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五月下旬の日曜日 その8 in 上野

 飲みかけのペットボトルを片手に持ち、二人に軽く会釈をして僕も歩きだした。

 正直言えば、あの場所に僕の居場所はなかった。

 パンを黙々と食べながら三人のやりとりを、ただ黙って見ているだけだった。

 売れないピエロもいいところ。


「村上君……」


 前を歩く水野さんは立ち止まり、言った。

 デパートでは、言い過ぎてしまいごめんなさいと。


 僕も言った。

 桃乃さんのことを知らなかったわけだし、誤解されるような行動をとった僕が一番の原因で、水野さんはまったく悪くないとも付け加えた。


「ねぇ村上君。『誤解されるような行動』って、具体的にどんなものなの?」


 言葉に詰まる僕。

 返答できない。


「ふーん、答えられないんだ……」

「えーと、そのぉー……」


 こういうとき、リア充はどうやってごまかすのだろうと考えてみるも、根本的にこういった状態にならないことがリア充なのかな……。


「買い物カゴのなかを見て、私の下着姿を想像した?」

「うっ……」

「したんだ……」

「……ハイ」

「どの下着で想像したの?」

「……黒の上下、デス」

「ふーん。実は、その黒の上下をいま、身に着けてるの」

「えっ!」

「嘘」

「うっ」

「村上君って、裏表がなくて、のんびり屋さんで、ほんわかしていて、それでいて女の子みたくて、私は好きよ」


 なんとも受け答えに困る言葉に、視線を反らす僕。


「村上君なら私の下着姿、見せてもいいよ……」

「もう、水野さんたら、これ以上僕を弄ばないでぇー。下着売り場ではつい、偶然目に入っちゃって凝視したのです、ごめんなさい!!」

「もう、村上君は……。茶化さないで聞いてほしいなぁ」


 水野さんの雰囲気からしてデパート内での件は無事解決できたと、思いたい。

 うん、どうも無事解決できた、そうできた、きっとできた──はず。

 はにかみながらニコニコと僕を見てくれる。

 いままで気がつかなかったけど、暑さのせいか水野さんの白いシャツは所々汗で透けていて、薄グリーンのブラがチラチラ見えた。

 水野さんは気づいていない。

 僕は気づいている。

 こんなところに鋭い僕はやっぱり、オトコだなと。

 容姿は女の子っぽいとか揶揄されるけど、男なんじゃー。

 はい、シックに大人びた黒もいいけど、薄グリーンもいい。

 男女関係なく下着の色で緑系なんてありえないと思ってたけど、実際に見てみると悪くない。

 いや、ありですな。


「そうそう村上君、聞きたいことが一つあるの?」


 首を傾け黒縁メガネをクイッと直す仕草、かわいいです。


「なんでしょう、水野さん」

「桃乃ちゃん下着、身に着けていなかった……。どうゆうこと?」

「……」

「村上君の趣味?」

「いえ、違いますっ」

「やましい気持ちがないなら、答えられるよね」

「えーと、ですね……」

「村上君、私の目を見て答えて」


 キッと詰め寄り、ニコニコしながらグイグイ迫ってくる……。

 下着のことをすっかり忘れていたなんて、言っても信じてもらえないだろうし、一応買う努力はしたとも言えない。

 真実を伝えても『言い訳をしている』と、また火に油を注ぐようなもの。


「村上君、下着のこともそうだけど、桃乃ちゃんのことも誰にも言っていないのでしょう?」

「うっうん、言っていない」

「親御さんにも、お姉さんにも言っていないよね」

「はい、おっしゃる通りで」

「ということは、とーっても秘密にしていたいよね。私の願いを聞いてくれたら、誰にも言わず秘密にしてあげようかなぁー」


 僕に選択肢はない。


「なっなんでしょう、水野さん……」

「下着のことは、もう少し仲良くなってからまた聞くとして、私もやってみたいの、カプッって」

「カプッ?」

「そう、首筋にね、私もカプーって噛み付いてみたいの」

「水野さんも幽霊?」


 首を横に振り、そんなわけないでしょうと。


「二人のを見ていて、もしかしたら私も『ナニカ』を吸えるのかなーって」

「ええっ……」

「大丈夫。もし吸えて気を失ったら、やさしく介抱してあげるよ」

「いや、そういう問題じゃなくて……」


 水野さんの目つき、ちょっと逝っちゃってる。

 てか、鼻息も荒く、黒縁メガネの端が曇ってきている。


「村上君、あなたは秘密を守って欲しいと願っている。私はその秘密を守ろうとしている。なら、私のお願いを叶えることは必然だよね」

「その論理はちょっとおかしくない?」

「ふーん、お願いを聞いてくれないんだー。それは、明日学校で下着売り場に血の繋がらない女の子と買い物に来てたと、言ってもいいんだー」


 僕の脳味噌はフリーズ。


「なぁに~いい雰囲気になっているの!」


 僕たち二人の間に割って入ってきた桃乃さん。

 桃乃さん、そんな風に見えます?


「若人の乳繰り合い、いいですな。お二人を見ていると私も昔を思い出しますよ」

 真淵さん、そんな風に見えます?


「水野お姉ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとうございました」


 ちょっと棘のある言い方。

 桃乃さんはそのまま僕の左腕にしがみつき、家に帰ろうと言ってきた。

 水野さんは、ヤレヤレと肩をすくめ苦笑いをしながら「保留で」と短く言った。

 お願いごと、保留ですか……。


「お二人とも、詳しい話は桃乃ちゃんから聞いてください」


 そう言って真淵さんは小走りで美術館のほうへ向かっていった。

 お仕事の途中で抜け出してきたんですものね。


「帰りましょうー、お家へ~」


 三人でたわいもない雑談をしながら上野駅に向かう。

 そういえば水野さん。

 やけに僕の家族や、身の回りのことを知っていた。

 クラスでそんなことを話した覚えはないし、水野さんとの接点は同じクラスで、同じ読書部くらい。

 それと会話のなかでなにか、気になることを言っていた気がする。

 なんだったかなぁー。

メモ書き20210109修正

メモ書き20210209修正 名前変更。樹→佑凛

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