四話 弟子と仲良くなろう
第一道場と離れを掃除するハクアと別れてから、第二、第三とさらに広く豪華な道場をテキトーに見回って思った。
これ、流石にデカすぎるな。
一体全体、定員は何万人なんだよ!
と、叫びたくはならなるほどの充実した施設をみて思う。
イリス女王は、俺が本気で弟子を取って育てようと思えば、魔王討伐の報奨金......を永続的に稼げる環境を探してくれたのかもしれない......と。
いや、それは無い。
あの人に限ってそれだけは無い。
ふと浮かんだイリス女王善性説を、意地とプライドだけで頭ごなしに否定したけれど......悪いのは女王だ。俺は悪くない! 絶対に。
とにかく、施設だけ揃ってても、手入れをしてないのでボロボロだった第二、第三道場は暫く放置で良いな。ハクアが怪我したら、ハクアの未来はロリコン貴族の性奴隷しか無くなるし。
本格的に道場を開くなら、専属の整備士が欲しいけど、ハクア一人の為にそれは贅沢過ぎる。何より今はそんなもん雇うゼニがねぇ! 女王のせいで!
確か、格闘大会は真冬の十二月だった筈。
今が十月だから、後二ヶ月あれば、ハクアの才能なら、女王じゃないが、やる気さえあれば最強に仕上がる......
才能はいとも簡単に人の努力を貫ける。
......俺はそれを知っている。
まあ、戦場では、突出した才能よりも、生きたいという意思が強い奴が生き残るんだけどね。
そして、生き残った奴こそが最強。
つまり、俺。
マイ、ベエスト、キング!
そんなアホな事を考えながら、第一道場に戻ると、ハクアはまだ離れの掃除をしている最中だった。
ガタガタバリバリガタガタバリバリガタガタ......
まあ、そんなすぐには終わらんわな。......ハクアの容姿が異次元的に可愛いと思う。おかしい。
こうして、精一杯頑張る、ハクアは眺めているだけで、気持ちがほんわかして来る。
初めてのお使いって感じかな? 頑張れ頑張れ。
そんなふうに道場の縁側からハクアを微笑ましく眺めていると......
「ふぁーっあああ~っ」
欠伸をして、背伸びを一つ。
眠い......とてつもなく眠い。抗えない。
「空が青い......平和だなぁ」
これが、俺の手に入れたかった......のんびり、まったり、できる時間。
戦友を犠牲にして魔王を倒して手に入れた、のどかな時間。
死んだ仲間達が真に俺に託したもの。
だから俺は、この国の誰よりもこの時間を有意義に感じる。
イリス女王が英雄としての自覚を持てって言ったけど......
俺には周りの言葉は必要ない。周りの評価は必要ない。必要なのは俺の評価。
誰が不謹慎と罵ろうが、知ったこっちゃ無い。
「風が冷たい......枕が無いから寝苦しい......何もかも女王のせい......」
いつの間にか、寝苦しさと肌寒さがきえ、意識は夢に溶けていった.....
景色は無い。音も無い。臭いも無い。
そんな場所で、白い幼女が瞳に零れるほどの涙を溜めて言う。
「おししょさま......いかないで......ひとりにしないでください......」
「俺だって行きたか無いけど、行かないといけないんだ」
「なら、わたしもいっしょにいきます」
強い瞳だ。強い意思を持っている。
「駄目だ。君はまだ弱いから」
「っ!」
ぽろぽろぽろぽろ......白い幼女から涙が落ちる。
胸がズキズキ痛む。痛い。その幼女の涙は痛い。痛すぎて、甘やかしてしまう。
「まだ......弱い。けど、君の師匠は俺だから、世界を平和にしたら、君をちゃんと鍛えてあげる。そしたらもう置いてかない。君のお願いをなんでも聞くよ」
『......ずっと一緒がいいです』
その声はとても鮮明で綺麗で可愛い声だった......
「お師匠様。ずっと一緒にいましょうね。ふふ」
あれ? 風の音が聞こえる。真っ暗な闇夜に浮かぶ月が見える。甘い牛の乳の様なミルクの香がする。
気がつくと......ニコニコ笑顔の幼女に頭を撫でられいた。
そよ風に揺られている白髪が天使の羽の様に見えている。美しい。
「ハクア......」
「はっ、起こしちゃいましたかっ!? お許しください......お師匠様」
寝てたのか? そういえばそんな記憶がある。
ん?
頭の後ろが妙に暖かく気持ちいい気がする。
ぷにぷに。
......ハクアの柔らかい膝、と言うか太ももだった。
「お師匠様......コレは出来心でっ! お許しください」
夢で見た白い幼女と同じように涙をポロポロ......
ってなんで泣くんだよ。
「怒ってないから、むしろ寝心地いいし、なんか妙に暖かい......気がする?」
暖かい? それはおかしい。
フィーリルア大陸の十月はかなり冷え込む、その山中の日が沈んだ夜は、白い息が出るほど寒いはず。
実際、出てるし。白い奴......
ハクアを見て暖かい理由に気付く。
朝はボロボロだが、上着を着ていたハクアが、下着みたいに薄い服を着ていた。
無くなったハクアの上着は......俺の身体にかけられていた。
何のため? 決まっている俺のためだ。
「ハクア!」
「ヒィ! ......申し訳ありません。汚いとは思ったのですが......お師匠様が寒そうにしてたから......すみません」
違う。そうじゃない。そうじゃないよ。ハクア。
起き上がり、肩をガクガク震わせて脅えるハクアを抱きしめる。冷たい......
ハクアの身体は氷のように冷たかった。
寒かった筈なのに......
「はぅっ! お師匠様......!」
「ありがとう」
「......怒ってないんですか?」
「闘士なら少しは自分で考えような。闘い中は誰も教えてくれないから」
「でも、お師匠様......怒って......」
表情を窺いながら、また泣きそうなハクア。......泣き顔可愛い。
「じゃあ、ヒント。こういう時は逆の立場で考えなよ。ハクアは、俺がこうやってハクアの身体を温めたらどうなの? 怒るの? 不快?」
「私は......とっても胸が暖かくなって幸せですが......」
良かった。
ここで、キモいとか言われたら、ちょっと立ち直れないかもしれなかったよ。
俺と思考回路が似ているようで安心した。
ハクアは俺の弟子としての相性が良いってことだし。
「俺もだよ」
「っ!」
「そう。だから、お返し。......もっと肩の力を抜いてリラックスしていいよ。俺が温めるから」
俺のために冷え切ったハクアの小さな身体を温めたい。ただそれだけ......それだけ......
違う。ハクアの暖かい献身が少しだけ心まで暖めてくれたのがわかる。
だからハクアに優しくしたいそう思った。
「逆の立場......お師匠様がリラックス......私もリラックス......つまり! お師匠様が私を愛してる(感激)!!」
どうしてそうなった......
ちょっと、ハクアの思考回路が分からなくなった。
やっぱり師弟の相性は以下略。
「はっ! このままでは、お師匠様の性奴隷にされちゃいますー(恍惚)」
「それは無いから」
「何故ですか!(絶望) 私だったらお師匠様を絶対に性奴隷にすると断言できますが?」
「欲望に忠実で、それはそれで凄いけど......」
そういうのは贅沢にも暇と金を持て余している貴族の特権だろ。
俺みたな、奴が娯楽にしか使えない性奴隷を持ってどうすんだよ。
食事代、身体の手入れ、生命意地......諸々。
性奴隷なんて持ってても、出費しかない(意味深)。
「ハクアの身体は、大事な仕事道具なんだよ? だから、ちゃんと大事にしないと、もちろん、身体を冷やして体調を崩すのも良くないよ?」
「......はい」
冷たい夜風がハクアの身体に当たらないように、覆いかぶさる。
冷たい所を摩って温める。ぷにぷに。
「ハクア。何か、欲しいものはない?」
「欲しいものですか? ......お師匠様ですけど(ボソッ)」
「ん? 何?」
「お師匠様......稽古をつけて欲しいですっ!」
「もちろん良いよ......」
そうして、ハクアと組み手でもしてあげようかと 闘儀場を見たら、
......汚かった。
「ハクア。掃除は?」
俺の膝枕してたとは言え、時間はあったはず......
だが、手をつけた様には見えない。
まさか!
そう思って、急いでハクアが一生懸命掃除をしていた離れを見に行くと......
最初に見たときよりも散乱していた。強盗かな?
愕然としていると、ハクアが恥ずかしそうにしながら、慌てて服を引っ張った。チョンチョン。
「わわっ! お掃除は苦手で......すぐに再開しますっ。もう少しだけ待っててください」
そういって、急いで掃除を再開しようとした。
だが、床に散乱していた物に躓いてしまう。おっちょこちょい。
「ハクア!」
転んで頭を打つ前に肩を掴んで支えてから、散らかった部屋を見渡して、笑ってしまう。
「ハハハッ、苦手ってレベルじゃないよコレは......もういいよ」
「お、お師匠様......破門は嫌です! もう独りになるのは嫌です! 私、頑張りますから! なんでもしますから!」
ハクアが、必死に縋り付いて泣いている。
そんな、姿も可愛らしい......
「流石に格闘の道場で掃除が出来ないからって破門にしないよ」
「嫌です! 師匠と離れるのはもう嫌です! 師匠! 師匠! お師匠様~!」
人の話を聞けよ......
ぽたぽた悲しそうに俺の服を握って離さない、ハクアの視線に合わせるため膝をついて、指で涙を拭ってあげる。......白い瞳が赤くなっている。神秘的。
「ししょー? ......すんっ」
「苦手なことは誰にでもあるよ。そういうことはハクアの師匠である俺に素直に頼って良いんだよ?」
「ししょうに......ですか? ......すんっ」
「ああ。もう良いんだよ。一人でやらなくて、俺と二人でやってさっさと終わらせよう」
泣きじゃくるハクアの頭を撫でる......。
すると、ようやく意味が通じたのか、ハクアが顔をパッと明るくさせて、首に飛びついて来た。重い。
「お師匠様~!! 変な物食べちゃってませんか? 優しいお師匠様......変です」
ひでぇーな、おい!
「でも......そういうお師匠様も、お師匠様だから好きです」
「ありがとう、じゃあ、掃除をしよう」
「はいっ! お師匠様っ」
そのあと、掃除をしたいのにハクアは暫く離れてくれなかった。