたしの分のおしっこ、してきて!」
んな無茶な。
「えぇ、桃乃さん、なに言ってるのですか。それに、どっちに行ってきてほしいの?」
「そんなの決まってるでしょ!」
ですよねー。
「もう、行ってくる! その間にホットココアとチーズケーキとシュークリームと苺大福、用意しておいてね!」
ホットココア以外無理……。
「わかったわ。テーブルに並べておくね。村上君、お湯は沸いたかな?」
「はい?」
「あるの。買ってきてあるのよ。お見舞いにと、ね」
やさしい心遣い。
ありがとうです、水野さん。
「ありがとね、水野お姉ちゃん。許してあげる、水野お姉ちゃんはっ!」
そして僕はティフエールに水を二人分入れスイッチを押したものの、プラグコードが抜けていたことに、いまようやく気づいた。
で、水野お姉ちゃんは許してもらえたみたいだけど、僕は許してもらえないのね。
なにを?
パタパタとトイレに向かって廊下に飛び出す桃乃さんに、半笑いで手を振る僕。
もちろん心の中で(ありがとー)と、叫んで。
「村上君、さっきの──なんだけど」
さっきの?
えーと、どれでしょうか?
「私、私もきたなくないと思っているよ」
「はい?」
「そのー、村上君の唾……。キャー言っちゃった……」
僕の失態を許しつつ、自分を下げてまで僕をかばってくれる優しさ、素敵です。
「ありがとう、水野さん」
僕は微笑みをもって、水野さんに返答の意を返す。
「でね、村上君。私にもしていいよ」
「はいぃ?」
「私の、私の顔に唾、付けていいよ」
「そんなことしなくても、水野さんのそのやさしさで十分ですよ」
「うんうん、して──してほしいの。お願い……」
顔をカァッと赤らめ黒縁メガネを曇らせ、首をちょんとかしげ僕の目の前で「はふぅ」と吐息を漏らし、ちょっとイッちゃってる雰囲気で、そういう風な目で僕を見ているように感じてしまう。
もしや僕もちょっと前、水野さんに対してそういう風な目で見ていたかも。
まぁ、サキュバスに絡め捕られる水野さんを想像していたときはもっとすごいヤバい表情だったでしょうね……。
これってもしかしてある意味、両思い!?
と、強引に考えてみる。
そんな悶々!?とした感情のぶつかり合い、トイレから豪快に帰ってきた桃乃さんによって、あっさりすっぱりすべてもっていかれた。
「甘いもの、いっぱい食べたぁーい」
そう言って。
※三月が明けるまで更新が滞ります。
理由は、花粉症がきつくて……。
薬を飲むとものすごく効きすぎてしまい、ぼぉーとしてしまうためです。
以前、市販の某有名薬を半分飲んだだけでほぼ二日間抜けませんでした。
頭の中に薄い霧のようなものが常時広がっている感覚になりました。
ので、根性で薬ほぼなしで生活をしています。
すみません。