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六月上旬、雨降りの一週間~ その1

 月曜、今日も朝からしとしと雨降り。


 天気予報だと終日雨。

 朝、目が覚めて一番にしたこと、それは欠病の電話を学校に入れたこと。


『わがまま聞いて。今日一日、一緒にいたい……』


 いつもなら首を横に振ってそれはできないと言うところだけど今日は『いいよ』そう伝えて、学校に欠席の連絡を入れた。

 ダメ元で聞いてきたせいか予想外の答えに一瞬戸惑う桃乃さん。

 でもすぐに「やったー!」と明るくバンザイをして「今日の朝ごはんはあたしが作るね!」と言い残しキッチンに向かい、冷蔵庫の扉を開けて卵を二つ取り出した。

 きっちり中まで火の通った目玉焼きかな?

 半熟は苦手と以前、言っていた。


 家事の分担は僕が七割、残り三割が桃乃さん。

 おもに洗濯と掃除をしてくれている。

 近所の人たちとは極力接触しないように気をつけている。

 さらに念には念を入れて『こっそり洗濯&掃除』という形でお願いしている。

『こっそり洗濯』単純に衣類乾燥機使用と室内干しがメイン。

 外干しするのは毛布や寝具の天日干しくらい。

 掃除は掃除機が苦手なため、(ほうき)とハタキでパタパタとやってもらっている。


 料理は、そこそこ。

 生前、生きていた年数を考えればできなくて当たり前。


「お味噌汁の具はネギと豆腐でいい? 野菜コロッケとカニクリームコロッケ、どっちがいい?」


 声のトーンを弾ませ訊ねてくる。


「ネギと豆腐の組み合わせは美味しいよね。コロッケはどちらでもいいよー」

「どっちでもいいの? うーん……、ではでは、半分こっこでー」

「あいー」


 なんだろう、朝から幸せがスキップしてやってくるこの感じ。




「雨、やまないね」

「うん、そうだね」

「いいこと思いついたぁ」


 ピンクのストライプ入りの黒のジャージ姿に、いつものお団子頭を揺らしながらテーブルをズリズリと庭の見えるリビングの窓前まで引っ張ってきて「ごはん、ここで食べよ」

 僕はすぐに理解した。

 六月だというのに足元から底冷えする冷たい雨を絵に、まったり朝食ということなのね。


 以前、桃乃さんは言っていた。

 生前、隣町の庄屋の若旦那は生まれつき体が弱くいつも家にいて、彼の密かな楽しみは雨の日、軒先深い縁側に胡座(あぐら)をかき座り、シトシト降る雨を(さかな)に酒を()むこと。

 醤油をちょいと()らしたカツオ節に漬け物を少々、(かん)した日本酒を入れた徳利(とっくり)とお猪口(ちょこ)を小さな配膳台に載せ、なにをするわけでもなくただ酒を(あお)り山里に静かに降り注ぐ雨を見て一日を過ごす。

 そんなことをしているともちろん周囲から『変人』のレッテルを張られ煙たがれた。

 でも彼はやめなかった。

 三十六才の若さで死ぬ間際まで。


 彼がこの世に残したもの、それは三冊の本。

 一冊は郷土史、もう一冊は小説、三冊目は死ぬ直前まで書いた本で内容はなんだったかなー、記憶の片隅でホコリをかぶってしまった

 あとで聞いてみよう。


 そうこうするうちに食欲をそそるいい匂いがしてきた。

 桃乃さんが運んできたテーブルに、僕は椅子を並べて置く。

 外の景色を二人で眺められるように。


「目玉焼きできたよー。ほかのおかずもいい感じだよー」

「了解でー」


 温かいうちに食べよう。

 テキパキと配膳をしてからーの、桃乃さんを椅子にエスコートして「「いただきますっ」」

 カリカリに焼いた目玉焼きに塩を少々フリフリしていただく。

 んー美味し。

 焦げ目がいいアクセント。


「桃乃さん、なんで半熟は苦手なの?」

「えーだってー」

「はい?」

「お腹、こわすよ」

「はむ」


 ああ、そうか。

 桃乃さんが生きていた明治から大正時代にかけての食料事情を考えると、完全に火の通っていない料理はかなり危険だったはず。

 それにいまの時代の卵と違って衛生的にも問題があったろうし、食べ方に違いがあって当然。


「半熟のほうが好き?」

「うんにゃ、僕もカリカリ目玉焼きのほうが好きかな。とくに焦げ目とか美味しいよね」

「うん! 美味しいよね。私も好き」

「僕も好きー」

「半分こっこしたこのコロッケも美味しいよー。なんたってお肉屋さんカドマサの逸品だものー」

「おー」


 僕の「おー」を最後に会話はなくなった。

 窓の向こう、庭に植えられている庭木にヒタヒタと雨粒がたれ、葉っぱを上下に揺らし緑々した芝生を濡らしていく。

 テレビの天気予報だと今日は一日中、雨降り。

 時折、小鳥のさえずりが聞こえる。

 きっと隣の深い緑に覆われた公園の木々のどこかで、雨宿りをしているのかな?


 はい、僕はいま、とっても幸せです。

 もう、このままずっとこうして朝食を食べていたい。

 うーん、見事に妄想垂れ流しの自分。

 心、成長しないなーと。

 まぁいいけどね。

 ついプッと一人笑いをしたら桃乃さんがこっちをみて「?」って顔をしたので、正直に「このままずーっと、朝食を食べていたなーってね」


「このままずーっと?」

「そそ、ずーっと」

「とりあえず、食費がすごいことになるよぅ」

「って、そこかーい!」

「そこだよー」


 二人して顔を見合せププッと笑みがこぼれ「桃乃さん前歯に青海苔が付いてるよ。どの料理に青海苔inしていたんだろう?」って言ったら「えーほんとうー、じゃあーとって」って返された。

 両目を閉じて唇をツンと突きだしてきた。

 いやいやソレ、どうみてもちゅーをして欲しいって仕種なんですけど。


「どうしたのー。はやくぅー」

「いや、ちょっとまてぇーい!」と、桃乃さんの頭に軽くチョップをして誤魔化そうとするも「ふーん、そうやって逃げるんだ。ジィー、熱い視線を投げかける音だよ。ジィー」

「効果音、付きですか」


 なにかを訴える疑い!?の眼差しを送ってきた。


「おかしいなぁー。小学生のあのときは、もっとガツガツしていたのに、おかしいなぁー」

「うっ」


 いや『ガツガツ』って表現ではなく──もっとこう『ふんわり』だったような記憶がある僕です。


「ううっ、あのときのあれは遊び、だったんだ……。ヒドイ」


 顔を下に向け、グスングスンと息をたて足をパタパタと揺らしてきてさらに、身体から冷たい冷気のようなものがサワサワと湧いてきて、うーんちょっとまずいかも。


「桃乃さーん、お手軽なこと限定ですがなんでもいう事、聞くからご機嫌なおしてほしいです。ちゅー以外で」

「……なんでも?」

「はい、お手軽なことをなんでも。ちゅー以外で」

「お手軽限定というのが引っかかるけど、それは解釈によってなんとでもなるよねっ」

「……」


 豪快に『ゴキュリ』と唾を飲み込む桃乃さん。


「セクハラエロおっさんかーい」


 ハッと気づくもつい心の声がでてしまい『後悔先に立たず』ってこのことだねっ。


「ごはんもいいけどやっぱり一番はこれだねっ!」


 それだけ口にするとカプッって首筋に噛みついてきてその勢い、確実に瞬殺コースのエグイ吸い方。

 僕は息を止め全身に力を入れて、身体の中から『ナニカ』が吸われていくのを阻止しようと抵抗を試みるもあと三秒ともたないだろう。

 薄れゆく意識のなか、カプッてしながらなにか喋っている声が聞こえるけど、いまの僕には届かない。


 ◆◇◆◇◆◇


 おっ重い……。

 身体にのしかかる重みで目を覚ますと、ソファーに横になっている僕の上で桃乃さんが寝息を立てて寝ていた。

 時計を見る。

 午後三時。

 見事に半日も横になってしまった。

 仮病で休んだつもりが、まさかの本当に体調不良一歩手前になってしまうとは。


「うーん、どうしてくれよう……」


 上半身だけそっと起こし、お肌ツヤツヤプルンプルンの桃乃さんのホッペをキューっとつねってみる。

 返答なし。

 右目を強制的に開けてみるもまったく起きる気配なし。

 てか口元、微かにヨダレがたれた跡がある。


 桃乃さん、ちっちゃな身体なのにどうも燃費が悪いよう。

 ご飯パクパク、僕からチューチュー。

 幽霊から実体化した影響ではと推測。


 いつも思うことがある。

 首筋にカプッて噛みつかれるとき、桃乃さんの吐く息が首筋をなでてきて、女の子!?特有の甘い香りも漂ってきて、僕の心を狂わす欲望にまみれた感覚!? 心!? 男の性!?があることを、知られてはいけないといつも思う。

 一回だけ『カプッ』ではなく『甘噛みハムハム』されたときは夜、なかなか寝られなかったことがある。

 あれはあれでそう、いろいろな意味を含めやばかった。


 某アニメで観た主人公のライバルキャラAは、快楽の虜となり己の命を削って相手に生命の源を与えすぎて瀕死の重傷。

 それを観たとき『アホですなー』と思ったけど、実際にそれに近いことをやられると、そう、オトコって生き物はアホです。


 いまなら全力で力強く言える。

 サキュバスさん、どこかにいないかなー。


 ふーむ、サキュバス→魔物→この世界のモノではない→呼べないか→呼べる!?→もしかしたら……→水野さんなら……。

 可能性を加味(かみ)して考えると水野さん、天使を召喚するはずがついうっかり失敗して魔物サキュバスを召喚してしまい『ここは僕がくい止める! みんな逃げて!』

 ……あると思います。


 とりあえずエナジードリンクを大量に確保する必要があるかも。

 いや……、ここはひと(ひね)りが必要。


(わらわ)(けが)れたオトコに興味はない! 妾を召喚した水野とやら、お前を頂くぞ!』

『キャァー!』


 サキュバスの背中から無数のヌメッとした(たこ)の足のようなものが生えてきて、逃げようとしている水野さんの足に(から)まりあっという間にそのまま吊るし上げられ、さらに蛸の足はトレードマークの黒縁メガネを奪い取ると、苦悩に(あえ)ぐ水野さんの表情がはっきりと見える。


 次の瞬間、メガネは粉々に粉砕されてしまい、さらにさらに僕の見ている目の前で蛸の足は制服をビリビリに破りその勢い衰えることなく、執拗に身体に絡みつき舐め回されていくなか、水野さんの純潔は散らされ──。


 ふぅ。


 一本書けるかも小説が。

 よし今度『小説家たちになりましょう』に登録して書いてみようかなー。

 タイトルは『サキュバスに(から)め捕られて養分になってますっ』

 どやっ。

 んー、百合モノではなく、成人指定とかになるのかなぁ?

 ファンタジー百合モノかな!?

 今度調べてみよう。


 いや、サキュバスの設定が甘い!?

 背中から蛸の足は王道路線から外れすぎかも。

 となると、女性でもなく男性でもない中立な存在とか──いや、古典すぎる。

 人口生命体とのハーフでロボットの要素も取り入れつつ──いやいや、ギャンブル感の要素が強すぎる。

 複数に分裂して襲いかかる──う~ん、書くのがたいへんかも。

 となると、やっぱりオーソドックスに普通が一番、かなぁ。


 個人的には複数のサキュバスたちに『おもちゃ』として扱われる水野さん、絵になりますわー。


(わらわ)たちを召喚しておいてもう()ち果てたか。しかしそれは許されぬぞ! 身体復活の儀を()り行いまた戻そうぞ。純潔をな!』


 水野は悲鳴を上げるもサキュバスの唇に封じられ、声すら支配されてしまい、身も心もすでに自分のモノではなくなってしまった現状に涙を浮かべるが、サキュバスはそれすら許さなかった。


『泣いたところでなにも変わらぬぞ。さあ、今一度純潔を散らしてくれようぞ!』


 ふぅ。

 これ以上はトイレに行きたくなるので考えるのはやめにしよう。


 うーん、設定がまだ甘いなと。これだと水野さんの体力がもたないだろうし、第三者も登場させて桃乃さんも……。


 んー。


 でもそれはいろいろな意味を含め一発アウトのような気もする。

 それに、そんなことで、桃乃さんを、汚したく、ないなぁと。

 水野さん、汚れ役キャラというわけではないけど、なんとなくね。


 そう、なんとなく……。


 ふいに雨音が途切れた気がした。

 窓の外の庭先に視線を向ける。

 雨、降っている。

 朝方と同じ、しとしと降りそそぐ雨。


 なに?

 はむ。

 窓のガラスの向こう側、視線が合った。


 水野さんと。


短編小説の『甘ったるい臭いの逸楽の宴』はちょっとリンクしているところがあります。

お時間のある時に~。

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