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五月下旬の月曜日 その1

「むらやん、朝、妙に水野さんと仲良くなかった?」

「そっそんなことないよ、いつもとかわらないよっ」

「んにゃ、そんなことない。山田宗斗の目にはいつもと違うなにかを感じたえ!」


 僕の机に寄り掛かり小さな声でさらに言った。


「告白、したのかえ?」

「はぁー?」


 立ち上がると同時に大きな声が出てしまい、クラス全員の視線を一身に浴びる僕。


「急に立つなよー。スマホゲームがサービス終了だからって……」


 山田君のとっさの機転に救われ、まわりのクラスメートは『やれやれ……』みたいな感じですぐに誰も気にしなくなった。

 僕を座らせ小声で「冗談だよ、すまん」それだけ言うと小さく頭を下げた。


「いや、それよりもありがとう。誤魔化してくれて……」


 数少ない友人、山田宗斗は僕より少し陽気なオタク。

 身長百八十五センチのおかげでバスケやバレー、剣道!?からスカウトされるも、ゆっくりアニメが見れなくなるのと、同人イベントにいけなくなるのがイヤで帰宅部を選んだ生粋のオタク友。

 村上だから『むらやん』と呼ばれ、僕は彼のことを山田君と呼んでいる。

 中学時代『やまちん』というあだ名で、それがイヤでごく普通に『山田君』と呼ばれたいとかでクラス全員、山田君って呼んでいる。


「なぁ、むらやん。水野さんのこと、どう思っているんや?」


 黒縁メガネをクイッと上げ、じっと見つめる山田君。


「むらやーん、同じクラスになって二ヶ月くらいだけど、水野さんに好意を抱いているクラスメイト、おるでー」

 なぜに最後が関西弁?


 まぁ、好意を持っているクラスメイト、僕もその一人なんですけどね。


「おまえらー、チャイムはすでに鳴っておるぞー。席につけー」


 如月美代先生は腕をブンブン振り回しながら近くにいた男子生徒を蹴散らし、教壇に立った。

 いつの間にかお昼休みが終わってたみたい。


「むらやん、続きは後でなー」


 それだけ言うと自分の席に戻っていった。

 如月先生は僕と同じくらいの身長百五十センチくらいのおチビさん。

 歳はたしか二十四歳だったような。

 黒髪が腰まであるけど普段は髪をお団子ヘアにしていて、いつも威張っている。

 初めて会ったクラス担任での顔合わせのとき、はっきり自分で言った。

 身長にコンプレックスがあると。

 だからなめられないように、威張っているとも。


 山田君いわく『如月先生の幼児体系は稀有ですなー。おっと俺は胸大盛りのほうがいいでー』

 はい、幼児体系という表現がまさにぴったりなんだけど、それを口にした者はまだ誰もいない。

 目の前でそんなこと言ったら確実に極刑だろう。

 如月先生を見ていると、桃乃さんを思い出す。

 なんとなく雰囲気が似ている。


「村上ー。なにボケーっとしているんだ。やっぱり一番前の席がいいか?」

「いっいえ、この席で大丈夫です、先生」

「一番後ろだと見えづらいだろう?」

「まったく問題、ないです」

「そうか……」


 いきなりで心臓がバクバクしましたよ、如月先生。


「それじゃこの前の続きからいくぞ。英語をなめてかかるなよー」


 教室中で教科書をめくる音がいっせいに聞こえ、授業が始まった。

 くじ引きで決まった僕の席は、廊下側の一番後ろの席。

 山田君の席は同じ列の一番前。

 如月先生は僕たちの席を交換したほうがいいと言ったけど、山田君が頑として一番前がいいと言った。

 理由は、よくわからない。

 そして水野さんの席は窓側の一番後ろ。

 教科書を見るふりをしてこっそり水野さんを見る。

 窓の向こうに広がる青い空をバックに水野さんは背筋を伸ばし、ノートにペンを走らせ、肩まで伸びる髪の毛が、窓から入ってくる風にゆらゆら揺れる。

 まるで一枚の絵画を見ているよう。

 誰にでもやさしく物静かな彼女。

 彼女と親しくなりたいと思っているヤツはけっこういて、山田君情報によると別クラスにもいるとか。


 そんな彼女と昨日、僕は同じ時間を一緒に過ごした。

 それも、かなり濃密に、そうかなり濃密にね。大切なことなので二回反芻ですっ。

 山田君には水野さんとちょっとだけ仲良くなったことを話してもいいと思うも、桃乃さんのことを考えると、どう話していいのか悩む。

 桃乃さんの存在をすっぱり抜いた話なんてできない。

 第一、女性用下着売り場で出会い、そのまま東京の上野公園まで行った──なんていえるわけがないし、信じてもらえるはずがない。

 昨日の出来事を思い出すとまさに激動と奇跡が混在する、一日だった。

 普段使わない筋肉をたくさん使ったみたいで、体の節々が痛い。

 今日はぐっすり眠れそうですわー。


「村上ー、なにぼーっとしているんだ!」

「すっすみません!」


 反射的に謝る僕。

 如月先生の一言でクラス中の視線が集まり、固まる僕の心と体。


「私の授業は退屈かな?」


 顔を左右に振り、違うとアピール。

「顔でも洗ってこい。それまでみんなで雑談をしているから」

「はい……」


 みんなに一礼をして、視線から逃げるようにすぐ後ろのドアから廊下に出て、小走りでトイレに駆け込み、顔を洗う。


「なに、やっているんだかなぁ……」

「しっかりしろよー、自分」

「心を落ち着かせてと……」

「冷静に、冷静に」


 鏡に向かって独り言。

 ちょっとスッキリ。

 どこかで読んだ記憶がある。

 独り言が多いときって、ストレスをかかえているとか。


「はい、溜まってますなー、ストレス」

「さてさて、すぐに戻らないとー」

 おっと、また独り言。


 また小走りで教室に戻り、後ろのドアをこっそり開けると、雑談に花が咲いていた。

「戻りました」と言うも数人だけが気づく程度で、如月先生が「おかえりー」と言っても誰も僕のことを気にしていなかった。

 雑談は先生が大学時代に海外旅行へ行った時の話。

 フランスやイギリスで、一人で酒場に入り一悶着あった内容で、みんな興味津々に話を聞いていた。


 内容はこう。

 パブや立ち飲みバーに行くも「お嬢ちゃんには酒、売れないね」と言われ、パスポートを提示してもアルコールを売ってくれず、マスターに警察を呼ばれそのまま署に連行されてしまい、容疑は偽パスポートの疑いで日本大使館に連絡されたと。

 見た目幼女が一人で酒場に来て、お酒を要求したらそうなりますわな。

 軽い雑談のはずが、最後まで話したいみたい。


「ん?」


 ノートの上に小さな紙の包みがある。

 手紙?

 小さな文字で『水野』と書いてある。

 このクラスに水野の苗字は一人。

 隣のクラスメイト、なにも言ってこない。

 ということは、直接水野さんが僕の机に置いた可能性がある。

 窓側に目を向けると、水野さんが小さく手を振ってくれた。

 僕も小さく手を振り返し、そのまま教科書を立てこっそり手紙を開く。


『村上君へ

 昨日はお疲れさまでした。

 予想外のことがたくさんあって驚いたけど、とーっても楽しい一日でしたね(´▽`)

 村上君も楽しかったかな?

 正直言うと、いろいろなことがありすぎて、思い出すと混乱してしまいます(´・ω・`)

 桃乃ちゃんのことや、真淵明さん、一枚の絵画、ほかにもいっぱい聞きたいことがアルヨー。

 だから、あとで時間が欲しいぞー (`・ω・´)ゾー

 また上野、行こうね~♪

 最近、AA文字にはまっている私からでした♪


 ps・ 今日の下着、ご希望の黒で決めてきましたわ。

 フッ、オトコってやつは……』


「はあぁぁぁっ!!」


 がっつり立ち上がり叫んだ僕……。

 シーンと静まり返る教室。

 みんなの視線が集中砲火。


「おーまーえという奴はー、どうしてくれよーかぁ……」

 睨みをきかせ低いトーンで唸る如月先生。


「話の最後のいいシーンに入ろうとしたら、ぶち壊しに……」

「すっすみません……」

「放課後、生徒指導室でお話、しようかっ」


 僕に選択の余地はなかった。

メモ書き20210109修正

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