二話 弟子にするか試験で決めよう
「なんじゃこれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーっ!!」
魔王を倒した報酬として、女王から貰った標高五千メトルの大鉱山。
その中腹にある、修練寺でこれから先のことを、のんびりと考えようかなと来てみれば......
筋肉ムキムキの屈強な男達が、これでもかと押し寄せていた。
その空前絶後の光景に世紀末かなと思いながら絶叫。
いやね、想像してほしいんだけど。
もし、貴方の家に筋肉ムキムキの男が地平線が見えなくなるほどいたらどうする?
俺は、静かにその場を後にした......
しかし。
「あ! 師範代がきたぞ! あの大英雄! ムドウ・テンプ様だ! 道を開けろ! ......童貞らしいぞ」
「オオオオー!! 生テンプ様はやっぱり格があるな......童貞らしいな」
「あの腕......ぐふふ、触りたいっ ......童貞食べたい」
ゾクリ......
絶叫したせいか、ずくに男達に取り囲まれてしまった。
俺は、魔王を倒した英雄なのにこうやって、英雄だと実感するほど騒がれるのは初めてかもしれない。
あの、事故物件を押し付けて来るようなクソ女王と一緒いると世界を救った感慨にも浸れないからね。
ワーイ! これが念願のハレムだね?
筋肉ムチムチ最高だぜ!!
......全然、嬉しくないのはなぜだろう。
とにかく、何故か童貞だとばれてるし、人違いです! とごまかす事も、逃げる事もできそうに無いので、仕方なく人海を裂いて、その一番前、修練寺の門の前に行く。
(千人......くらいか?)
集まっている男達の総数を目算して、一体全体何なんだ! と思ったが......
修練寺のボロボロの門に張られていた、貼紙を見て全て解った。
『あの魔王を倒した童貞!! ムドウ・テンプの新派ムドウ流!! 内弟子大募集!! 楽しい修業だから、やる気があれば大丈夫! (注)この紙はフィールリア王国女王イリスの許可無く取下げる事を禁じます』
「あのクソババァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!」
俺は、山びこが何度も木霊するほどの声量で絶叫し、何の躊躇いもなく、貼紙をびりびりに破り捨てやった。
なんだ。なんだ。どうした? と内弟子志願者達が騒ぎ始め、不穏な空気が流れはじめる。
「......」
......さてと。どうするか?
追い返すのは簡単だが、この殺気、暴動が起きかねない。
ここで起きるのなら、俺が軽く捻ってやれば良いが、女王が告知している以上、そういう奴らは何度でも来るだろう。
っていうか、まだまだ氷山の一角な気がする。
それを毎回、相手するのも正直。めんどくさいし、俺の夢。
静かに悠々自適に過ごすという事からは程遠い......
だからといって、弟子をとって、毎日、弟子の汗くさい筋肉に囲まれるのは絶対に御免だ。
......よし決めた。
俺はがやがや騒いでいる男達に振り返って言う。
「入門試験を実地する!!」
と。
つまりは、試験で全員落とせば良い。
簡単な事だ。
そして、一時間後。
俺は俺の身長百七十後半の四倍くらいある岩を用意して志望者達を見渡した。
「試験内容は単純。俺が用意したこの岩を素手で砕くこと。魔法は使うなよ。......まあ、一度だけ見本を見せようか」
岩を素手で砕ける訳け無いだろうと、言う声が聞こえてきたので、仕方なく。
そんな、軟弱な奴らの為に見本を見せる。
ふぅーっと右拳に息を拭きかけて集中力を高めながら、岩の中心を見極める......ココ。
そのまま、膝を曲げ腰を落として正拳突きの構えを取り......一打!!
「ちぇいやぁあああああーーっ!!」
ズドカァアアンッ!!
掛け声とも放った正拳突きは、巨大な岩を爆散させた。
「「「「「......」」」」」
「まあ、こんな感じだね、じゃ、やってみて」
言葉を失い唖然としている、内弟子希望者達に、もう一つ用意しておいた、同じ大きさの岩をぺちぺち叩きながら奨める。
すると、スキンヘッドで肩パッドの一際、ムキムキな男が一番に名乗りをあげた。
「俺がやろう! 俺のパンチは鋼鉄すら砕く。拳王とまで言われたムドウ・テンプの弟子になれる試験だと聞いたから、どんなものが来るかと思っていたが......本当にこれを壊せば弟子にしてくれるだな」
「壊せばね」
武道の極みである俺の技を見ても、まだ怯まない本物の武道家の心得を持っている奴が居たことに少し驚くが、挑戦したいなら別に構わない。
肩を回しながら、スキンヘッド男は筋肉を大きく隆起させ、拳を強く握ると、力一杯、岩を殴りつけた。
グニャリ。
「な、な、ん、だ、と!? う、腕が!! 腕がぁあああああああああああああああーーっ!! ......グハッ」
言葉に形容しがたいグロテスクな状態になってしまった、挑戦者は意識を失い倒れてしまう。
そりゃ、普通に岩なんか殴ったら、そうなるのは当たり前だよ......
「ふん。邪魔だ。次は俺がやろう」
「どうぞ」
意識不明で倒れたスキンヘッドを蹴飛ばして、出てきた男は、武道服を着ていた。
俺の歴戦の経験で磨かれた、第六感が、二人目の挑戦者が、かなりの修練を積んだつわものであることを告げている。
「ふん。馬鹿め。力任せで壊せるような普通の岩を、拳王が、試験に持ってくるわけ無いだろう。これは、技を見る試験と予測した! どうだ拳王?」
「流石だね」
俺は、男の言葉に素直に感心しながら、称賛を送る。
それ受けて、男が俺と同じ様に正拳突きの構えを取る。
実はこの構え、《岩砕き》と言う、高度な武道家の技の一つである。
やっぱり、これを使えるという事は、かなりの修行を積んでいる武道家だと予測できる。
「いざ! はぁあああああああっ! ハァアアアアアアアアアーーッ!!」
だが、いくら修行を積んだ高位の武道家でも、この岩は壊せない。
......だって、その岩は【《世界最硬度鉱石》オリハルコン】の原石だもの。
オリハルコンなんて、俺が本気を出しても壊せ無いもの......
ゴーン。
鈍い音が殴りつけた岩から響き、男の腕からも嫌な音がなりはじめる。
バキバキバキバキ......
「なっ! なんだと......っ!! この岩......一体......ぐふっ」
最初の挑戦者と同じく、腕がひしゃげた痛みで失神した男に哀れみの視線を送る。
コイツは惜しかった。本当にもう少しだった。
岩が普通の岩じゃないことを見破った所までは良かったが、この試験の意図を読み間違えてしまっていた。
それが敗因だ。
俺は、この試験を誰一人突破させる気がそもそも無い。
だから、俺でも絶対に壊すことのできないオリハルコンの原石を用意した。
もちろん、俺が壊した岩は、普通のよりむしろ割れやすい岩だよ。
修練山は鉱山で、前に修行できた時、馬鹿でかいオリハルコンを採掘したけど、大きすぎて加工する事すら出来ずに、放置されていることは予めしっていたからこの試験にした。
それでも、壊されないか少し心配だったが、今の二人を見た限り。
こんなもん魔法を使っても壊せないだろう。
そもそも、悲惨な二人の挑戦者の姿に引いてしまい、他に挑戦しようと言うものも現れない。
......あれ? もうここで見ている必要無いな。中に入ってのんびりしよう。
そう思って、ようやくゆっくり修練寺を下見しようとしたとき。
小さな女の子の声が聞こえた。
「す、すみません。通してください......すみません......」
筋肉ムキムキな男達の人壁をよいしょよいしょと、小さく細い腕で一生懸命掻き分けながら、でできた声の主は、やっぱり小さく......珍しい真っ白な髪の少女だった。
歳はアリス王女より少し上。
「っあ! お師匠様っ!」
一生懸命、人海を抜けた少女が、俺の姿を見ると嬉しそうににぱぱっと万遍の笑を浮かべて駆け寄ってきた。
少女の白く長い髪が、風で舞い散り、日光の光でキラキラ輝いている。
正直。天使のように可愛い子だ。......白髪。
「やっと......やっと......! お師匠様にお会いできましたっ! 私......ずっとこの時を......」
「ん? ......んん!? 君は......」
何か違和感を感じて、俺の腰くらいしか無い少女を持ち上げて、全身くまなく触って調べてみる。
「ひぁぁっん!!」
触り心地はすべずべぷにぷにと柔らかい......
匂いを嗅いでみる。
「っはぁん……らめぇええっ......」
香は、牛のミルクのように乳の甘い香......
ん? やっぱり......
「君......どこかで、あったことある?」
「っえ......そんな......覚えて無いんですか? うう......ううっ......」
「えっ! ちょっ! 泣くの!?」
見覚えがあったので、聞いてみただけなのに、泣きそうになっている少女......
そして、そんな少女を抱き上げている俺......
「ムドウ・テンプが幼女をなめ回して泣かせたぞ! ロリコンだぞ」
「っえ? ロリコンで童貞!! キモい。救えない奴だ......」
「ロリコン野郎」「くそロリコン」「ロリコン」「ロリ王」「ロリ拳」......
まあ、こうなるよね......
童貞は、様々な誘惑から貞操を守り抜いている真の男と言う褒め言葉なので良いが。
ロリコンはちょっと男として致命的かもしれない。
イリス女王に伝わったら、アリスがじゃれてきただけで処刑されかねない。
......よし。しばらく王宮には近づかないことにしよう。
ざわざわ。
と言うかこの混乱。
俺が納めないといけないのかな?
そう思っていると、抱き上げていた少女が、鼻を啜りながら俺の袖を弱い力で引いて、
「......すんっ。お師匠様......あの、お石を割れれば、弟子にしてくれるんですよね......すんっ」
大の男二人を、致命傷に追い込んだオリハルコンの岩に指差した。
流石に、アリス王女と同じくらいかそれ以下の少女に、オリハルコンの岩を殴らせるのは心が痛んだので辞めさせる。
「壊せれば......だけど......あれは、君には......」
「ハクアです......!」
何故か、急に少女が身を乗り出して俺の言葉を遮り瞳を覗いてきた。
「私の名前です。ハクア・アーデル......今年で八歳になります......お師匠様......?」
何かを試すように、俺に名乗りはじめた少女、ハクアに首を傾げると、
ハクアは小さく、重く息を吐き出した。
そして、俺の腕から綺麗に飛び降りて、オリハルコンの岩の前にたった。
そして、パンチ。
ぺちん。可愛らしい音が響いた。
「痛っ! お師匠様のすっごく硬いです......」
言い方!!
「ほら、無理だって」
「......これしか。大丈夫。私はできる。私はできる! 私はできる!! お師匠様が見てるんだもん!!」
「ちょっ! やめなって!」
制止も聞かず、ハクアは軽く握っただけでも折れてしまいそうな、腕でオリハルコンの岩を殴りつけた。
ドガァアアアアアアアアアアン。
そして、ハクアの拳は岩を粉砕した。
......は?
え? 壊れた?
は?
「......」
「で、出来ましたっ! お師匠様っ! これ良いんですよね?」
「......」
とりあえず、ハクアには答えずに、砕けた岩の握り拳台のの破片を拾って見る。
じっくり、眺めて観察して、そして、
......オリハルコンだよな? これ?
それでも、疑わしいので、一度、地面に置いて、かなり本気で殴ってみた。
地面が数メトル陥没した。
しかし、
......割れない。固い。手が痛い。オリハルコンだ。
「お師匠様! お師匠様っ! 私! 弟子になっても良いんですよね?」
「......」
俺は、ハクアに気付かれないように震えた。
武者震いじゃない。普通に恐怖の震え。
この子絶対、俺より強くなる。
世界最強のこの俺より。
「お師匠様! もしかして、私......じゃあ、ダメですか?」
「......」
ダメだと言ったら......殺される! 機嫌をそこねさせてはいけない。
そう思った。
と言うか、あれだけ堂々と岩を壊したら弟子にすると言った手前引き下がることもできない。
「も、もちろん。合格だよ。当たり前じゃないか! ハハハ」
「良かったっ! お師匠様っ。ふつつか者ですが、これから末永くよろしくお願いしますね」
「末永く!?」
......こうして、ムドウ流に一番弟子ハクア・アーデルが入門したのだった。