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六月上旬、美術館と僕たち その6

『ピピピッ……』


 枕元に置いておいたスマホを適当に叩きアラームを止めた僕は、のそのそと起きて時間を確認。

 五時半。

 窓のカーテンの隙間から外を覗くもまだ日も昇っていなく、暗いまま。


「お腹空いた」


 独り言を吐くも部屋には誰もいない。

 真淵さんが急遽用意してくれたホテルは美術所蔵館から徒歩十分くらい。

 備え付けの小型冷蔵庫から一本のオレンジジュースを取り出し、封を切りいっきに胃に流し込む。


「美味し」


 また独り言。

 ベットに腰掛(こしか)け昨日一日の出来事を反芻(はんすう)するように思い出す。


  ◆◇◆◇


 あの絵画から戻ってきて意識を取り戻したのは、美術所蔵館の館長室のソファーの上。

 目を覚ました僕を見て、両脇から桃乃さんと水野さんの二人が同時にギュッと抱きついてきて、それを見た真淵さんは「お熱いですなー」とコーヒーカップを持ちながらニヤニヤしていた。


「村上君、君の身体に異常はみられない、ただ極度の疲労感が強く出たくらいだから安心してくれたまえ。水分補給にミルクたっぷりのミルクティーを用意してある。如何(いかが)かな」


 カップを手渡しでもらい、用意してくれたことに礼を伝える僕。

 温かい飲み物、やさしく胃に染みる。

 美味し。

 なにがなんだかわからない僕のことをすぐに(さっ)して真淵さんは、要点(ようてん)をまとめて教えてくれた。


(1)さっきまでいた場所は、あの絵画の中。

(2)あちらでの一時間は、こちらの世界で約十分前後。

(3)Aと名乗った女主人は、あの屋敷の当主ではない。

(4)本当は四人全員で(おもむ)き、半日はいる予定だった。

(5)AとGが言っていた想定外の出来事、それは「水野君が、やらかしてくれてね……」


「やらかしたんじゃありませんっ。ただ、助けようと──思って……」

「ああ、そうだったね。言葉を間違えた、悪かった。申し訳ない……」

「いえ……」


 僕の右腕に絡みつく水野さんは、ズレた眼鏡を直しながらそう弱々しく返事をするとなにも言わずに、ただ黙ってさらにギュッと強く腕に抱きついてきた。


 いつもの僕だったらクラスメイトの女子の胸の膨らみと温かみが、衣服を通して伝わってくるすごい出来事が起きているから絶対に冷静ではいられないけど、疲れすぎているせいか頭がまわらなく胸の膨らみどころでない。

 しっかりしろ自分。


 で、僕が知らないところでなにがあったのか、それは単純なことだった。


 絵画の中に吸い込まれていった僕たちを引き上げようと、絵画に描かれているキーワードを元に考え、壁に掛けられているカレンダーを一枚破りテーブルに置いて裏面に即興で魔方陣!? 魔法円!?を描き、サルベージの儀式!?をおこなった。


 その行為に対してAとGが敏感に反応して、あのような形で絵画の中からこちらの世界に戻ってきたと


「水野君、君が即興で描いたと言っていた魔方円、あれはヘレニズム時代の流れをくむ古代エジプト系の魔導書からの引用と私は踏んでいる。が、一部のペンタクルに16世紀後半に作られた魔導書、ヘブタメロンの影がチラつく、違うかね?」

「……」


 返事をしない水野さん。


「まぁ、その辺りは今度ゆっくり聞くとして、今日は『いろいろ』あって疲れただろう。近くの宿屋に予約を入れておいたから泊まっていきなさい。男女別々に二部屋を取っておいた」

「えー、佑凛お兄ちゃんと一緒がいいなぁー」

「聞き分けのない子は嫌われますよ、桃乃ちゃん」

「はい……」


 僕の左腕に絡みつく桃乃さんも弱々しく返事をするとなにも言わず、ただ黙ってさらにギュッと強く腕に抱きついてきた。


 僕は一つ不思議に思ったことを聞いてみた。

 絵画に入る前、水野さんに対して言った言葉「感のいい子は嫌いです」その意味を。


「ああ、あれは。あの絵画の深いところの──もっとも重要な確信をぼんやりではあるが見つけようとしたからだよ。それに──」

「それに?」

「水野君が指摘した画中に描かれている給仕と思われる女性を、読み書きのできない阿呆(あほう)(たと)えなんとかと言っていたが、実は彼女があの屋敷の当主であり女主人、S嬢」

「!」


 真淵さんはさらに付け加えた。

 なぜ名前が全員アルファベットなのか?

 それは、水野さんに名前を知られないため。

 描かれているシジルや護符を断片的だけど看破(かんぱ)した彼女を警戒して、名前を()せたと。


「私が絵画と話しているような素振りを見せただろう、あれはS嬢と話をしていたんだ。彼女は言っていたよ。名を知られたら、ややもすると昇天させられてしまう恐れも否定できないと」


 その後も少しなにかを話してくれたけど、ぼぉーっとしている僕を気遣い話しはそこで終わった。

 そしてそのまま四人で宿先に向かい、真淵さんがチェックインの手続きをしてくれ別々の部屋に通され、お風呂に入る気力もなく、ベットに倒れ込み気を失ったように寝てしまい、いま、ここにいたる。


 桃乃さんと出会い一ヶ月くらいがたとうとしていて、そのあいだのなか、もっとも濃い一日だった。

 そう、三日分くらいを一気にギュッと凝縮した感じの、怒濤の一日。


 ということで本日、晴れのち曇りの日曜日、のんびりした一日になるといいなー。

 タイマーをかけてあと一時間ちょっとだけ寝よう。

 カーテンを閉めてベットにもぐりこみ毛布をかける。

 もふもふ毛布は気持ちいいでござるー。


 ぐぅ……。


メモ書き20210209修正 名前変更。樹→佑凛

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