十六話 この人もヒロインにしてみよう
「それで、ムドウ。アリスの事は可愛がって頂けましたか? あ、敬意のない敬語は結構ですので」
「……うん。今更、返せって言われても返せないくらいにはね」
イリス女王が、俺の胸にベタベタとくっついて離れてくれない。
それでも一応、美人だから視覚的にぎりぎり許せるとしても、人差し指で乳首の辺りを弄って来るのは本気で辞めてほしい。
「ふふふっ。あの子が自ら帰って来ようとするまで返却は不要ですので安心してください」
「それね。自分の意思で奴隷をやめれる奴隷とか斬新だよね」
「おや? それを知っていることは……なるほど。アリスはお気に召したようですね……ロリコン」
「おいっ! 聞こえてんぞ! そういうことは影で言え」
「それはお互い様です」
でも、イリス女王にはそれなりに恩義があるから、力で解決……みたいな事はしたくない。
さっきも散々殴られたけど、我慢した。
クソに怒ったのか、ババァに怒ったのか、はたまたどっちもなのか解らなかったけれど。
「ムドウ……」
唐突にふざけるのを辞めたイリス女王が、可愛らしい声を出して体重をかけてきた。
少しドキッとしたのは気の迷いだと信じたい。
「いつも言いますが……私、ムドウのこと、本気。なんですよ?」
甘い声だ。
流石は大陸一の美女と言われることだけはある。
「いつも言いうけど、女王にはダリウスがいますよね? 子供もいますし、近頃二人目も産まれるそうじゃないですか」
これで、未婚の純潔だったなら、俺もコロッと……いや、ないか。
ぶっちゃけ浮気性とか、ムリだし。
なにより、人間最強レベルで腹黒い。
イリス女王と結ばれて、心が休まるとは到底思えない。
……ダリウスも結婚してから明らかに老けたし。
「……もう、夫になれとは言いませんから」
「……えっ? どゆこと……ですか?」
ちょっと予想外の切り口……
「ムドウの弟子……」
「ハクア?」
「はい。ハクアさんに、ムドウの愛人と言われてから少し考えてみました」
あいつ、なんて畏れ多いこと言ってんだ。
相手は女王だぞ!
それに……イリス女王は、
「出来れば、正式に結婚し、《人類最強》のムドウをフィーリルア王族に縛り付け、家系譜に加えたくはあるのですが……」
サラっと恐ろしいこと、言わないで欲しい。
「ですが」
キュッ。
唇を引き結んで、全身を預けてきた。
……美しい。
けど、騙されるな!
イリス女王の言動には必ず裏がある!
「ですが……私は、ムドウに思っていたよりも本気で恋をしてしまったようなのです。わかりますか?」
「と、言われても……」
「この腕に抱かれる事が出来るなら、愛人でも構いません」
構えよ!
というか!
「わかんないかな? イリス女王。愛人云々の前に、俺は! 浮気とか、そういう不貞な奴が嫌いなの! ダリウスの嫁なら特にね。
そういうことを平気で言っちゃうイリス女王が生理的に嫌いなの! 諦めてください」
俺の夢は悠々自適に過ごすこと……
だからこそ、倫理観は大切なのである。
特に、自分に関係する人間の事ならさ。
普通に考えて、浮気なんかしたら後で苦労するのは明白。
苦労するなら俺の知らない所でしてほしい。
「あらら? おかしいですね。不貞なことが嫌いな方が、アリスを始め、ハクアさん。邪神まで、三人も幼女を侍らせているではないですか。
三人ともと深い仲になるお積もりですよね?」
「……」
「噂に聞こえて来ましたが、他にも許嫁がいるとかいないとか……」
そこはつかれるとかなり痛い。
女王の言う。深い仲という言葉の意味が、結婚だとするなら、いずれそうなる可能性はある。
アリスの事は大事にしたいし、
邪神ちゃんとは……朝の一件もあるし、
ハクアにはご褒美をあげる約束をしている。
今はまだ考えるつもりはないが、もう少し先。
ちゃんと地に足が着いたとき、結婚くらいしたい。
その時、ハクア達が望むなら……くらいには考えている。
だが、それはまだ先の話。
って、イリス女王に言ってもごまかせる人じゃない……ならば!
「男と女は違うんですよ」
「というと?」
適当な持論を垂れてみよう。
「ほら、男は女に種を埋めれば、基本的には同時に何人でも子孫を作れるじゃないですか。でも、女は一つの種しか一度には育めません。
つまり。男は女を沢山侍らせて子孫を紡ぐ。女は子孫を繋ぎたいと思った一人の男に侍るんです。それが自然の摂理です。何もおかしい所はありません。
むしろ、それを否定しはじめたら人類が滅びます」
「性差別ですね。流石は鬼畜王」
俺にそんなあだ名はない。……よね?
「差別……って、言ったらそうですが。【産む】と【植える】機能が違うんだから、平等にしようとすると歪みが出ますよ?
人間……誰しも違う。先ずはそれを認めないといけないんです」
「では、私が、ムドウとダリウスの二人に恋をすることも認めてください」
黙ってろ!
もう少しで結論に入るんだから。
「……適材適所。男に子を産めないように、女に子を孕ませられないよに、出来ない事は出来ないし、出来ることは出来る」
コレを言いたかった。
「つまり。俺は浮気を認めないから、女王は浮気を認めてくれる人を探してください」
「適材適所……なるほど。面白い哲学ですね」
そう思って貰えたなら、話したかいがあるってもんだ。
「では、次は私の番ですね」
「え?」
順番だったんだ。
「ですが、私の哲学を語って、これ以上、ムドウと距離が離れては本末転倒なので……世間話に少々付き合ってもらいましょうか?」
「世間話?」
「はい。簡単な世間話です。そうですね……では、私がムドウの接待に当たっている理由を当てて見てくれますか?」
俺を口説きたいから……
って、そんな表向きな事じゃないんだろうし、
「女王くらいしか、俺をコントロール出来ないからでしょ?」
「ふふふっ」
実際、イリス女王の命令じゃなきゃ、俺は無視する自信がある。
それくらいには女王を信頼している。
「コントロールと、言うより恐れているが、正しいですね。強すぎる力は争いを生む」
「……恐い……か」
確かに、魔王を倒し、邪神をも取り込んだ俺を恐れるのは無理もない。
けど、化け物って言われてるようで気分が良いとは言えない。
人間じゃなくなった訳だし、仕方ないけど……
「だから、辺境の山奥に左遷したムドウが、王都に顔を出すのは我が国にとって一大事なのです」
「……来るなって? 悪かったな! チクショー」
「少し……怒らずに話しましょうよ。ただの世間話ではないですか」
「解ってる。ただの世間話だよ」
女王が俺を化け物だって思ってないことは、解ってる。
俺が、自由に行動できるのも、自堕落に過ごせるのも女王のおかげ……解ってる。
きっと、裏で沢山根回しをしてくれたんだろうし……
だからこそ、女王には感謝をしている。
「で、最近、面白くない噂を耳にしまして……」
元々、俺と女王しかいない個室なのだが、女王は指を鳴らして、音漏れを無くす魔法を発動。
更に声を細めた。
それだけ、聞かれてはいけない話……か?
「それは?」
「飼い犬に手を噛まれる前に処分しよう。という噂です」
「っ!」
飼い犬が誰を暗喩しているかは明白……
「もちろん、そんな噂は今に始まった事ではありません」
「……」
そろそろ潮時かもしれない。
もう、この大陸に俺の居場所はない。
それを伝えるための世間話……か。
「噂を消す方法は幾つかありますが……私も疲れました」
「だろうね。怒りはしないよ」
むしろ、今までイリス女王が抑えてくれていた事に感謝している。
だからこそ、イリス女王には恩を返したかった。
ここ数ヶ月の俺の生活の安寧はイリス女王が奔走してくれたおかげだから。
「一番、簡単な方法は私と結婚する事ですが……」
「嫌だって……ちょくちょく口説いて来ないでくんない?」
「では……やはり。去りますか?」
「それか、刃向かう奴を皆殺しにするかだよね」
「ふふふっ。それをするなら、もっと早い段階でやっていますよね?」
まあね。
戦乱を終わらせたのに、また戦乱とか阿保らしい。
なにより、俺は最強だけど、そんなことすればいずれ滅ぼされる、それは、歴史の暴君や、魔王や、邪神が語っている。
なら、出来ることは、身を隠すくらいしかない。
「ムドウは、婚約者も国も捨てて、ただの子持ちのバツイチとなった元女王なら……連れていってくれますか?」
「っ! 何を……イリス女王……言って……本気?」
「私は、本気だと……言いました。愛人でも構いませんと……」
「ふざけんな。ダリウスが……」
「ダリウスは私の好きにしていいと……元々、女王即位の為の政略結婚でした。ダリウスの事は嫌いではありませんが……」
それ以上言わないのは正解。
いくらなんでも、その先は残酷過ぎる。
俺は、ダリウスがイリス女王を好きなのは知ってるから……
「最後に【自然淘汰】……それが私の持論です。解釈は……お好きに取ってください」
「……」
「おや? そろそろ、大会も始まりますね。このままで良いですよね?」
「離れろ」
「またまた~。照れなくて良いんですよ」
最近、色々な事がありすぎて困る。
ハクアに、邪神ちゃん。アリスとイリス女王。
それに、あのドラゴン・ガールも……多分。
それら全てに答を出さないといけないのか……
疲れるな。