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五月下旬の日曜日 その7 in 上野

 水野さんが案内してくれた上野公園のベンチは、見つけにくいせいか通る人もほとんどいない静かな場所。


 いま、僕たちは小さな木製のテーブルを四人で囲んでいる。


「村上君は食べながらでいいから、聞いてほしい」


 国立西洋美術所蔵館、館長、真淵明(まぶちあきら)さんは一呼吸を置いてさらに言った。


「私は、胸騒ぎがして気分転換に外の空気を吸いに出たら、君たちに会った」


 縦縞のグレーのスーツの内に着るシャツの襟元とネクタイをゆるめ、テーブルに両手をそっと置き組んだ。

 ロマンスグレーのオールバックの似合う物静かな紳士。

 歳は六十歳くらいだろうか。


「桃乃ちゃんから今聞いた話しによると、デパートで偶然テレビに私が映っていたのを見て、ここに来た。そうだね桃乃ちゃん」


 コクンと小さくうなづく桃乃さん。

 僕と水野さんはお互い顔を見るも、なにも話さなかった。

 真淵さんは両手を組み直しながら落ち着いた声で言った。

 私と君たちの出会いは、偶然ではないと思う、と。


「真淵明館長、なぜそう思うのですか?」


 まっすぐな瞳で水野さんはさらに言った。


「桃乃ちゃんが引き寄せたと──」

「それはわからない。しかし、四人でテーブルを囲んでいることが単なる偶然では片づけられない、事実でもあるのですよ」

「たしかに、あの雑踏のなかで桃乃ちゃんを見つけたのですから」


 真淵さんは小さくうなずくと、静かに口を開いた。

 真淵明さんはそれだけ言うと桃乃さんに視線を投げかけ、それに桃乃さんは小さくコクンとうなずき、すべてを話していいと言った。


◆◇◆◇◆◇


 桃乃ちゃんとの出会いは、あの寂れた神社。


 小学一年の冬、降り続く雪から逃げるように神社に駆け込み、そこで知り合った。

 隣村に住んでいて、引っ越しをするまでの二年間、時折尋ねては二人して遊んだ。


 彼女は神社のある土地から離れられなかった。


 だから私は、いろいろなことをした。

 神様にお願いしたり、有名な神社の御札を貰ってきては鳥居に貼ったりした。

 神社の境内を掃除して、祀られている神様のご機嫌をとったりもした。

 ほかにも、村に伝わる伝承を親や友達に聞いたりして、様々なことをした。

 しかし幼い子供では無力なまでに、彼女をこの地から引き離すことはできなかった。


 それは、都会に引っ越しをする前日まで続いた。


 別れの日、彼女は言った。


 この地から離れることはできない、それを知っていた。

 君がしてくれていたこと、すべて無駄であると、わかっていた。

 でも、それを伝えると君はもう、この神社には遊びに来てくれなくなる、それを恐れていたと。


 あたしは卑怯な女。


 すべて知ったうえで、君のやさしさに甘えていた。

 正直に言えば、甘えていたというより、君を利用していた。

 そっちのほうが正しい。

 そんな考えの女だから、神様はこの地に縛り付けていると思う。


『許してほしいなんて言わないし、あたしには言えない……』


 それが彼女が最後に口にした言葉。

 私達はそのまま、なにも言わず、ただ、抱き合ったまま最後の時間を過ごした。

 それが別れ。


◆◇◆◇◆◇


「桃乃ちゃん。君を、人ごみのなかから見つけたとき、私はすべてを思い出したよ。私がなぜ、この道に進んだのか」

「明ちゃん……」


 二人に声をかけることは、僕にはできない。

 でも、真淵さんの言葉の答えを知りたい。

 ふいに水野さんの人指し指が、僕のほっぺたに伸びる。

 ほっぺたにご飯粒が二三粒付いていて、つまみ手に取るとハンカチにくるんだ。


「村上君、真淵明さんは国立美術館の館長であり、日本を代表する郷土史研究家でもあるの。さらに、趣味で神秘学も研究しているの」

「お嬢さん、詳しいですね」


 真淵さんは水野さんをじっと見つめ、小さくうなずいた。

 水野さんは僕に教えるように言った。


 神秘学、オカルティズムの範囲は人によって違うけどおおまかに、占星術、錬金術、心霊術、魔術などを指し、超自然的な力の存在や法則の研究をして、思考や理念などを具体的な形として体現──できないかと。

 超自然的とは、自然界の法則にない、理性や論理では説明のつかない神秘的なものごと。


「私がなぜ、神秘的なものに惹かれるのか自分でもわからなかった。そう、さっきまでは」

「真淵さんは記憶の片隅に、桃乃ちゃんとの思い出を封印したのでしょうね」

「そうかもしれない。彼女を助けられなかった負い目を感じ、心の奥底にしまいこんだのだろう」

「真淵さんの力不足ではありません。幼かったのですよ」


 真淵さんは水野さんと桃乃さんに交互に視線を投げかけ、口元を緩め、引っ掛かっていた棘が抜けたような、どこかスッキリした表情を僕たちに見せた。


「村上君、私と二人で公園を少し歩きましょう」

「二人で?」


 きょとんとする僕。


「もぅ、鈍いですよ」


 それだけ言うとスカートの裾をなびかせ、ゆっくり歩きだした。


「水野君だったかな、君はやさしいね」


 ああ、そういうことですか。

 鈍い僕でもわかった。


メモ書き20210109修正

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