表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/87

五月下旬の月曜日 その4

 目を開けると夜。

 時計を見ると十一時を回っていた。


 夕方に意識を失ったから七時間前後寝ていたことになる。

 寝過ぎのせいか頭がぼぉーっとしてズキズキ痛む。

 体を起こそうとすると左腕が重くそれもそのはず、桃乃さんが枕にしている。


「左腕が痺れてるから腕を抜きますよー」


 小声で言うも反応はない。

 起こさないよう静かに左腕を引き抜き、替わりに枕をそっと入れた。

 布団の上、あぐらをかき「栄養はどうでした?」って、ちょっとイヤミを言ってみるも返事はない。

 締まらない口元からヨダレが垂れ、満腹感が顔に表れ『もう、お腹いっぱい』そんな君の声が聞こえそうでもある。


 布団の横に転がるウエットティッシュボックスから一枚取り、ヨダレを拭いてあげる。

 ヨダレを垂らし爆睡する君を見ていると、幽霊には到底思えない。

 薄い生地を通して温かい君の体温が伝わってきて、僕より少し体温が高いような気がする。

 きっと成長期なんだね。


 って、僕も成長期真っ最中のはず。

 あと二十センチくらい背が伸びて、百七十センチくらいになりたい。

 それと、女顔って言われるからもう少し男顔になってほしい。


「桃乃さん、あなたはもしかしたら神に近い存在かも。だったら僕の願いを聞いて。いろんなところ、成長させてください」


 返事はない。


「あら、耳のところに小さなクモがいるよ!」


 返事はない。

 クモなんていない。

 しっかり寝ているね、桃乃さん。

 いつも寝相の良くない君は、あっちに転がりこっちに転がりそして、パジャマのボタンを外して寝ているけどそれはよくないと思う。

 今もぼんやり薄明かりのなか、淡いピンク色のキャミソールに僕の視線が釘付けになってしまうから。

 この前までは下着がなかったから、絶対に見ないようにしていたけど、こうして布切れ一枚を通してなら、君に視線を向けてもいいような気がする。

 でもそれって、言い訳に過ぎないって自分でもわかっている。


 霊体年齢は百歳前後だけど、生身の体年齢は推定中学生以下。

 君に接していると、心が狂っていく感覚を覚える。

 胸の内に広がる欲望をグッと抑え、額にかかった髪の毛をかき分け、額にキスをする。

 僕の密やかな小さな楽しみ。

 それ以上の行為をしてみたいと思うも、もう一人の僕がそれを止める。


 グギュルルルゥゥゥ……。

 急に空腹が襲ってきて、軽い目眩もする。

 お腹が空くと本当に鳴るものなのね。

 学校でお昼休みにお弁当を食べたっきり、なにも食べていなかった。

 ジュースを口にした程度。

 そして桃乃さん、本気で吸いにきていた。


『いつもより三倍増しで頂きましたよ。ごちそうさまでした!』そんな君の声が聞こえそうだ。


 密やかな楽しみをもっと続けたいけど、体がついていけそうにもない。

 床に散らばった物に足を取られないようにして、キッチンへ向かう。

 すぐに目に入った。

 キッチンテーブルの上、ヒビの入った欠けたカップが透明なビニール袋に包まれ置いてあった。


「ああ、そうだ……」


 ヒビの入ったカップが僕を現実に戻す。


「水野さん……」


 明日、学校でなにを話そうか……。


「ああ……」


 まったく思いつかない。

 考えが思いつかないのは、空腹からくる不調のせいだと思いたいし、そうあってほしいと願う心。

 お腹を満たせば思い付くのか。

 否。

 きっとなにも伝える言葉は浮かんでこないだろう。


「ズル休み……。してもいいよね、自分……」


 現実から目を反らすことは正解じゃないって、わかってる。

 でも、いいよね。


「体調不良で休みます」って、もう一度声に出してみる。

 少し気分が晴れた気がする。

 明日は布団に入って一日、水野さんへの対応を考えよう。



 そういえば桃乃さん、君のことを、意識することなく『君』って呼んでいた。

 僕の心が少しだけ君に近づいたのかな。

 本当は『桃乃ちゃん』とも呼んでみたいけど、それを言ったらもう、後戻りはできない気がする。

 いろいろな意味を含め。


メモ書き20210109修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ