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六月上旬、美術館と僕たち その8

メモ書き20210211修正 名前変更。樹→佑凛(ゆうり)

「美代お姉ちゃん、ハンバークとスパゲッテー美味しいね」

「うん、美味しいね。スパゲッティーは、ティーだよー。あたちのぶんのスパゲッテーも食べる?」

「うん、食べるー。ありがとー」

「いえいえ、どういたしまして」


「あらあら、お(おそろ)いのオーバーオールに、お団子頭のかわいい姉妹さんですこと。今日はみんなでお買い物かな?」

「うん、美代お姉ちゃんとお買い物に来たのー。このお団子頭はさっきお姉ちゃんにしてもらったのー」

「そうなのー、とても似合っている髪型よ。上野でお買い物、楽しんで行ってね」


 お年を召された店員さんは、追加で注文したフルーツジュースとアイスミルクティーをテーブルに置きながら「カルアミルクはアルコールの入った大人用の飲み物だから覚えておいてね」と伝え、厨房のほうへ戻っていった。


「ふぅ、スペシャルお子様ランチとお酒、いいコンビだと思ったんだけどなー」


 なんですかそのヤバそうなタッグは。

 顔を引きつらせながら僕と水野さんは店員さんとのやり取りをただ黙って見届け、如月先生に奢って頂きありがとうとお礼を伝えた。


 本当は先生の馴染みの喫茶店に行くも今日は臨時休業でお休み。

 しかたなく歩いて五分のところにあるファミレスで休憩することになった。


 てか先生『いつもの喫茶店』って言っていたけど、どちらかというと『お酒を提供しているお店だけどコーヒーもあるよ!』みたいな雰囲気のある店構えだったのでそのことを尋ねたら、お店の一番奥の目立たないテーブルに案内してくれ、一人のんびりお酒が飲めるからよく利用しているとか。

 昼間からお酒をあおる高校教師、見た目に反して豪快な先生の一面を知ってしまった僕と水野さんはちょっと引き気味。


 僕はそれ以上深く突っ込まなかった。


「先生、いま気づきました。スペシャルお子様ランチ税込み(780円)は大人不可と書いてありますが……」

「あー、そういうことか。お子様ランチを注文していなければお酒、頼めたのかー。だからお酒を断られたのかー」

「いえ、ちょっと違うと思いますよー」


 ハッと気づく僕、つい言ってしまった。

 先生は一瞬、気後れして目をまん丸に見開きグッと固まるもすぐに気を持ち直して、お子様ランチのピラフの上に立っている旗を引き抜くと僕の頭に刺してきた。


「旗の先の爪楊枝が刺さって痛いです、如月美代先生様」

「そうかー、痛いのかー。ということは君にも赤い血が流れている人としての証拠。よし、今日一日私と別れるまでその旗を刺しているように」

「ええっ……」


 ププッと笑う桃乃さんと水野さん。


「村上君、一緒に歩くのはちょっと気が引けるけどこの店内だけならいいと思うよ。かわいいし」

『かわいい』の使い方、間違っていません?

「あたちはおそとでも全然へいきだよー。水野お姉ちゃんは心がちっちゃいね」

「なっ」


 なに張り合っているのですか桃乃さん。

 それに見た目相応の言葉遣いを口にして、僕の瞳をウルウルと見つめてくるあたり策士(さくし)

 二人のやり取りを見て、肩を揺らして笑いをこらえる先生、あなたが事の発端ではと心の中で突っ込むも、よくよく考えたら自分がつい言ってしまったのが原因でこうなった。

 ごめんなさい、水野さん。


「そっ、そういえば桃乃ちゃん。『門(地獄の門)と同じ空気を感じる』とか言っていたよね。それはなんなのかなぁ? それと、絵画の中で真淵さんと二人、どこに行っていたのかなぁ?」

「ぐぅっ」


 詰まる桃乃さん。


「お留守番していた私にも教えてほしいなー」


 その二つ、僕もずっと気になっている。

 でも、聞いちゃいけない気がしてずっと聞けずじまい。

 美術所蔵館に入る前『門と同じ空気──』それはきっと、あの絵画のことだろうしあまり気にならない。


 水野さんが口にしたもう一つの問い、絵画のなかで二人はどこにいたのか。

 そっちのほうが僕にとって気がかりで知りたいと思うも、知ったら知ったで後悔しそうな気がする。

 本当は勇気をもって尋ねないと。

 それができない自分、純粋なまでに陰キャ。


「おーまぁえーたちぃー、先生のことを忘れて盛り上がっているんじゃないよっ」


 そう言って桃乃さんのお子様ランチのピラフに突き刺さる旗を抜き取ると、水野さんの頭にプスッと指した。


「痛っ」

「似合っているぞ、水野」

「うんっ、かわいいよ。水野お姉ちゃん」

「まぁまぁ先生~、落ち着いて。店員さんがこっちを見ていますよ」


 厨房手前にいる店員さん、にこやかに笑顔を見せながら手をふってきた。

 その手前にいるカップルもこっちを見てクスクスと笑っている。

 きっと、仲むつまじく戯れ合っているように見えるのだろう。


「よし、先生は落ち着く。だから村上、君も落ち着いて話を聞かせてもらおうかな」

「はい?」

「私は誰?」

「えーと、先生ですが」


 オーバーオールとお団子頭が似合う素敵な先生です。

 ちょっと人使いが荒いけど。


「そうだ先生。で、君とはどういったつながりを持っているかな?」

「はい、僕が通う学校の先生で、四月に入学した新入生のクラスを受け持ち、僕のクラスのメイン担任でもあります」

「ということは、君のことを少なからず知っているということだね」

「そうなりますね」

「で、どういうことかな?」

「どういうことと、言われましても……」


 ふいに先生の視線が桃乃さんのほうに向けられ、横に座る水野さんはハッとした顔で僕を見てきた。

 ああ、そういうこと……。


「村上、君には大学に通う年上の姉がいると聞いています。でも、妹はいないはず。それに両親は仕事の関係でイギリスのロンドンにいると、先週話してくれましたよね。んで、この子は「佑凛お兄ちゃん」と呼んでいて懐いています。私が聞きたいこと、わかりますよね、村上君っ」

「……はい」


 敬語が怖いです先生。


「両親と姉が海外にいる最中、君はいったいなにをしているのかな?」




考えるんだ自分

 うーん、うーん。


(親戚の子ですルート1)→(ほぅ、ロンドンに電話するわ)→(死亡確定)


(親戚の子ですルート2)→(えー、あたち親戚の子なのー。いま知ったよ、お兄ちゃん)→(死亡遊戯)


(近所の子を預かって……)→(ほぅ、その親御さんに連絡、とるわ)→(死亡確実)


(ネットで知り合いまして、健全な──)→(いやいや()()、一番ダメなパターンでしょ)→(ガチ死亡)


(本当のことを言います! 実は、彼女は幽霊なのです!)→(よしっ、腹をくくったんだな。教頭先生に連絡するからここで待機)→(真実ナンダケドナー的死亡)


「むぅらーかぁみぃー。どうした、黙っていたら先生、なにもわからないよ」


 僕の顔を覗き込む先生。

 ヘビに睨まれるカエルの気持ち、よーくわかりました。

 どっ、どうしよう……。


 チラッと水野さんを見ると必死になにかを考えてくれている雰囲気がある。

 第三者の水野さんの言葉ならきっと、僕より説得力のある説明になりそうな気がする。

 いま、僕がなにを言っても信じてもらえそうにない。

 ここはひとつ、同じ女性の立場からこの場を切り抜ける妙案(みょうあん)を──って、それって、水野さんに、嘘をついてほしい──ということ……。


 自分の手を汚さず他人の手を汚させて物事を進めようとする考え。

 浅ましい。

 一瞬でもこんなことを、考えてしまった自分が醜い。


 そして自分が嫌だ。


 真淵さんは言っていた。


『男は決断する──』って。


 それって、いまのことなんだ。


「如月先生!!」

「はっはいっ」

「実は、彼女は、桃乃さんは……」


『ドンガラ、ガッシャーン──』


 僕の後ろのほうでなにかが壊れる大きな音と共にホコリとなにかの破片が店内に広がった。

 振り向くとそこには一台の自動車が誰もいないテーブル席を一つ潰して止まっていた。


「大丈夫ですか、お客様!!」

「駆け寄ってくるお店の人たち」


 ただ呆然とする僕たち四人。

 今日は長い長い一日になりそうです。


主人公の名前変更理由、身近に同じ読み方の人ガー……です。

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