五月中旬の昼下がり その1
僕が中学の頃に使っていた紺色のジャージを着て、ベッドで爆睡する彼女を見ていたら、ふいに神社での出会いを、鮮明に思い出した。
彼女は幽霊。
十二歳前後で亡くなったため容姿はそのときに止まり、生前は明治から大正時代にかけて生きていたらしいと。
彼女は言った。
僕がまた訪れるのを待っていたと。
ずっと僕の再訪を待っていたと言っていたけど、あの夏休みは毎日神社に通った。
なのに会えなかった。
そして二回目の出会いは、半月前。
親戚の葬儀のため帰省し、偶然立ち寄ったあの神社で再会。
そしてそのときに取り憑かれ、今にいたる。
彼女も僕もわからない、不思議な現象があるのだろう。
もうひとつ、わからないことがある。
神社での出会いのときはおかっぱ頭だったのに、いまは長い黒髪が腰の辺りまで伸びていて、その理由を聞いたところ、本人にもよくわからないとか。
きっと、古い日本人形の髪が伸びる『アレ』と同じものなのかな?
彼女が言うには、生きた人間と魂を通わせると、心と体が実体化していくらしい。
ご飯を食べたり、ゲームをしたり、一日中ネットをしたりと、どうみても完全にニートのような自堕落な生活を送っていて、とても気に入っていると。
それでいてちゃんと幽霊っぽいところもあって、空中を浮遊したり、怒ると冷気を周囲に発散させたり、さらに憑依もできると言っていた。
そういった幽霊スキルを使うことで母から見つからないように、過ごしている。
「むーん……」
ふいに寝返りをうつ彼女。
ちょっと暑いのだろう。
エアコン嫌いのため、涼はいつも扇風機か、窓を開け外の風を取り入れる。
少しずつでいいから、現代の生活に慣れてほしい。
長い髪をまとめず寝たため、顔や首筋に髪の毛が絡みつき、見た目はまさにアニメやマンガ出てくる幽霊そのものの雰囲気を出している。
ホラー映画で観た井戸の中から這い出てくる女性の幽霊を、小さな子供バージョンにしたのが彼女と言い切っていいと思う。
一緒に暮らし始めて半月程度、普段はそんな幽霊な素振りは見せないけど、無防備なときにやっぱり幽霊であることを、実感させる。
僕は彼女の髪の毛を櫛で整え、枕の位置を直し、ジャージの乱れを整える。
うーん、まるでお人形さん遊びをしているよう。
「原寸大のリアルドール……」
なんだろうこの、妖しい響き。
寝姿に僕の心は奪われるばかり。
小さな唇をじっと見ていると、神社で出会ったあのときを思い出す。
僕は指で彼女の唇をそっと撫でる。
温かい唇。
本当に幽霊?
そう錯覚する。
「佑凛さん、なにしているのです?」
ふいに起きる彼女。
「いっ、いつから起きてました?」
「佑凛さんが枕を直してくれたあたりからですー」
「そっそうなのね……」
てか、やばいなー聞かれたかなー、原寸大のリアル──。
「佑凛さん、リアルドールとはなんです?」
「ん~、とくに深い意味はないですよ」
「あたしは、佑凛さんにとってお人形さんみたいなものなの?」
「……」
「それと、あたしの唇になにかついてました?」
じっと僕を見つめる彼女。
視線を反らす僕。
「お人形さん遊び、したいんだ……」
「ちっ違うよ、お人形さんみたいにかわいいなぁーって、ことだよ!」
「佑凛さんなら、いいですよ。あたしでお人形さん遊びしても……」
「変な冗談はやめなさいっ!」
そう言って彼女の頭にチョップを三回食らわした。
ふざけてこの場の雰囲気を変えるのが目的。
キッと睨み彼女は言った。
お腹空いたと。
「いつもより三倍増しで頂きますねっ」
「さっ三倍増し!?」
「はい、三回チョップをしたので──」
僕は瞬時に立ち上がりドアに向かいドアノブに手をかけるも、一瞬の差で捕まった。
背後から首筋に噛みつく彼女。
「痛いのは最初だけ、すぐに気持ちよくなりますよっ」
噛まれる瞬間はちょっと痛い。
そして徐々に体のなかから『ナニカ』が吸われていく感覚を全身で感じつつ、意識が遠のいていく。
神社で初めて出会ったときは、おしとやかで清楚な彼女だった。
三日前、そのことを尋ねたら「女は、いくつもの仮面をもっているものなのですよ。それに、初対面の人に、本性を見せないでしょ?」たしかに。
とりあえず、夕食頃には起こしてくださいね、桃乃さん。
意識が朦朧としていくなか、彼女はなにかを言うも、まったく意味不明。
起きたら後で聞こう――。
メモ書き20210109修正
メモ書き20210126修正
メモ書き20210209修正 名前変更。樹→佑凛